動植物神話体系―Eukaryotarum Mythologia―
玉兎と金烏のはなし
あるところに一匹のうさぎさんがいました。
うさぎさんの毛は月の光を浴びて真っ白に輝きます。
お目々はくりくりしてどのうさぎさんよりも可愛らしく綺麗でした。
うさぎさんには友達がいます。
今日はその友達と会える日なのです。
いつもは夜だけ出歩くうさぎさん。ときどき間違えて目が覚めてしまうけれど、その時はすぐ寝ます。
でも、今日だけは特別です。穴ぐらからこぼれる日の光に目がしぱしぱします。友達には昼間にしか会えません。
昨日からずっと眠いけれど、我慢して起きています。
友達はカラスさんです。
このカラスさんは他の仲間と違って、色がうさぎさんと同じ白いカラスさんです。
さんさんと降り注ぐ日光で見たときのカラスさんは、誰よりも美しいのです。
でも、他のカラスさんや動物たちは、白カラスさんに近づきません。あまりにも眩しくて、そばにいるだけで目が潰れてしまうのです。
不思議なことに、うさぎさんの目だけは白カラスさんの光に負けません。だから友達で居られるのです。
うさぎさんは白カラスさんが大好きです。だから、本当はたくさんの友達を欲しがっている白カラスさんのことがかわいそうでなりません。
白カラスさんはとても優しいカラスさんです。うさぎさんといる時は、にっこり笑顔で楽しく話をします。
でも、ふとした時に、白カラスさんのお目々が悲しげに揺れるのです。
そこで、うさぎさんは考えました。
何かいい方法はないか。そして、ある案を思いつきました。
弾んだ心でうさぎさんは待ち合わせ場所に向かいます。
待ち合わせ場所にはもう白カラスさんが来ていました。澄んだ黄金色の瞳が綺麗です。
「うささん、お久しぶりです」
「うん、白カラスさん久しぶり」
白カラスさんが丁寧な言葉で話しかけます。綺麗なだけでなく、礼儀正しいのです。
しばらくお互いの近況を言い合って楽しんでいましたが、うさぎさんが白カラスさんに言いました。
「白カラスさん、今日はちょっと遠出しよう。見せたいものがあるんだ」
うさぎさんは白カラスさんを引っ張って行きます。
白カラスさんは不思議に思いながらうさぎさんについて行きます。
うさぎさんと白カラスさんは、浜辺にたどり着きました。
潮の香りと波の音が綺麗な場所です。
「うささん、いいところですね」
「うん。最近見つけたお気に入りの場所なんだ」
そこに、誰かの歌声が風に乗って聞こえてきました。穏やかな声は子守唄を歌っているようです。
「あ、この声はあの子だ」
うさぎさんは声のぬしに呼びかけます。
「おーい、虹ますさん、僕だよ、うさぎだよ」
歌声の主ーー虹ますさんは岩陰からスイスイと静かに泳いできました。
白カラスさんは思わずどこかに隠れようとしました。うさぎさんの友達の目が潰れてしまう、そう思ったのです。
でも、うさぎさんが引き留めてどこにも行けません。
「うささん離してください!あなたの友達の目がーー」
「おや。うさぎ。ここには他に誰かいるね。えーと、誰だい?」
虹ますさんは顔を水面から出してキョロキョロしました。
「僕の友達の白カラスさんだよ」
「おお、あの有名な白カラスさんか」
虹ますさんは固まって動かない白カラスさんの方に目を向けます。
白カラスさんは、ぎゅっと目をつぶりました。耳も翼で塞ぎました。
白カラスさんを見たものは、瞳を焼かれる痛みのあまりに悲鳴を上げて必死に逃げていくのです。
そんなところは見たくありません。聞きたくありません。
数分してから、白カラスさんは目を開けました。翼を下ろしました。
そこには不思議そうにゆらゆら泳いでいる虹ますさんがいました。
「白カラスさん、どうしたんだい?」
「……逃げないのですか?」
「うん?ああ。僕は目がもともと見えないんだ。残念だな、白カラスさんはすごく綺麗だって聞いていたのに」
虹ますさんは本当に残念そうに言いました。
白カラスさんは虹ますさんの言葉に少しだけ、表情が和らぎました。
もともと見えないことは残念ですが、白カラスさんのせいで目が潰れてしまうことはないのです。
「虹ますさんは、歌がとても上手なのですね」
「そうだよ。僕の自慢さ」
虹ますさんは目は見えないけど、歌を聞きたがる他のさかなさんにごはんを分けてもらって助けられているのです。
「特に、この子守唄はみんな癒されると評判だ。今は練習していたんだ」
「もっと僕たちに聞かせて欲しいな」
うさぎさんはにっこりと笑いました。
その日から、うさぎさんと白カラスさんが一緒の時は、虹ますさんの歌を聞きに行くようになりました。
みんなの楽しい笑い声が波打ち際にいつまでも響くのでした。
うさぎさんと白カラスさんと虹ますさんのその後は別の話で。