1‐7
街の北側には森がある。もっと北へと進んでいくと湖がある。森と言うよりも背の低い木が密集して平地に生えているので林と言った方がいいのだろうか。それでもアルフ達が入ってきた開けた街道がある街の東側に比べれば沢山の木が生えていた。ここにも一応の街道はあるのだが、そこを一歩出ればむき出しの腐葉土の自然が待っている。動植物の多いこの林は街で消費される食料の一端を担っていた。
木々の合間から声が聞こえる。数人の男と少女の声だ。昼前に街の東側で聞いたそれと似ている。
「ちょっと! 離してください!」
「うるせえ!ちょっとは黙ってろ!」
男の一人が少女の口をふさぐが、その手にかみついたので叫び声を上げる。これで口から手をどかす事には成功したが、泥だらけの手にかみついたことを少し後悔したのだった。
「どうして私をさらうの!? 今日二度目よ!」
「ああ? そうだよ。お前らが俺達の兄弟たちを殺したんだろうが!」
「殺したのは私じゃないわ!それに悪いことをしているのはあなた達なのよ!」
「お前が殺したんじゃないことくらいわかってるわ。一緒にいたあの男だろ!お前さんは囚われのお姫様ってとこだな。お前をさらえばあの男が釣れると思ったのさ。それであの男の前でお前を殺してやる。それも無惨に!そうすれば死んで行った兄弟たちも浮かばれるだろうよ。」
「そんな……。」
男たちは昼間、少女をさらおうとしていた商人の兄弟のようで、三人いる。と言うことは全部で六人の兄弟なのだ。もっとも、全員の顔が似ているわけではないから、何人かは本物の兄弟ではなく義兄弟なのかもしれないが。それでも似たような服装、似たような装備をしているので、共に育ってきたというのかもしれない。
少女はさらにわめき散らすため、口は布で縛られ声が出せなくなり、手足も縄で縛られたため身動きもとれなくなってしまった。
数分経つと、木々をかき分けるような音がした。
「ん?やって来たか。お前達、隠れていろ、奇襲を仕掛ける。」
そう言われて二人の男は別々に木の後ろに隠れた。それに続いてアルフがやってきた。
「誰だか知らねえけど、人の連れをさらうとはいい度胸してるじゃないか。覚悟はできてるんだろうな。」
「覚悟だぁ? こっちの台詞だ。俺達の兄弟を殺しておいてただで済むと思ってるのか。」
「なんのことだよ。」
「覚えてねえのか、昼前に三人の商人を殺しただろ、街の東側で。」
「ああ、そうだな。その嬢ちゃんが助けを求めていてね。悪い男が刃物を向けてきたんで殺しちまったよ。なんだお前の兄弟だったのか。ん?兄弟たち?まだいるのか」
ぎくりとした男は少女に刃物を向けつつも視線が泳ぐ。それを察知したアルフは、視線の先の茂みに狩猟用の小刀を投げつける。すると、肉に刺さった鈍い音と共に短く男の声が発せられ、額に小刀の突き刺さった男が茂みから倒れ込んだ。
少女に刃物を向ける男の顔面は蒼白である。
「この! 兄ちゃん!」
と言ってもう一人の男が反対側の茂みから飛び出してくるも、持っていた小刀ごとアルフに剣で腕を切り落とされ、地面につき伏す。アルフは撥ね飛んだ小刀を空中でキャッチすると、片手で起き上り懇願する眼差しを向ける男の頭部めがけて投げつけた。
少女に剣を突きつける男は唖然とした。しかし、すぐに我に返る。
「お、お前!こいつを殺すぞ!」
少女に刃物を突き立てるが、手は震えて、その声は裏返っている。
「どうした。震えてるぞ?」
アルフはゆっくりと間を詰めた。
「おい!それ以上近づくな!」
切っ先が少女の首に少しだけ当たり、白い肌から赤い血が一筋垂れた。
「近づかなきゃいいんだろ。」
アルフは重心を後ろに剣を構え、切っ先で地面を抉るように弧を描き空へと薙いだ。その衝撃によって放たれた剣波はまっすぐに飛んでゆき、首元の刃物が少女に突き刺さるよりも先に男の腕を身体から分断した。
一瞬、何が起こったのかわからない男だったが、自分の腕から先がなくなり、そこから血が噴き出しているのを目の当たりにすると後ろに仰け反り、叫ぶ。必死になってもう片方の腕で抑えるが、血は止まらない。
その間にアルフは距離を詰め、男の心臓を一突きする。アルフの手に金属製のプレートのような感触を覚えるが、お構いなしに体を貫いた。
一息ついて剣を引き抜き、もう喋ることのない男の体を地面に寝かせると、血を払った。相変わらず美しい刀身は、一振りしただけですべての血錆が綺麗になくなる。
「大丈夫か。」
少女の手足の縄を切り、口をふさぐ布をとる。自由になったのにもかかわらず、少女は立ち上がらない。
「腰が、抜けちゃったの。」
一日に六人も間近で人の死をみた少女には少し衝撃が大きかったのかもしれない。それに人質として刃物まで突きつけられたのだ。少女は震える手で血の滴る首元を押さえた。
アルフは一人で街道の方へと歩いて行く。
「ど、どこ行くの!?おいて行かないで」
一人になることが怖くなり思わず叫ぶ少女にアルフは振り返って答えた。
「荷物をとってくるだけだ。」
少女はただ、寂しそうな眼差しで彼を見つめることしかできない。
大きな風の一吹きが木々を吹きぬける合間にアルフは帰って来た。
「また、街まで背負っていくから、これを持っていてくれ。」
アルフは、少女に花束を差し出す。
「白い、花束……。それにいい香り。」
「ああ、いい香りだろ? それにお前の髪みたいに白色で綺麗だ」
「名前は、なんていうの?」
聞かれて、少し恥ずかしそうにアルフは言う。
「ガルデニア。」
「ガルデニア……。」
反芻するように、少女もその名前を口にした。
「どうかな。お前の名前に。白い花の中で、これが一番しっくりきたんだ。」
目を合わそうとしないアルフに少女は微笑む。その笑顔は、花のように美しかった。
「気に入ったわ。ありがとうアルフ。」
その日から、少女の名前はガルデニアとなった。涼しい風の抜ける昼下がりの森の事だ。