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手紙

作者: 迷宮入 水彩渡

前略

親愛なるs様へ

この度、愚かな私のこのような文を読んでくださり、誠にありがたく存じます。

このような形でしかお伝えできず、本当に申し訳なく思っております。

ほかに方法がなかったのかと言われますと、世間的に考えますれば、いくらでも方法はあったものと存じますが、何分愚かなこの私には、他の手段が思いつかず、このような形をとらせていただきました。

どうか愚かしい私めをお許しください。否、このように書きますとお優しいあなた様は、愚かしい私のことを本当にお許しになってしまわれるかもしれませんね。

どうか、このような私のことをお叱りください。お怨みください。そして、どうか、私のことを、記憶の片隅にも残さず忘れ去ってくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。


s様もご存じと思いますが、私は人間と呼ぶには愚かしすぎるほど、仕様もない男でございました。

生まれてこのかた「努力」と言うものを知らず、只々遊ぶか寝るかはたまた食うかしかすることのない醜い肉塊でありました。

好きな遊びには遮二無二取り組み、タダ飯をありったけ食らい、眠くなればすべてを放り出して昼までだろうが夜までだろうが構わずイビキをかき続け、日々を全くもって無駄に浪費してきました。

そうして気づけば私は、いつの間にかおんとし30近い、何処からどう見ても中年といわれる年齢になっておりました。

この歳になって私に残ったものといえば、弾けもせぬのに格好が良いというだけで買った高価なエレクトリック・ギターと、もう10年近くも呑み続けて辞めるにも辞められぬ煙草と、年甲斐もなく抱き続ける叶うはずもない夢幻と、億万長者への憧れと、そして、上手く生きている人々への醜い嫉妬心くらいでしょうか。


私はとにかく、自分の手に入ったものに厭きてしまうのが早く、そのくせ手に入らないものへの執着が激しいのです。

とても欲しかったエレクトリック・ギターも、買って部屋に置いただけで満足し、一度も触れぬまま、見るのにも飽きてその辺に転がる邪魔な段ボール容器と同等の障害物にしか見えなくなってしまいました。

手に入れたもののうち、今でも厭きずに大切にしておるものなど、片手で数えるほどしかないのです。s様という人は、そういった意味では、私にとって、例外的な存在なのです。


私にとってs様と過ごす時のみが幸福で御座いました。

全てが無駄に思える嫌いな事ばかりな此の世界で、何もかも腐敗しきって蛆の涌いた私の人生の中でも唯一s様だけが有意義で清純に光輝き、まるで地獄にたゆたう白き鳥のようでございました。

私のこの人生でたった1つの幸運といえば、s様に出逢えたことであると私は深く深く信仰しております。

そしてその様な幸福に巡り会えたにも拘らず、私がこのような選択に至ってしまった旨を深くお詫びしたいと存じます。

私は真の愚か者です。手に余る幸福をこの身に授かりながら、その幸福よりも背中に重くのしかかる余りに愚かしい後悔や自業自得の絶望ばかりに向く此の眼球と、幸福すらも苦痛に置き換えられて受容してしまう歯車の狂った脳の導く結論は、結局を持って修正することが出来ませんでした。


私はこれから、私のような人間とも呼べぬ成り損ないの肉塊が生を受けてしまったことに対する懺悔をしにゆきます。私のために不幸になってしまうであろうs様には、一言お詫びを申し上げたく此の手紙をしたためました。

出来ることであれば、s様が今後私に関する全ての事を綺麗に忘れ去り、新たな人生を歩まれ、御健康で御幸せに暮らされることを祈っております。


どうか、どうか、勝手な私めの事は初めから此の世界に無かった事としてこれからの日々を御過ごしいただけますよう願っております。

此の手紙を読まれた頃には、私というものはないものと存じますので、此の手紙も、塵に還していただく方がよいものと存じます。


取り急ぎで申し訳なく思っておりますが、もう旅立ちの時刻まで時間がないため、此の手紙をもって最後とさせていただきたいと存じます。

それでは、私はそろそろ、失礼致します。

草々


人間の成り損ない mより

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