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†無知に鞭†

「ねえ、ロボ?もうそろそろ休んだら?」

「いや、もうちょっと行く」

「ここで休まないと、次の町が見えるまで3日は必要だよ?」

「いや、あと少し」

「《catena》」

「――んぐッ!」

「ほら、止まって! 町に行くよ」

「くそっ! 魔術なんてずるいぞ! いっ……引っ張るな! 苦しいからッ!」


                                   *


 俺たちがソレイユを出たのは三日前。リュミエールがひとりで見送りに来てくれた。さすがに見送りがひとりだと少しさびしかったが、ベルクに誰にも言うなと脅されたので仕方ない。我慢しよう。

 旅に出てからは、一度もベルクのことを名前で呼んでいない。ベルクも俺のことを名前では呼ばない。リュミエールが言うには、普通旅に出るときは、名前は伏せるそうだ。それで、ニックネームをつけるように言われた。

 ニックネームは自分たちで選んでよいと言われたのに俺は有無を言わさずロボにされた。なぜだ……。ベルクのニックネームはスロース。意味はナマケモノらしい。ナマケモノって……悪口に聞こえるのは言わないほうがいいだろうか。

 旅に出てから、ベルクが魔術を頻繁に使うようになった。鈍っているとかどうとかの理由らしいが、いちいち俺で試すのはやめてほしい。何かあるとすぐに魔術を使うものだからなかなか反撃できない。さっきも、もう少し行来たかったのに、ヨークだか何だかっていう魔術を使われて、首枷を付けられた。っていうか……

「いい加減外してくれ」

首都ソレイルを出て、森を一つ越えた。さっきはあんなに遠くにあった町も、今では目の前に迫っている。

頼むから、このまま町に入るなんてことは、やめてほしい。既に、町に出入りしている商人たちに、好奇の目で見られた。

このまま町に入ると……、と想像して足を止めると、ベルクが振り返った。

「ロボ逃げるでしょ?」

 逃げねえよ。……多分。最近ベルクが妙に怖くて逃げるのが条件反射になっている気がする。というかなっている。こっちが少し魔術取得したからって、防御できるとでも思っているのか? 

「思ってないよ?」

読まれてる!?

「あー、この術はね、首枷付けた人の意思が流れ込んでくるから」

「早く外してくれッ!!」

「さっきナマケモノがどうとかって散々バカにしていたみたいだけど? あの動物ほど共生と呼べる動物はいないんだよ。偉大な動物なんだよ」

 …………。

 ……そうですか。

「ほんと逃げないし、これ以上進まないから、早く外してくれ。頼むよ。これつけてると奴隷売買みたいで胸糞悪い」

「仕方ないなぁ、《liberatio》」

 はあっ、やっと外れた。ベルク? ナマケモノのベルクさーん? おし、聞こえてない。

「くそッ、俺がその術覚えたら、お前にも同じことしてやるからな!」

「教えてあげないよ」

 絶対取得してやる!

……ん? 何か聞こえる?

――……!……!!――

「なぁ、スロース? 何か聞こえねぇか?」

「いや、何も」

おかしいな、確かに聞こえたはずなのだけど。気のせいか。

――……ォ!……なぁ!!――

また聞こえた。どこだ? 誰かが呼んでる。

―――おーい! 旅人さーん? 返事しろって、聞こえてるんだろォ?―――

「んぁ? おい、スロース呼んでるけど」

「振り向かないで」

「はっ?」

「いいから無視して走って!」

なんだよ。無視していいのか? っていうか、あれ誰だよ。

仕方ない、走るか。

いきなり走れって言うのも理不尽だよな。ベルクも説明ぐらいしてくれたっていいのに。

町のほうへ向かって、走っているとき、気がついた。

どこまで走ればいいんだよ?

「スロース、どこまで走れば……」

……あれ、ベルクは?

「――っ!?」

爆発音!?

後ろからだ。ベルク……がやった?

……すごく気になる。行ったらだめだよな、やっぱり。……いいや、行こう。あとでどうなるか分からないけど、さすがに町の中では魔術は使わないだろ。


                         *


――《aranea》!――

ベルクの声が聞こえる。魔術暗唱だ。やっぱり戦っているのか?

でも誰と? あの人影には、まったく見覚えがない。

さっきの声の主か? 顔は見ていないから解らないけど。

「ロボ! 来ちゃったんだ……。まぁいいや、あんまり近くで見てたら巻き込んじゃうから、離れてて」

巻き込んじゃうって……怖いなオイ。

しかし、ベルクが戦っているところは初めて見た。

強いな、やっぱり。戦っている相手、誰だかわからないけど。

……いや、相手誰だよ。知らない奴と戦っているのか? 

「《claudo》!!」

うわ……あれ絶対手加減していないよな。怖いなベルク。相手がかわいそうになってくるのは気のせいか?

「《obsessio》!」

汚いよな、やり方が。相手の動きを封じてから、包囲して攻撃って、弱い者虐めだろ。

「《catena》!!」

もう相手反撃できてないし。一方的にベルクが攻撃しているだけだし。あれで鈍っているのだったら、本調子だとどうなるんだ? 想像するのも恐ろしい。

「《invocatio・Halphas(ハルファス)!!》」

う……わ……、何だ今のは? 今何が起こった?

