知能犯の最期
魔王の部屋。そこに一人の手下がやってきた。手には小さな黄金の天使像を持っている。
「魔王様。人間からこのようなものを奪ってまいりました」
その手下はそう言って魔王にそれを見せる。すると魔王は口を横に広げてニッと笑った。
「ほう。なかなかよさそうなものではないか。それを奪われた人間はさぞや泣き喚いただろう」
「それはもう、たんと。それだけは持っていかないでくれ、と何度も叫んでおりました」
「ははん。そんな頼み、魔族であるわしらが聞くはずがないだろうに」
「まことにそうですとも」
二人は気の済むまで笑った後、その天使像をどこに飾るかを相談し始めた。
「やはりこういったものは魔王様のお部屋に飾るべきでしょう」
「うむ。そうだな。しかしわしの部屋はこのとおり広い。貴様はどこに飾るのが最も映えると考える?」
「そうですね……」
手下は魔王の部屋をぐるっと見渡し、ある一点を指さした。
「魔王様のベッドの傍にある、あのテーブルの上なんかはいかがでしょう」
魔王はしばしの間その場所を見つめ、じっと考え込んだ後、
「ふむ。なるほどいいだろう。よし。そこに置いておけ」
「かしこまりました」
手下は天使像をテーブルの上に置くと、すぐさま魔王の部屋から出ていった。
魔王はしばらくの間その天使像を眺めていたが、やがて眠くなったのでベッドに入った。
すると、どこからともなくチッ、チッ、チッ、チッ、という音が聞こえてきた。
はて、いったい何の音だ。この部屋には時計などないのに。
魔王は疑問に思いながらも、夢の中へと堕ちていった。
一方その頃、黄金の天使像を奪われた男は高笑いをしていた。
「はっはっは。魔物め。あんな小芝居に引っ掛かるとは」
男は独り言を漏らしながらいそいそと着替えを始めた。
「あの天使像はきっと魔王の寝床にでも置かれることだろう。ははは。何も知らない魔王よ。その天使像の中に入っている時限爆弾に殺されるとは夢にも思っていなかっただろうに」
着替え終わると、今度は腰に剣を差す。
「爆発は午前零時に行われる予定だ。その時間辺りに魔王の城から出てくれば、俺が勇者のように人々から歓迎されて裕福な生活を送ることができるだろう」
男は鏡の前に立つ。その恰好はまさに勇者の恰好であった。。
「本来はこんなに立派な剣は必要ないのだが、あとで疑われては困るからな」
言い終わってから、その男は時計を見た。
「そろそろ出発せねばならんな」
男はニヤリとして家を出た。
魔王は眠りに就くと、しばらくは夢を楽しんでいたが急に飛び起きた。額には汗がびっしりと浮かんでいる。
「な、何だ今の夢は……」
その夢は天使像が爆発する夢だった。魔王は近くにある天使像を見る。
「ま、まさか……」
天使像を手に取り、耳に近付けてみる。するとチッ、チッ、チッ、チッ、という音が大きくなった。まさしくこの中から聞こえてくるものだ。
「――くっ!」
魔王はその天使像を窓に向かって投げる。直後、天使像は窓を突き破って魔王の城から落ちていった。
そしてすぐに大きな爆発音が鳴った。間一髪、魔王は助かったのである。
「魔王様!」
扉が開いて手下が入ってくる。
「何者かに襲撃されました!」
「いいや、襲撃ではない」
「は……、しかし勇者と思しき遺体が見つかっております」
「なんだと?」
魔王とその手下は城から走り出た。そこには見るも無残な光景が広がっていた。しかし一つだけ傷一つないものが転がっていた。
立派な剣が月の光に照らされていたのだ。