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6 シュターゼン公爵家

 妹が我が邸に来て一月以上が立つ。

 私の知っていた明朗で打てば響くような受け答えで周りを虜にしていた妹と今のクラウディアと同じとは信じられない。

 儚げで清楚。今にも消えてしまいそうな妖精とは誰のこと?私の妹ではないといいたくなる。

 これほど傷つけられていたのかと今更ながら会わなかった4年が悔やまれる。

 隣国リュクス国と大国カーグの攻防はいつこちらに火の粉が振りかかるかしれず、わがギムタレムも落ち着かない情勢の中でエベルバッハ家に戻ることができなかった。

 妹がこれほどの傷心を抱えてるとは実家からの知らせではわからなかった。

 およそ父とアーノルドが隠していたのだろう。あの二人に掛かればどんな情報操作も意のままだ。私に心配を掛けないためと解っていてもおまえは家を出た人間と言われているようで寂しさが胸を過る。

 今も哀しみの中に居る妹を救ってやりたい。あの心からの笑顔をもう一度見たい。

 アランフォード殿下では役不足なのはわかっていたが、何一つクラウディアの慰めにもならなかったことは八つ当たりとわかっていても憤りを感じる。

 周りの声が五月蝿くなってきてクリストファー殿下に目を付けられるのを承知で夜会に連れ出したが、妹は何も感じなかった。

 踊っているときは楽しんでいるようにみえたが、一時のことで妹とっては綺麗な鳥がいたぐらいにしか関心がなかった。

 そんなことを考えていると

「マリア、どうするつもりだい?」

 二人きりの寝室に入って来た、夫のウィリアムが苦笑いを浮かべながら聞いてくる。

「何のことですの?」

 鏡越しに惚けて見せた私を後ろから分かっているだろうと抱き締めてくる。

 ギムタレム公国の人間である夫はエベルバッハの人間のように真名を呼べない。それが寂しくて本当に二人っきりのときだけ、愛称としてマリアと呼んでもらっている。ギムタレムの中でも唯一エベルバッハ家と婚姻関係のあるシュターゼン公爵家だから真名の重みは熟知している。名前に真名を被せて呼ぶのは家族と大切な人だけ。

「クリストファー殿下が必死で探りをいれてるよ?」

「えぇ。そのようですわね。」

 それがどうしたと言わんばかりに答えると夫は少し困惑した表情をみせる。外でこんな表情を見せたらきっと周りの方々は驚くだろうと想像して思わずクスリと笑ってしまう。

 私の笑い声に益々戸惑いの表情を露にしながら

「マリア?」と聞いてくる。

 何でも無いのだと首を横に振り、真面目な顔に戻す。

 先日夫から聞いたリュクス国の情報を頭の中で繰り返す。

「殿下もそろそろお国が忙しくなるでしょうに。ご苦労様なことですわ。」

 軽くいなすように告げる私に夫は一つ頷いて事も無げに

「まぁ あの国がどう収まろうと構わないけどね。」

 と対処の例はできているとばかりに返ってくる。

「だからこそ。クラウディアをどうするつもりだい?殿下にあげるの?義父上もアーノルドやランベルトは認めるかい?」

 相手はリュクス国の王子で王太子になろうかというのにまるでこちらのほうが格上と言わんばかりの言い種だ。

 私も不遜さを隠さず答える。

「今のままでは無理ですわ。お父様に聞いても返事は同じこと。政略結婚させる気はないですから。

 あの子には幸せになって貰いたいのです。」

 沸き上がる熱いものを堪えて目線を下げると額に口付けが落とされる。

「もちろん。君の大事な妹だ。僕にとっても大切で可愛い義妹だ。必ず守るよ。」

 そう誓うと夫は甘い口付けを私の顔にたくさん落とし、寝台へ連れていった。 



  庭に今夜もクラウディアがいる。

  まるで夢遊病のように頼りなく。

  彼女のいる東屋に誰かが近づく。

「あれはクリストファー殿下だね」

 後ろから夫の声が聞こえた。

「えぇ。警備は?」

 東屋を見つめたまま問うと、「見守っている」とかえってきた。毎夜のように庭をさまよい、東屋で時を過ごす妹。

 昼間であれば受け答えもそれなりにあるが、この時間の妹は本当に夢遊病のように話しかけてもぼんやりしている。だからといって部屋に閉じ込める訳にもいかない。

「このままクラウディアを連れ去るのは無理だからね。」

 夫は私と並んで立ち、東屋を見ながら言う。

 夜中の侵入者に誰何もしないのは殿下だからではない。リュクス国は今、女一人に関わっているときでないことを知っているからだ。このまま連れて行けば、ただの拉致だ。揉め事にしかならないのをわかっていてあの殿下がするわけがない。

「殿下は一体どうしたのかな?」

 苦笑しながら夫が呟く。

「ご挨拶かしら?律儀な方ですわね。」

 そう答えると夫は顔を緩めて

「クラウディアを迎えに行ってこよう」

 と出て行った。殿下と鉢合わせすることはないだろう。しかしなぜ我が邸に寄ったのか?

 殿下と妹が会ったのはあの夜会一度きり。

 あの子の仮の身分と名前しか知らないはず。

私が言ったダンベルト男爵はエベルバッハ家の持つ爵位だがあまり知られていない。名乗るものがほとんどいないから。弟のアーノルドが名乗るレイデア伯爵はエベルバッハ公爵を継ぐ者が成人したときに名乗るが、男爵位は他国でエベルバッハを隠すときぐらいしか使わない。ゼイン辺境伯爵家とも昔からの縁戚で現夫人は父の妹だ。

 マセンタ伯爵家はゼインと縁戚でもあるからつながりがないわけではない。本当はマセンタ伯爵家にまで迷惑を掛けるつもりはなかったのにあのアランフォード王太子のせいで。あれほど執着するとは予想外だった。

 それにクリストファー殿下と妹を政略結婚させるつもりはない。クリストファー殿下が探っているのは恋情によるものとは思えない。そんな事を夢想するのは頭に花の咲いた10代の令嬢くらいだ。

 放蕩王子の仮面をかぶり、遊び歩いているように見せているが、それはあくまでも敵を欺くためのものなのは分かっている。緻密な計算で大国カーグを相手に己の利を得ようとしている狡猾さと情報収集の巧みさと家臣の信頼が篤いことも。

 機をみる冷静さや潔い決断力は一国の王に相応しい。

 それでもあの国リュクスは未だに大国カーグの侵略の危機にさらされている。そんな国に妹をやる訳にはいかない。

 殿下にとってはギムタレムやローレインの後ろ楯は喉から手が出るほどほしいだろう。ただ、どこまでローレインの慣習を知っているのか。ローレインの後ろ楯というならば少しでも高位の貴族令嬢がいいのだろうが、あいにくローレインの高位貴族令嬢はめったに外国に嫁がない。とくに菫の宝石と言われる紫の瞳を持つ令嬢、菫の娘は国王の許しがでない。

 だが、私にしてみればそんなことは関係ない。あの子の本当の価値はエベルバッハ家やシュターゼン家という2国の後ろ楯ではない。あの子自身だ。

「順序が逆だわ。国を安定させない限り例えクラウディアが望んでもだめですわよ。それにきちんとあの子を愛して愛されていただかないと。それも難しいですわね。」

 夜のしじまに消えて行った殿下に向かって独り言をいう。


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