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1-8

 宿に戻って最初に言った言葉は「血がついている。」服を見てガルデニアがそう言った。戦っていたアルフはともかく、買ってもらったばかりの服に血が、それに泥もたくさんついていることにひどく落胆した。

 部屋に入った頃にはもう日が暮れはじめていた。そこまで高価な宿でないこの部屋は、魔法による明かりではなく、昔ながら蝋燭で灯りをとる。部屋の隅々まで明るくするには至らないが、その温かい光は枕元を優しく照らす。まだそれほど暗くはないが、部屋についてそうそう、アルフは灯りをつけた。

「脱げ。」

 姿見の前で服を見ながらどんどん汚れを見つけてはわめくガルデニアにアルフが一言言った。

「え、えちょ、何言ってるのよ!」

 動きを止めたガルデニアは思わず頬を赤らめる。

「そう言うことじゃなくて洗ってきてやるからってことだよ。」

 何か勘違いしたことに、よりいっそう頬を赤らめ、思わず黙りこくる。アルフは溜め息つき、袋の中から、白いワンピースを取り出す。これも汚れがないというわけではないのだけれども、今着ているものよりはいいだろう。

 服を渡すと、アルフは後ろを向く。そのうちに着替えろと言うことだろう。

 衣の擦れる音がアルフの耳に入る。後ろを向くだけでなく、律儀に目まで瞑っていた彼には音がすべてを想像させた。時折聞こえる吐息が心拍数を少しだけ上げたが、それはガルデニアには悟られまい。

「着替え終わったよ。」

 振り向くと、始めて会ったときの姿に戻っていた。今と違うのは名前の有無くらいだろう。

 アルフは、ガルデニアが脱いだ服を手に持って部屋を出ようとするが、ガルデニアもついて来ようとする。ただ洗いに行くだけで、何も楽しいことはないといくら言っても、かたくなにガルデニアは一人で残ろうとしなかった。

 仕方がないので部屋に掛けてあった宿泊客用のコートを羽織らせた。

 宿の店主に聞いて、近くの洗濯場を探す。街の中に何本か通っている川の中で一番近い所に行く。薄暗くなりつつある川のほとりに荷を降ろし、服を水につけていく。

 無言で服を洗うアルフを無言で見るガルデニア。

「なんだよ。」

「意外に繊細に洗うのねと思って。」

「繊細ってかまあ俺も一人旅が長いしな。服だって洗うさ。それに女の子の服だからな。」

 昼間の雰囲気からは想像つかないような手つきに、ガルデニアは思わず笑い声が出てしまった。笑うつもりはなかったが、なんだかおかしく見えて。

「なあ。」

「なんですか?」

「なにか、思い出したか?」

 押し黙るガルデニアにアルフも、そうか、とだけいい、服を洗い続けた。

 川の流れる音に、服を洗う音が辺りに聞こえる。遠くの通りからは人の声も聞こえるが、話す内容までは聞えない。あくまでも喧騒。それ以外は虫の声だろうか、川のほとりに茂る草むらから聞こえた。

「ねえ。」

 今度はガルデニアがアルフに声をかける。

「なんだ。」

 もう、ほとんど終わりかけている洗濯の手を止めて顔を見るが、ガルデニアは川を眺めて手を水の中に入れていた。

「私、アルフの旅についていきたいの。」

 弱々しく、そう口に出した。何も思い出すことができない自分を、今日あったばかりの自分を拒否されることが怖くて。それでも勇気を出して口にしてみた望みの言葉はそれだった。

 アルフからの返事がないので、恐る恐る顔を上げてみる。目が合ったガルデニアは驚いてとっさに立ち上がった。水面がぱしゃりと音を立てる。

「その、アルフに、ついていきたいの……。」

 もう一度、言う。さっきよりもはっきり言ったつもりだったが、言葉の終わりは煙のように消えて行った。

「いいよ。ついてきても。」

「いいの!?でも、なんで、そんな簡単に決めちゃって」

てっきり断られると思ったガルデニアはたいそう驚いた。

「それでガルデニアの記憶を取り戻すきっかけになるんだったら。」

「……今日初めて会ったばかりなのに。」

「なんだ?本当は嫌なのか?」

「いやじゃないわ。むしろありがたくて。記憶のない私は一人になるのが怖かったから。」

 アルフの横にしゃがみ直したガルデニアは安堵した。

「怖いよな。一人になるってのはさ。俺も昔の記憶がないから、親近感がわいたって言うか、そんな女の子を一人にさせておけなくなったってことだな。」

 言いながら、止めていた手をまた動かし始める。

「なんか含みを感じるわね。」

「一日に二回も誘拐されたからな。心配になってんだ。」

「それが本音なのね。」

「それにせっかく助けた命なんだ。また誘拐されてわけわからんまま殺されたりしたら俺もいい気分じゃないからな。」

 いつの間にやら服の水気を絞ったアルフは、それを持ち、膝を鳴らしながら立ち上がった。来た時よりも日は沈み、辺りは夜に染まり始めた。ガルデニアが立ち上がるとき、蝋燭を持たされた。水気を絞ったとはいえ以外にも重い服は、持ったままじゃ蝋燭を持つ手は不安定になるだろうと。

「あと、俺の旅についてくるのは良いけど、楽しいことばかりじゃないし記憶だって見つかる保証はどこにもないけどそれでもいいのか。」

「一人でいるよりはいいでしょ?私も、アルフも。」

「そうだな。じゃあ帰るか。」

「うん。」

 来た道を帰るガルデニアの顔はどこか楽しそうだった。



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