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5 クリストファー殿下 Ⅱ

  湯浴みを済ませ寝室に入るとアレンの指図で酒の用意がなされている。

 並べられたいくつかのつまみはリュクスでは手に入らないものだ。

「たまにはいかがと思いまして」

 などと気持ちの悪くなるような声でヤツはにっこり笑う。

 無言でいると降参の意に両手を挙げて2つあるという。

 眼で問えば、

「姫と国。どちらからにする?」と聞いてくる。

 いつもなら私も共に高級娼館へ行くところだが、少しは醜聞を抑えるべきだとアレンが一人で逢いに行っていた。

 私の娼館通いの表と裏など少し目先の聞く者なら簡単に見抜ける。情報のやりとりを知られても情報の中身が抜かれなければかまわない。むしろ放蕩王子の名に一役買わせるのと情報の受け渡し場所としての隠れ簑とギムタレムの高官にばれることはスパイなどと痛くもない腹を探られず、かえって助かるぐらいだ。娼館通いに一喜一憂するのは一晩閨の相手をすれぱ、妃になれると思っている頭の足りないやつらばかりだ。

「姫」

 と言えば、そっち取るのかと言いつつ得た情報を伝えてくる。

 ディアナ孃。ゼイン辺境伯の縁戚であり腹心でもあるマセンダ伯爵の弟の庶子。最近、母親を亡くし、更に失恋した。

「失恋?」

「恋に破れたんだよ」

「貴族だろう?」

「爵位はないがな。ゼイン伯の娘に仕えていた。とはいえ、まるで姉のような扱いでゼイン伯の庶子じゃないかの噂があるくらいだ。」

「裏は?」

「マセンダ伯の姪だが庶子。少し身分が釣り合わないな」

「だが他国には出れるだろう?そっちが重要だ。身分などシュターゼン公爵にでも養女にしてもらえば充分だろ?」

「うーん そうなんだけど。」

 煮え切らない態度と返事だ。こんな時のヤツの勘はよく当たる。

「何が引っかかる?」

「おまえは何も思わないか?」

 確かにあの娘に失恋など似合わない。貴族の娘であれば下位であろうと政略結婚が義務だ。婚約もその破棄も本人の意思は関係ない。あの娘なら常識だろうに。だが。

「それよりシュターゼン公爵というより公爵夫人の思惑は?何を意図している?」

「わからん。ホントにさすが外交家と言われるだけあって統制がとれてるんだ。それとわからないように。鉄壁だ。あれはおまえが玉砕覚悟で体当たりするしかないな」

「拒絶はないだろう?なら外堀を埋めてからかな。エベルバッハ家は?」

「シュターゼン夫人の上の弟は宰相の補佐についた。

下はまだ学生のはずだが、王太子の側で見かけることが増えた。側近候補かな?

妹はまったく表に出てこない。どこにいるんだか。王太子が何かとちょっかい掛けてるみたいで身を隠さざるをえないんだろう。公爵本人は変わらない。娘が王家にいいようにされたことを考えると変わらないことが不思議だが。」

 2週間でなら情報量としてはこのくらいか。そう思いながら更に指示する。

「引き続きディアナ孃の調査とエベルバッハ家の内情を。それとローレイン王国の仕来たり、禁忌、例外。」

「承知。エベルバッハ家もまだ調べるのか?」

「ディアナ孃の保護者だろ?頼まれただけか?シュターゼン家、ゼイン辺境伯、エベルバッハ家、関係を知りたい。」

 重ねて言えばそれ以上聞いてはこない。

「国は?」

 ヤツの報告に漸く動き始めたか、と期待なのか身の内から沸き上がる思いがある。



 月明かりの下、ふと思い立ってシュターゼン公爵家の庭に立つ。見つかれば少々やっかいだ。公然と挨拶していくわけにはいかないから忍んで来た。帰国は極秘だから。

 しばらくギムタレムともお別れだなと思いつつ、東屋に目をむけると人影がみえた。

 女性の影だと分かった瞬間、ディアナ孃だと確信した。

 近寄るべく歩き始めた私に後ろの護衛がぎょっとしている。身振りで待機を指示し、そっと令嬢に声を掛ける。

「こんばんは 月の女神」

 ゆっくりとこちらを向いた白い頬に涙はない。しかし、濡れた瞳は月明かりにゆらゆらと揺れているが、どこも見ていないようで視点が合わない。

 夜会でも儚げだと思ったが、今夜はそれ以上に消えてしまいそうな頼りなさだ。思わず傍に引き寄せてされるがままの彼女を抱き締める。全身を硬直させた彼女の耳元で囁く。

「一人で泣いてはいけない。一人で泣いては哀しみに囚われたままだ。一人でしか泣けないのは辛すぎる。

いつまでも哀しみに囚われていると先に進めない。誰かいるところで泣かないと心は癒されないぞ。」

 ふっと彼女の硬直が解けたとともに彼女の瞳から涙が溢れた。

 彼女の頭を胸に抱き込みただ立ち尽くしていた。なぜそんなセリフを言ったのか自分でも不思議だ。

 脱力していく彼女を東屋のソファーに座らせ、なおも嗚咽を漏らす彼女を抱いていた。

 そのうち泣き疲れて眠ってしまった彼女をソファーに寝かせ、上着を掛ける。

「行くぞ。」

「よろしいのですか?」

 踵を返した私に護衛が訊ねてくる。

「かまわない。公爵夫人か誰か気付いている。私が去れば迎えにくるだろう。」

 まだ何か言いたげな護衛を無視して公爵邸を出ると私の馬をつれたアレンがいる。

「国境を越えたところにローランドが待っています。こちらのことはお任せを。」

 流石にいつもとは違い硬い表情をしている。ヤツの肩をポンと叩いて

「待ってろ。終わらせてくる。」

 ここまでずっと傍にいてくれた腹心は一緒にことの成り行きを見たいだろうが、ヤツにはしてもらうことがある。

  カーグの思惑を外し、国を守るため、帰る。

 馬に踵で促し走り出す、そのとき、ちらりと先ほどの月を見上げていた彼女が胸を過った。

 

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