感情スイッチ!
もこもふ同盟no.14の『もののふ』、みうポルンと申します。
超絶お暇でしたらお読みください。
「__今朝忘……ら、……借りに__」「__って、田中じゃない! 触らな……で!」
__彼がスイッチを押してから、世界は感情というものを無くした。
「……夢かニャ」
今だに視界の定まらない私はベッドの上でそう呟いた。
「おはようニャ、ヤス」
私には他の人には持っていない能力というものがある。
「おはようユウ。今日はなんの夢見た?」
朝、クラスの扉を開けて中に入れば、他の子と楽しげに話していた友達のヤスがこちらに気付き、声をかけてきた。
「んー。忘れちゃったニャ」
「はやっ!? これだから忘れん坊の占い師さんは」
いつものやり取りではあるが、やれやれと肩を竦めながらヤスはため息をこぼす。そのまま今まで話していたグループを離れ、自分の席に荷物を置いていた私のもとへ歩いてきた。
私が今朝見た夢。所謂、予知夢というそうだ。今後起きるであろう現実を夢の中で教えてくれるというもので、最近は予知夢しか見ていない。熟睡もできないため私にとってはいらないものである。
「今朝忘れものしてきたから、一緒に借りにいってくれない?」
馴れ馴れしくへらへら笑いを浮かべながら肩を回してくるヤスの魔の手をことごとく回避すると、私は彼女にお返しのボディーブローをお見舞いする。親友にとって、過剰なスキンシップは当たり前である、うん。
お前も忘れん坊だろうというツッコミは控えておいて、私は以前見た夢のことを頑張って思い出していた。
ここで予知夢のルールについて紹介しておこう。
一つ、
「もしかして、国語の教科書忘れたでしょニャ?」
予知夢で見たことは絶対に当たる。
「おおそうそう。ユウ、それも見たの?」
「ニ、三回は見たかニャア。」
二つ、重要度の高い夢は何度も見る。
「確か、後三分後にあの田中君が来るだろうから、早く他のクラスに避難しておいたほうがいいニャ?」
夢で仲の悪い田中君とヤスが喧嘩したことを思い出しながら、そう忠告しておく。二人は顔を合わせるたびになんやかんやで言い争うのである。小学生のころなんか、しまいにはお互い殴り合いをしだして、手を焼いたものだ。中学生にもなって、未だそんなことがたまに起きようとしているのだから、少しは考えてほしい。暴力にまで発展しないよう治めるこちらも大変なのだ。そんな迷惑も知らないヤスは、そこに憎き相手がいるように空中を睨みながら、
「またあいつが来やがるのか。ほんと、何のために私らのクラスに来るんだろうね?」
と口を曲げた。そうは言っているが、田中君はヤスのこと好きなのだから、突っかかってくるのだとヤスが気づくのはいつになるのだろうか?
「そうと決まれば早速退散ね、あぁ、予知ってありがたいわ」
ヤスは私に手を合わせ、颯爽と廊下に飛び出していき、
「あいたっ」
ドアを出たところで誰かとぶつかり、尻餅をついた。助け起こそうと私は駆け寄っていくと、ドアに隠れて見えない、ぶつかった相手がヤスの腕を引っ張り起こした。
「ありがと……って、田中じゃない! 触らないでよ!」
どういうわけか、ぶつかった相手は田中君だったようである。私が見た限りでは後三分後であったのだが。考え込む私の前でヤスは引っ張った相手の手を振り払い、虫にでも触れたかのように腕をさする。嫌味を含んだ視線を十分に飛ばして、そのまま去ろうとするヤスに田中君は「待ってって!」と呼びとめた。
「助けてやったのに、ちゃんとお礼も言えねぇのかよ!?」
田中君を避けようとするヤスの態度が気にくわないらしい、拳を握りしめて彼女に食ってかかるが、
「最初にぶつかってきたのはアンタじゃない。なんでそんなこと言わないとダメなの」
負けず嫌いのヤスはとことん反抗的、いや、最早反抗期に突入しているであろう怒りの反射速度である。即座にそう切り返した。そして私は確信した。多少時間にずれが起きても喧嘩はおきてしまうようであることを。ここまで口喧嘩が進むと、もう誰にも止めることはできないであろう。考え込んでしまった私は止めるのがつい遅くなってしまった。次回からは気を付けなければ、うん。
「はあ? 突然出てきのはそっちじゃないか! 大体、お前は前から__」
段々ヒートアップする喧嘩に私は二人が無事結ばれるよう暖かい視線を送り、ヤスの代わりに教科書を借りに行くのであった。
三つ。予知夢から逃れることは出来ない。
「__もう嫌だ。こんなにも辛いんだったら、感情なんて無ければよかった。そう思ったんだ。――――――だからスイッチ、押すね」
――――夕暮れで黄金色に光る展望台の上で、彼は目を伏せながらつぶやいた。彼の感情は、推し量ることはできなかった。
またこれか。私は動けない体のままでそう思った。幾ら何でも数十回は見てる。明らかに異常な数だ。これだけ見たのなんて両親が死んだ時くらいではないか? とにかく、何としてもこの悪夢は回避しなければならない。
