シュターゼン公爵家3
「領地に戻る?社交シーズンも終わりますものね。ゼインの伯父様とお会いできるのかしら?」
ただのお茶会と思って何の気なしに同席した私に姉はシュターゼンの領地に数日内に戻ると告げた。季節はそろそろ夏に向かっている。
「ゼイン辺境伯はもちろんみえるわ。アーノルドも一緒にね。」
「お兄様が?なぜ?」
不思議に思う私に姉は面倒そうな顔をして説明する。
「ゼインの娘がアランフォード殿下と婚約したでしょう?学院の長期休暇に会いにいらっしゃるの。ランベルトは他に行くべきところがあるし、アーノルドが同行して親密になっていただかないとね。あなたのことも心配してるのよ。」
「殿下と会うの?私も?」
アランフォード殿下の名前にドキリとして思わず確認する。
ゼインの伯父様やシュザリンナたちに会える喜びが一気に引いていく。
「大丈夫。そんな顔しなくても、殿下に会わせるわけないでしょう?あなたがここに居るとは思ってらっしゃらないわ。エベルバッハにとってこんなことは簡単だとあなたもよく知っているでしょう?」
そう言ってわたしの手を握り、落ち着かせる。「ウィリアムとは会うかも知れないけど私も会うつもりはないわ。本当は会って言いたいことがたくさんあるのだけど。」
笑う姉の笑顔が怖い。
「お姉さま 言いたいことって何ですの?私のことかしら?」
口にしたとたん、姉の笑顔がさらにまして言わなければよかったと後悔した。
「そうよ。4年もお側にいたのですもの、お礼などね。」
「お姉さま・・・」
姉はまだ怒っているのだ、私の4年をほしいままにしたと。溜息を付きながら姉を宥める。
「殿下のせいではありません。殿下はいつもお優しかったわ。それに4年を無駄に過ごしたわけではありません。私には必要な時間だったのです。それにその間は余計な雑音も入りませんでしたし。」
そうなのだ。私にとってあの4年も大切な時間だった。グレンハインツ殿下を好きなだけ想うことができたから自分を犠牲にしたなど少しも思っていない。目的も果たせた。
「それより殿下には申し訳ないことでしたわ。私は5年で解消されると最初から知っていましたから。」
「どこまで人がいいのかしら?あなたは。」
呆れたように呟いてから姉は話を変えた。
「でもゼイン辺境伯の礼拝堂にはあなたも一緒にね?菫の娘の義務よ。」
王宮内と王都の礼拝堂とゼイン辺境伯爵家にある礼拝堂には刺繍室がある。ここで編まれる刺繍は特別で王家の血をひく紫の瞳、菫の宝石を持つ娘たちが愛しい人の真名と自分の真名を囁きながら己の魔力を込めて編んでいる。そうして刺繍が編まれることで国を守る結界が強くなり、他国から侵略されることがない。
紫の瞳は王家に繋がる娘にしかない。だからローレインの王女、高位の貴族令嬢は他国に嫁がない。
例外はエベルバッハ公爵家とギムタレムのシュターゼン公爵家の婚姻だ。
「シュザリンナもきっと刺繍が上手になったでしょうね。」
ここにくる前に会った従姉妹の可愛らしい笑顔を思い出しながら姉の言葉に頷いた。
ギムタレム公国の王都からシュターゼン家の領地までは馬車で3日の道のりだ。これは馬を乗り継げば丸1日で着けるギリギリの距離。領地の南は川を挟んでカーグ大国と接し、東はローレイン王国との国境だ。そのローレイン側がゼイン辺境伯の領地になる。シュターゼンの領地にある邸に着いて驚いたのはそこに弟のランベルトが居たことだった。
「お帰りなさい。姉上方。」悪戯が上手くいったとばかりに得意気な笑顔でランベルトは馬車の中に手を差しのべてきた。
エリザベートに続いて降りるとランベルトはさっそく姉から小言をもらっている。
「何しに来たのかしら?第一、ここは私の邸でしょう?挨拶が違うわ。」
弟に驚かされたことが悔しくて小言に替えているのを分かっているのかランベルトはさらりとかわす。
「お久しぶりですね。エリザベート姉上。変わらずご健勝のようでなによりです。クラウディア姉上もお顔の色がいいようだ。
どうです?下の弟もまともな挨拶ができるようになったとおもいませんか?」
どうだというように晴れやかに笑うランベルトに姉もお手上げの様子だ。姉と弟では11も歳が離れているので姉はかわいくて仕方ないらしい。姉にとって同じ弟でもアーノルドは二つしか歳が変わらない上にあの父にそっくりの性格だから可愛いとは思えまい。
だが、ランベルトもエベルバッハの息子。人を惹き付ける容姿と性格を自覚して利用する強かさを持っている。可愛いだけではないのだ。
「後でお茶にしましょう。クラウディアも着替えていらっしゃい。」
仕方ないと溜息を付きながら姉もこれが弟の単なる思いつきではないとわかっていている。
応接室にお茶の香りが広がる。昔から甘い物に目のないランベルトは色とりどりのお菓子に眼をキラキラさせている。
「流石、シュターゼン公爵家ですね。ああこれは俺の好物です。」
にっこりしながらお菓子をほうばるランベルトに姉は冷たい視線をなげかけている。
「ランベルト。いい加減になさい。要件は?末っ子の特権にいつまでしがみついているの?だからお子様扱いのままなのよ?」
私がズバズバと言って姉と同じ冷たい視線をむけると一瞬、絶句したあとランベルトは仕方ないと肩をおとしてこちらをみる。
「これでも学院ではなかなかいい線をいってるんだけどな」
そんなランベルトの独り言に更に追い打ちをかける。
「エベルバッハに通用するわけないでしょう。それであなたはなぜ此処にいるのかしら?」
「アランフォード殿下はまだクラウディア姉上を諦めてない。ゼイン辺境伯で探りをかけてる。」
ランベルトは真顔になって話始める
「もう終わったことよ。陛下とお父様が決められて。いくら殿下でもどうしようもない決定事項だわ。」
アランフォード殿下ってそんな執着心の強い方だったかしら。