†友か奴隷か†
「エルが俺を呼び出したとき、俺は最初、出ていく気はさらさらなかった」
*
外はもう真っ暗だ……。
部屋の南側にある木枠の窓を見ると、空にはもう、衛星が2つ、浮かんでいた。
今いる場所は、居間ではなく、小さな小部屋。居間で話し始めようとした時、ベルクが風呂から上がってくる音が聞こえ、それを聞いたサラマンダーが場所を変えようと言って、俺達は小部屋へ移動した。
小さな椅子に腰かけて、サラマンダーの話を聞く。
サラマンダーの声だけが、静かな部屋に響いている。
「俺は、四大元素の一つ〈火〉を司る精霊だってことは、会った時に言ったよな?
四大元素は〈火〉〈風〉〈水〉〈地〉に分かれている。四つそれぞれを司る精霊がいて、名前は…………」
忘れたのかよッ!? そんなに考え込むことか? 仲間なんだろ?
「――まぁいいとして」
いいのかよ!?
「これらの四精霊は、召喚される頻度が多い。俺達の属性の妖精とか精霊なんかもいるが、そいつらは比にならない位、俺達の召喚率は高い。悪魔とかが入ってくると、また割合は変わるが……。召喚方法も悪魔なんかと比べると、比較的簡単だしな。俺も数えきれない位、召喚されてきた。中には願いをかなえてくれ、っていう欲剥き出しの奴もいたな。俺には無理だから悪魔でも召喚しろ、と言ってやったが。奴らは欲深い。かなりな。どうしようもないことなんだろうが。そう思うだろ?」
……俺に聞くのか?
俺もお前を召喚した一人なんだけど。欲っていうよりは好奇心だったけど。
なんだよ、その眼は。同情してほしいのか?
サラマンダーの黒い瞳が覗き込んでくる。
「……まあ、そうだろうな。そうじゃなきゃ召喚したりしないだろ」
「だろ? 少なくとも俺はそう思った。最初は従ってやったさ。勝手に呼び出しておいて、出て行ってやったら偉そうに命令してくる奴らにな。ほとんどがそうだった。命令だって言ってよ。……悪い、愚痴になっちまったな」
そう言って、サラマンダーはため息をつく。身体に纏う火が陰る。
同時に、部屋も少し暗くなる。見ると、アルコールランプの火はとっくに消えていて、俺たちはサラマンダーの火の灯りだけで話していた。
少し可哀想だけど……俺にはどうしようもできねえな。過去のことだし。
「悪魔と闘わされる事もあったな。俺は闘うのは嫌いじゃねぇけど、俺の扱いがうまくできねェ奴は御免だ。実際、俺に頼る腰ぬけもたくさんいた。世の中には人にしか頼れない、弱い奴もいるんだよ。努力もせずにさ。そんな奴らに従いたいと思うか? 嫌に決まってんだろ。だからさ、お前の母親が、エルが俺を呼び出そうとした時、俺は最初出て行きたくなかったのさ」
「でも、結局は出て行ったんだろ?」
「いつまでも待ってるもんだから、面倒くさくなった」
結局!? 母さんどんだけ粘ったんだよッ!
「契約を交わしてから、俺は3人の旅に同行することになった。3人ともお前と同じくらい……大体18、19歳くらいで、初めての旅だったらしい。あと、3人ともお前より性格が大人だった」
いや、その備考いらないから。報告していただかなくて結構ですから。
「今までの奴らとは違った」
「何が?」
主語がねえよ。主語が。
「あいつらは、俺を道具として扱わなかった。欲で俺を支配しようともしなかったんだよ……」
よっぽど嬉しかったんだろうな。少し、火が震えている。話していて気がついたけど、サラマンダーは火に感情が移るらしい。悲しかったら火が弱くなったり、嬉しかったら、火が強くなったり。
「俺の存在を認めてくれたし……。
それから、何度か、一緒に旅に出た。エルはどんどん美人になっていった。――お前が照れてどうする。……そのうちエルとヴールは結婚して、たくさんの人に祝福された。エルはお前が生まれて、一年たった時、俺と契約を切った。もう自分たちの力だけで生きていけるからって言ってよ。それからしばらく傍にいたけど、エルが俺を召喚することは一回もなかった。そしてまた、欲深い奴らに召喚されるようになった」
火が目まぐるしく色を変える。喜んだり悲しんだり、忙しいな、オイ。
「そして、お前が10歳の時、既に魔術を取得していたベルクが、俺を召喚した」
今から8年前か!? 持って生まれた才能っていうのは、こういうことを言うんだろうな。
「ちょうど、俺は誰とも契約していなかったし、小さなガキだったから出て行ってみた」
「それで?」
「あんまり驚くもんだから、こっちが逆にびっくりしたな。何しろ、精霊を召喚したのは、初めてだったらしくてな。その時ベルクから聞いた話があるんだが…………お前に言ったらベルクに消されそうだから止めとく」
……なんだよ? 俺はそんなに口が軽く見えるのか? それとも何か、ベルクの弱点を握っているとか……。それなら是非是非聞かせていただきたい。
「……時が来たら、自然に教えてくれると思うぞ?」
「そういうモンなのか?」
「保証はできないが」
そう言って、サラマンダーの目線が俺から壁に移った。一瞬火が弱くなる。
「あ……、もう朝じゃねぇか。今日はこのくらいにしとくか。風呂でも入ってこい」
……え? もう朝!? 一睡もしてねえじゃん! 嘘だろ…………。
外からは、鳥の鳴き声が聞こえてくる。カーテンの隙間からは、日差しが入ってくる。
本当に、朝かよ……。全然話してもらった気がしないけどなぁ……。
「――じゃ、俺は少し休むな」
慌てたようなサラマンダーの声がした。
「えっ? おいッ、サラマンダーッ!?」
声のした所にサラマンダーの姿はなかった。あるのは、少し焦げた油絵……
「……やばく……ないか……?」
絵だけじゃない。壁紙まで、煤けてる……。
絶望って、こんな感じのことを言うんだろうな……。
「ロボー? 起きてるー?」
ああ、終わった。早起き野郎が、来やがった。
部屋に、近づいてくる……。 足音が、だんだん近く……
とりあえず、部屋の外に出なきゃ、少しでも被害を小さく!
「スっ……スロースっ!! きょ、今日もいい朝ですねっ! えと、朝食! 朝食は!? 準備はッ!?」
「ロボ……? 今日は食べに行こうかと思ってるんだけど……」
「あぁぁ、はいはい。外食。ですよねー。じゃあ、ほら、行こうか! 速く!」
「…………ロボ、部屋、見せてくれるかな?」
「あぁ、部屋、ですか……」
笑顔が……ッ! 笑顔が怖い……。
サラマンダーァァァッ!!! 許さねぇェェ!!!
むむむ……
読みやすいものを目指します……;