四つ、完全に回避することは出来なくとも、逸らすことはできる。
私は自然と決心を固め、彼を説得しようと口を開こうとし、
「__こら、起きなさい」
頭上から降ってくる声に身を起こすと、目の前には国語の教科書を片手に持ち、眉を可動範囲ぎりぎりまで逆立てる先生が立っていた。ここまで人類は眉を動かすことができるなんて。逆にすごい、感激する。
「まったく、授業中に寝るなんて」
先生はまたか、とため息をついた。同時に眉の位置がもとに戻る。いつの間にか眠ってしまったらしい。クスクスと、周りが笑っているけど、私はいつものことなので平然としている。予知夢を見だしてから眠くて眠くて仕方ないのだ。寝て何か悪いことでもあるのだろうか、いやないだろう。授業の妨害もしてないのだから、わざわざ先生も起こさなくていいのに。
机に伏せた時に折れ曲がってしまった教科書のページをまっすぐに伸ばし、今は現代文かニャ、とつぶやいた。今の状況を確認しておかないと、たまに夢と現実の区別がつかないので苦労するのだ。
そして授業に戻ろうというとき、私は周りとは違う視線を感じた。自分と同じ被害者時の暗い悦びと、同情が入り混じった、そんな視線。
そして、目が合った。合ってしまった。そうだ、思い出した。夢に出てきた幼馴染の勇太。何度も何度も出てきて、それから、よくないことをしでかす最悪の人だ。予知夢は必ず当たる。あの夢は今までで一番起きてはならないヤツだ。このまま放っておいていいはずがない。何もできないままでは両親の時と同じだ。
昔の私は予知夢で知っていたのだ。けれど、久しぶりに二人の都合が合って会えたのだから、どうせ夢は夢だろうと私は二人を海外旅行に送らせたのだ。
私が、両親を殺した。
止めておけばよかったのだ、予知夢なんてきっと信じてくれなかっただろうけれど、それでも必死に両親を説得して、乗る便をずらすくらいのことはできたはずだ。
二人は、飛行機が墜落した衝撃で死んだ。あっけなく。
私がちゃんと予知夢のことを信用していれば、なんとかなったかもしれないのに。葬式で泣き崩れる親戚をただぼおっと眺めながらそう感じた。淡い期待なんかの感情を抱いて、損をするのは私たち……私なんだ。それほどまでにこの力は私の中の奥深くにまで入り込んでいた。
その日から私は予知夢を信じることにした。力を信じて、逆らって、最悪の事態からぬけだすのだ。己の甘さなんて捨ててしまえるように。
なんとしても止めなければと、勇太から目をそらした私は学校が終わるまでずっと考えていた。
「__で、どうしたニャ? 展望台なんか連れてきて」
放課後、勇太に誘われた私たちは二人で町外れの公園へ来ていた。切り立った崖の上につくられていて、足元に気を付けることを忘れなければ高い位置から小さな町並みを臨むことができる。
ここに来てからずっと無言で、尚且つ夕日の逆光せいで、顔が暗くて見えない勇太のことが怖かったから、私は声をかけて紛らわした。
「優。もう分かってるだろ?」
切り出した勇太の声はいつもより落ち着いていて、
「な、何のことかニャ?」
「__感情スイッチのことだよ」
いつもの勇太ではない彼は、より怖かった。
「……この世界の感情が無くなるスイッチのこと、だよニェ」
夢でそう彼が言っていた。
「うん、流石は予知能力者だね」
「そんな大それた人ではないんだけどニャア……」
言い方次第ではその中二病チックなネーミングになるのだろうけど、どことなく恥ずかしいものを感じてしまうのでやめてほしい。少し困ってしまった私を見た、彼は肩をすくめ、
「僕はもう嫌なんだよ、母さんが死んで、感情の意味がよく分からなくなった」
先日、勇太のお母さんが亡くなった。夫の暴力に耐え切れなくなって、この展望台から飛び降りた。立ち入り禁止の黄色いテープが痛々しく風になびいている。
「泣いて、喚いて、親父が遠くに逃げても何もできないまま悲しみに暮れて。もう嫌だ、こんなにも辛いんだったら、感情なんて無ければよかった。そう思ったんだ。するとさ」
勇太は制服のジャケットの内側から、金属質の小さい箱を取り出した。上部に丸い突起がついているものだ。
「気が付いたらこんなもの貰ってたんだ。使い方はなんとなくわかる。これを押せばどうなるのかも」
そう言って彼は笑った。――まずい、彼にそのスイッチを押させてはならない。全身が危険信号を受け取ってブルブルと震えた。
両親が死んだのも、勇太の母が死んだのも、私のせいだった。死ぬと分かっていたのに、夢と違う結果に少しでも期待し、止められなかった私のせいだ。止める私を振り切って勇太の母が飛び降りたのも説得力足りなかった私のせいだ。
自分のせいで今度は感情を、世界を犠牲にするなんて、許されるわけがないだろう。
「なら、どうして私を」
