死神
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あるところに、一匹の死神がいました。
この死神はとても心優しく、天使のように清らかな心を持っていました。
どのくらい優しいかというと、この死神は死神のくせに、未だに人間を含める様々な生き物から魂を奪ったことが有りませんでした。
どころか、ついこないだ、勇気を出して魂を奪おうとして人間の家に行ったのですが、その家に一人で住んでいたおばあさんが病気なのを知ると、薬とお金を与えてきたのです。
他にも、池で溺れている子供を助けてみたり、罠にかかっていた兎を放してやったりと、極端に殺生を嫌うものですから、確かに、天使としては正しいのかも知れませんが、死神としては間違いでした。
そんなある日、この死神に、死神の上司から手紙が届きました。
手紙の内容は簡単でした――一週間以内に、一人だけで良いから、人間から魂を奪え。それが出来なかったら君は――
「『消えてしまうよ』……!?」
死神はとても驚きました。と同時に、思い出しました。
死神というものは奪った魂の一部を、自らの寿命に付け足すことが出来ます。
つまり、沢山魂を奪えば奪うほど寿命は伸びるのですが……この死神は一人どころか、一匹も殺したことが無いので、寿命が近づいているというのです。
いや、もしかすると、もう寿命は切れているのかも知れません。最後のチャンスとして、上司が寿命を少し伸ばしてくれたのかも知れない。
何はともあれ、生き延びる為には、むりやり誰かの命を刈り取らなければいけません。
死神は重い足取りで、大きな大きな鎌を持って、家を出ました。
………………
ある男が、畑を耕していました。
この男は、世界に絶望していました。
生きていても良いことはないし、苦しいことばかりだし。死にたいなぁ、そう毎日のように思っていました。
そこに、命が消えかけの死神がやってきました。
死神は言いました。
「恨みは無いが死んでくれ、お前の魂がないと俺は消えてしまうんだ」
「いいぞ」
と男は言いました……
「やっと運が回ってきたようだ」
「運が回ってきた?お前は状況を理解しているのか、お前は殺されるんだぞ」
「勿論理解しているさ」
男は胸を張って言いました。
「生きていても良いことはないし、上手いこと死ねないかと毎日考えていたんだ。死神に殺して貰えれば、痛くも苦しくもないだろう」
「なんてバカな男だ」
死神は呆れました、
「お前は世界の素晴らしさを何も見ていない。不憫だなあ、呆れたことだ」
「何とでも言うがいいさ」
男は畑を耕しながら言いました。
「どうせ誰も分かってはくれないんだろう。あんただって同じだよ、俺の苦しみを理解できるかね?」
「分かるさ……なんたって俺は死神……神なんだからな。人の心を読むことなんて簡単さ」
「そいつは驚いた。じゃあ今俺の考えていることも分かるかね?」
「ああ、分かるぞ」
「怖くて怖くて仕方がないんだろう?いざ殺されると思ったら、この世に未練が有ることに気付いたんだろう?」
「その通りだ。まだ俺は生きていたい。世界に絶望していたが、それとこれの話は別だ。まだ経験していないことが一杯ある」
「ふん、身勝手な奴だ」
死神はまた、呆れました……
「だが、だからこそ面白い。これだから、俺は命を奪えねえんだ」
そうして死神はゆっくりと天を仰ぐと、
「ああ……せめて非情であれば、もう少し長らえたのかも知れないな……」
そう言うと死神は、ぱっと、消えてしまいました。
後には何も残らず……唯、呆然とした顔をした男が一人、ぽつんと立っていただけでした。
fin.
この男が、天使に会うのは……また、別のお話。
何作目か忘れました。
最後のところの『この男が〜また別のお話』ってところ、元々キューピッドと書かれていたのを都合上店しに書き換えました。了承下さい。