7 シュターゼン公爵家 2
「ありがとうございます。グレンハインツさま。」
嬉しくて笑いが止まらない。
「ほら。こっちにおいで。つけてあげよう。」
微笑みながらグレンハイン殿下が髪飾りを手にする。
クラウディアとグレンハインツの眼の色に合わせたアメジストとサファイアとダイヤモンドをあしらった髪飾りをハーフアップしたクラウディアの白金の髪につける。
「うん。よく似合う。君の髪と一緒にキラキラと輝いているよ。」
「嬉しい。本当に?」
嬉しくて嬉しくてじっとしてられなくなった私はその場でくるくると回る。
「クラウディア。そんなに回ったら目がまわって倒れるよ」
苦笑しながら嗜めてくるグレンハインツ殿下に
「大丈夫。グレンハインツさまが支えてくださるでしょう?」
とふざけて問いかけた。
「おやおや。そんなに私を信用していいの?」
少し意地悪な声とセリフにもちろんという返事がかえってくると思っていた私は驚いて動きを止める。
「捕まえた。お転婆姫。本当に君は・・・」
そう言いながら私を抱き締めて肩に顔を寄せる。
「あぁ。君の香りだ。クラウディアの匂いがする。」
「この香り、とても好きです。グレンハインツさま、ありがとうございます。」
今、私が付けているのはグレンハインツ殿下が留学先で私のために調合してくださった香水。かの国しか咲かない花の香り。
その花を見て、香りを嗅いで私だと思ったと手紙にあった。その花が咲いていないときも私を感じたいから作った。私にも持っていてほしいと贈ってくださった。
グレンハインツ殿下は手元において香りとともに私を想ってくださっていた。私は香りを付ける度、殿下の愛を感じて幸せだった。会えない寂しさを同じ香りでお互いが慰めていたのだった。
殿下は抱き締めた力を緩めて私の顔を見つめる。
「クラウディア。笑っていて。その笑顔が大好きだったよ」
驚きに眼を見開いく私の額にキスをして切なげな表情で囁く。
「クラウディア。愛している。それは変わらない。私はずっと君を愛する。だから君はもう、私に、この国に、縛られなくていい。もう十分なんだ。今まで本当にありがとう。君は尽くしてくれた。」
「グレンハインツさま?何をおっしゃってるの?私はグレンハインツさまを・・・」
またぐっと抱き締められて言葉が途切れる。
「ずっとこの髪飾りを付けてくれていたね。だけどもういいんだ。」
「グレンハインツさま?」
「クラウディア。クラウディア。クラウディア。愛している。ずっと。愛しているよ、クラウディア。」
「グレンハインツさま!」
自分の声にぎょっとして目が覚めた。
目に飛び込んできた天蓋は見慣れない異国のレースだった。一瞬、どこにいるのかわからなくなる。
あぁ。ここはギムタレム公国の姉の邸だ。思い出したとたん、今の夢が甦る。あれはグレンハインツ殿下が帰国されて二人だけで会った最後のときのことだった。
会えたことが嬉しくて。
贈り物が嬉しくて。
真名で呼ばれるのが嬉しくて。
抱き締められたのが嬉しくて。
嬉しくて。
嬉しくて。
また涙が溢れてくる。
「グレンハインツさま・・・」
愛しさが真名を呟きとともに溢れる。
後から後からこみ上げる涙をただ、流し続けてようやく落ち着いてきた頃、いつ、ベッドに入ったのだろうとふと気が付いた。思い返すと東屋で誰かに会った。あれは誰だったのか。その人がここへ連れて来てくれたのか。わからなくて不安になる。
ノックが聞こえて返事をすると扉を開けて入ってきたのは侍女ではなかった。
「クラウディア、おはよう。
何かあったかしら?」
部屋に入ってきたのは姉のエリザベートだった。
「おはようございます。お姉さま。いいえ何もなくてよ。」
「そう?何だかすっきりした顔をしているわ。目と頬は腫れてるけどね。」
そう言って笑い掛けてくる。
「お姉さま。腫れてるのにすっきりしているなんておかしくなくて?」
少し憮然として返すと姉は眼を見開いて驚いている。
「クラウディア。あなた・・・ 」
一つ溜息をついて着替えていらっしゃいと言われる。黙っていられなくて
「お姉さま。私、いつの間にここへ?ご存じかしら?」
「昨夜東屋で眠ってしまったあなたをウィリアムがここへ運んだのよ。よく眠っていたわ。」
さらりと微笑んで教えてくれた。
夜中に庭を歩き、東屋で座っていることはあってもそのまま寝てしまうなんて、はしたないことと恥ずかしくなる。
「まぁ。それはとんだ粗相を。お義兄さま、いらっしゃるかしら?」
「食堂に。一緒に朝食をいただきましょう。」
待ってるわと言って出て行った姉は心配して様子を見にきてくれたようだ。入れ替わりに侍女が入ってくる。慌ててベッドからでた。
「お義兄さま、おはようございます。」
食堂で姉と和やかに話している義兄に挨拶をする。
「おはよう。クラウディア。何日ぶりかな?だが、今日は顔色も良さそうだ。」
穏やかな笑顔で返事をする義兄だが、こんな笑顔は身内にしかみせない。父たちと同じだ。
「ありがとうございます。お義兄さま、昨夜はご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。さぞ重かったでしょう?腰を痛めたりなさいませんでした?」
殊勝げに俯きながらも最後のセリフは笑顔で問いかけると義兄は驚きながらも楽しそうに答える。
「クラウディア、私はまだそんな年寄りではないよ。それより君からそんな冗談が聞けるなんて。昔を思い出すよ。」
「まぁ。私、冗談ばかり言ってましたかしら?」
わざと恨めしそうに言うと
「幼いと油断すると忽ちやり込めるおしゃまさんだったな。」
「それは鼻持ちならない娘でしたこと。申し訳ございません。」
「いやいや、流石はエベルバッハ家の令嬢、エリザベートの妹と思っていたよ。」
「あら、私のことをそんな風にごらんになってらして?」
私と義兄の会話に姉も笑いながら入ってきた。こんな風に会話を楽しむのは久しぶり。