ベルクの足元に急にできた魔法陣から、何かが飛び出して、気がつくと、ベルクが戦っていた奴は、息をしていなかった。同時に、魔法陣から出てきた〈何か〉は消えていく。

「お……おい、べルク、殺しちゃっていいのかよ?」

「名前で呼ばないで。何が起きるか分らないから」

久しぶりに魔術を使って疲れたのか、ベルクは肩で息をしている。

「今のはスペクター。たちの悪い亡霊でね、旅人とかに取り付いて不安要素を引き出すんだ。何にでも変われるから見た目では奴らを区別できない。だから、奴らが標的を決めた時に見せる目の輝きで奴らを区別するんだ」

「なるほどな。だから俺を走らせたわけか」

「そういうこと。囮っていうわけじゃないけど、ロボは足が速いし、不安とかなさそうだから」

ああそうですかい。

そんなに能天気に見えるのか、俺は。

「あと、名前は呼ばないで。普段は無害な奴にも、本名を知られると、取り付かれたりするから。本名は守らなきゃならないんだ。普通旅をするときは、よっぽどの素人じゃない限り、皆そうしてる」

そういうことだったのか。だから、そんなに怖い顔してるのか。

頼むから、その手に宿る炎を、今すぐに消してほしい。

「そういえば、今のは何だったんだ?」

「今のって……〈召喚魔法〉のこと?」

「ショウカン魔法?」

「召喚魔法は文字通り、魔法陣に、例えば〈妖精〉とか〈悪魔〉とか〈天使〉とかを召喚する魔法。僕は悪魔召喚のほうが多いかな。妖精はどうも苦手なんだ。熟達した魔術師なら、王の地位をもつ悪魔だって召喚できる。リスクは大きいけどね。でもこの術は、魔力の消費が激しいから、素人には無理かな。下手すると逆に取り付かれることもあるし」

妖精がニガテっていうところに、性格が出てるな。

「なんかよくわかんねぇけど、すげーな。俺もやってみてえ」

「やめときなよ。いつ契約を結ばされるか分らない」

そんなまじめな顔で言われても困る。

まあしかし、とりあえずはベルクがこいつと戦ってくれて助かったってわけか。

って、あれ?

「スロース、さっきの奴は?」

さっきベルクと戦っていた奴が、跡形もなく消えているんだが。まさか、逃げたとか?

「さっき僕が召喚したのは、死と破壊の公爵ハルファス。悪魔の一人だよ。彼の主食は人肉だから、さっきのスペクターは彼に喰われたと思う。なかなか危ない悪魔でね、ロボもあと1メートル前にいたら喰われてた」

いや怖いなオイ! 

1メートルって、あと一歩踏み込んでたら死んでいたってことかよ。

どんだけ危ないんだよ。

そんな奴召喚するなよ。

「いや、べル……スロースは大丈夫なのかよ」

「召喚者は魔法陣で守られてるからね。魔法陣から一歩でも外に出たら御陀仏だけど……」

「まあ、細かいことはまた今度ってことで。もう耳が痛くなってきた。早く行こうぜ? 町、入るんだろ?」

俺が歩くと、ベルクもぶつぶつ言いながらついてきた。

さっき戻ってきちまったから、町からだいぶ遠くなった筈だ。

空を見上げると、この星の頼る恒星、〈グローリア〉が真上にあった。

町に着くのは、日が沈んでからか……。

町に着くまで、ベルクと俺はほとんど会話をしなかった。疲労が半端じゃない。

3日間旅をしていたけれど、考えてみると、野宿ばかりで、ちゃんとした場所で休むのは久しぶりだ。

体力にあまり自信のないベルクには、相当堪えているだろう。悪いことをしたな。

安い宿を借りて、部屋に着くと、ベルクは荷物を放り投げると、倒れるように寝てしまった。

窓を見ると、外はもう暗かった。第三の惑星が、窓から見える。少し右に目をずらすと、第二の惑星も見えた。別に二つの惑星が見えるのは、珍しいことじゃないけど。

首都ソレイユから出たのは何年振りだろう。父さんと母さんがいたころは、よく郊外に連れて行ってくれた。

「はぁ……」

自然と、ため息が出た。

風呂でも入るかな。タオルどこにしまったっけな。

鞄、違う物にすればよかった。この肩掛け鞄、3日しか背負っていないのに、肩が痛い。

「ん?」

鞄を漁っていると、中から見覚えのない包みが出てきた。

「なんだこれ?」

これは……、魔術書!?

誰がこんなところに。…………。馬鹿神父か。馬鹿神父だな? 召喚魔術がどうのって言ってたしな。これで勉強をしろと?

くっ……。仕方ない。気が向いたときに、勉強でも、しようかな。

「……あ、タオル見っけ」

とりあえず、風呂に入ろう。嫌な物見ちまった。


「ふう……」

久しぶりに湯船につかる。安い宿の割には、洗面用具もすべて完備されていて、なかなか親切な宿だと思う。

そういえば、ベルクの持ってきた持ち物リストに、洗面用具が書かれていなかったけど、ベルクは持ってきたのか?そういうところは忘れっぽいからな、ベルク。

はあ……今日は疲れたなあ。ベルクが戦っている姿、意外と格好よかった。魔術っていうのは便利だな。俺がリュミエールに教わったのは、魔力の制御と解放、単純な防衛魔法だけだからな。この術、なかなか使えない。ベルクは、かなりの魔術師だから、まったく通用しないし。

明日、ベルクに魔術を教えてもらおう。

この旅だって別に、急ぐことはないさ。急いだって何も変わらない。のんびり行こう。気楽に、気楽に……。


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