連れてきたのニャ、と最後まで言えなかった。夕日が地平線に沈み、街灯が彼の頬を照らしたとき、私は見えてしまった。
どこまでも暗い、暗い、悦びの勇太の目と、
「――好きだからさ、優のことが」
「えっ…………?」
「好きだから、この素敵な瞬間を一緒に見届けてほしいんだ。一緒に感情のない平和な世界を過ごそう? 辛くて悲しいこととか、イライラすることなんてないんだ。君の友達のヤスと田中が喧嘩しなくなって、君が止めなくてもよくなるんだよ。親のことも…………忘れられる」
「…………」
「感じることはできないだろうけど、それはきっと幸せなことなんだ。知らなくてもいいんだよ、優。だからスイッチ、押すね」
――――悲しそうに浮かぶ涙を。
「ばかぁっ!」
気づいた時にはもう遅く、私は思い切り彼の頬を引っ叩いていた。
「いいわけっ、いいわけないじゃニャい! 勝手なこともほどほどにしてニャ!」
「嘘だっ。親が死んだ君ならわかるじゃないか! 感情なんていらない! 消えたら僕たちをつらい思いから解放してくれるんだぞ。いつまでも落ち込んでいる僕たちよりもずっといい。母さんも喜んでくれる」
「ウソ! そんなやり方をして本当に喜んでくれると思うニャ? きっと悲しむニャ!」
「嘘、僕たちは立ち直れないままだ。一生このままいるよりずっとマシだ」
「なら立ち直ればいいじゃニャい! 一緒に慰め合って、乗り越えていけばいいじゃニャい! 一緒にだったら、できるニャ」
「嘘。できないよ」
「どうして、まだやったことなんてないくせ――」
「――君だって、いつか予知夢が外れることを期待して、人を殺したじゃないか」
言い返せなかった。彼は明らかに間違っているというのに、それを肯定してしまう自分がいるから、何もできなかった。説得なんてできなかったんだ。彼が親を亡くした悲しみに耐えきれなかったように、私も親が助かるかもしれない、勇太の母は考え直してくれるかもしれない、と期待した自分を後悔していたんだ。
こんな感情さえなければ、見殺しにすることもなかったというのにニャ、と。
「それで、後悔したんだろう? 腹立たしかったんだろう? 自分に、そして何より予知夢の通りになってしまう世界に」
勇太はこちらに手を伸ばしてきた。指先が街灯に照らされて、小さな光を帯びているようだった。気を抜いてしまえば、そこに飛びついてしまいそうな。
「なら、共に世界に反抗しよう? 感情がなくなる世界の、最後の逆襲だ」
彼は私に向かって一歩、踏み出した。
「どうせ逃げられないんだ。だったら、予知夢なんかの言いなりになる前に、一度だけでも逆らおう?」
もう一歩。顔に息がかかりそうなくらい、近くにまで来た。勇太は私の手を持って、感情スイッチ持っている手に添えた。
「私は……」
その時、沈黙した私たちの間に、バイブレーションと共にピアノと合唱の音が鳴り響いた。私の携帯だ。おとなしい前奏と違って、悲しさを前面に押し出したサビ。卒業式で私たちが歌う曲だ。
私は、いったい何に迷っていたのだろうか?
「私は、辛く感じるのはもう嫌いニャ。感情に惑わされて何度も失敗したニャ。確かに、いらないって思ったこと、あるニャ」
私は勇太の手を振り払って、両手を彼の肩に載せた。暗くて見えなかった、否、見れなかった彼の目を見て、
「でも、こうやって感情をぶつけ合うことも、卒業式で感動して泣くこともできないニャよ?」
今まで相手の反応が怖くて面と向かって話すことはできなかったけれど、友達のために自分が傷ついても、それでも言わなきゃいけないことだってあるんだ。その先に、彼の目に宿る悲しみを見据えて説得をしなければならない。
「……嘘だ、それでもないほうがいいって思ってるんだろう?」
「思うニャ。思ったニャ。でも、笑い合って、幸せに感じているほうがずっといいって気づいたニャ」
「嘘だ、嘘だ嘘だっ。じゃあ母さんは、どうしたらいいんだよ……」
「ウソじゃないニャ。さっきも言ったじゃニャい。お互い慰め合って生きていくニャ。苦しいこともこれからずっとあるだろうけど、いつかは幸せになれるニャ。そうすればお母さんももっと喜ぶニャ」
「絶対に? 嘘じゃない?」
「絶対ニャ。保障するニャ。だって――」
揺らぐ瞳を私は見つめながら、はっと息を吸い込んだ。
「――勇太のお母さんが死ぬ前に、勇太を幸せにしてって、そう言われたからニャ」
だから、こんな邪魔になるもの、いらない。私は今にも落としそうな感情スイッチを奪い取って、展望台の上から投げ捨てた。沈む最後に照らす太陽の光が金属の箱を照らして、涙をこぼすようにして落ちていった。これから寂しい寂しい夜が来る。でも、勇太と一緒に頑張っていけるなら、夜明けまで、なんとかなるよね。私たちはぎゅっと抱き合って、声がかれるくらいいっぱい、泣くことにした。
――――落下した衝撃でボタンが押されてしまったことなんて、世界しか知らないことだ。
――――予知夢からは、逃れられない。




