表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一説 君子起来而肇騒乱…君子起き来たりて騒乱を肇す…

 諸子百家の言について原文のまま掲載している部分は本文の最後に注釈をつけています。ぜひ活用してお楽しみください。


『また生き埋め事件です。今朝未明、大京県西市の農地から男性の遺体が発見されました。同様の事件は今月に入って五回目で、警察は被害者の身元の確認を急ぐと共に犯人の手がかりを探しています。続いてのニュースです。大京県の県立図書館が放火の被害に遭いました。図書館が放火される事件は今月に入って既に十回以上起きており……』

 江沢民雄は大きなあくびをしてテレビを切った。時計にふと目を遣るともう十一時だ。明日からはまた月曜日で学校が始まる。特にやることもないので民雄はそのままベッドに入った。


『我冀若佑我而打倒凶悪組織』

 突然暗闇の中、どこかで見たような顔の老人に声を掛けられて民雄は目を覚ました。

「ん?何だ?これは夢……?」

『我和若須合従!』

「漢字で喋られてもなぁ……」

 老人は何かよく分からないことを言い立てているが民雄には全く理解できない。

『打倒悪們!』

「あー……ちゃんと話せよ。もうどうせ夢だったらちょっと乱暴なことしたっていいよな」

『若不知我乎?我是……痛っ!勿殴打我……痛いって!こら、やめんかい!若造が!泣くぞボケ!』

 民雄がちょっと蹴ると老人は普通に日本語で話すようになった。

「いきなり何の用で、というかそもそも誰なの?」

『年上の人に話すときは敬語を使わんか!弟子入則孝、出則弟!謹而……(*1)』

「ご、ごめんなさい、あなたはどなたですか」

 また暴走されそうな気配を感じて民雄は慌てて改めた。

『わしは孔丘、みなには孔子と呼ばれておるよ』

 いくら勉強嫌いの民雄でも孔子くらいは聞いたことがある。

「孔子……?ああ、だから漢字で喋ってたのか。それで用事は何ですか?」

『うむ、今世間で話題になっておる連続事件があるな。図書館が燃やされたり、生き埋めにされたり』

「昔の人なのによく知ってますね」

『当たり前じゃ、テレヴィジョンくらいわしでも見るわ!その事件はな、実は悪の秘密結社、性悪団によるものなのじゃ』

「しょうわるだん?性格悪そう……」

『せいあくじゃ!人間の本質は悪じゃ、と言ってまわっとる奴らでな、人間を法で縛って自由をなくす世界帝国を作ろうとしとるのじゃ!』

 いくらもうろくしてても流石にここまで言う人は滅多にいないだろう。これはニュータイプというやつなのか。

「はぁ、そうですか、それでその悪の秘密結社に立ち向かうのになんで僕のところに?」

『うむ、良い質問じゃ。お前には龍の気がある。お前は赤龍の生まれ変わりに違いないからじゃ』

 おそらく孔子は褒めているつもりなのだろうが、あまり民雄は喜んでいいのか分からなかった。しかしこういう人にあまりまともに反論しても意味がないことくらいは民雄にも察知できている。

「そうですか、分かりました、で、どうしたらいいんですか?」

『ここまで来たら分かるじゃろう。だがまぁ思不如学(*2)と言うからな、教えてしんぜよう。わしと一緒に普通に暮らすだけでいいのじゃ。性悪団はそれだけで絶対に襲ってくる。それを撃退するのじゃ』

 完全に協力する方向で話が進んでいる。とりあえず民雄は一目散に走って逃げた。振り返ることなく一心不乱に逃走した。そしてだいぶ遠くまで(といっても一面暗闇で分からないのだが)走った頃、ふと振り返ったが意外なことに孔子は追って来ていなかった。

『構わんよ、どうせもう逃がさんからの』

 孔子は遠くで不敵な笑みを浮かべていた。


 民雄は目を覚ました。

「う〜ん……何だったんだ、あの夢は……」

 とりあえず考えても仕方がないのでいつも通り学校に行った。眠い目をこすりながら一時間目の準備をしていると、同級生の唐家旋子が話しかけてきた。

「おはよー、江沢くん。眠そうだね、徹夜?」

「ううん、変な夢見て」

「え、私も夢見て寝れなかったよ。おじいさんが出てきて自分のこと孟子って言ってて、それで悪の秘密結社がどうの、って……すごい変な夢だよね、アハハ」

「それって僕のとそっくりだ。僕のは孔子だったけど……」

「えー?そんなことってあるんだね」

 二人で話していると委員長の号令が聞こえた。前には気づかないうちに世界史の先生が立っていた。

「じゃあ今日は先週の続きで諸子百家から。先週軽く見といて、って言ったと思うけど教科書p.54。諸子百家というのは今からだいたい2500年くらい前の春秋時代や戦国時代に、自分のものの考え方を各地の王に広めていった人たちのことだね」

 戦国の時代でそんなことをやるとはなんと呑気なんだ、と民雄は思った。

「まず儒家。代表的なのはまず孔子。それから性善説、つまり人間の本性は善だ、と説いた孟子」

 孟子という名を聞いて旋子が少し反応したのが民雄には見えた。

「あと逆に性悪説を説いた荀子。次に法家行こうか。法家で代表的なのは韓非。あと商鞅と李斯を覚えておくように。法家は荀子から発展したからその思想は性悪説で…」


 と、その時突然窓際の壁が爆発して怪しい中年が入ってきた。中年は額が広く、髭を少し伸ばしていた。

「朕望殺害汝等ッ!!」

 孔子の一件で微妙に慣れていたので民雄にはだいたい不審者の言いたいことが分かった。

「お前達を殺す、ってことか」

「な、何者だ!」

 先生が慌てて尋ねると不審者は微妙にぶっ飛んだ日本語で答えた。

「朕は小平、小平登アルネ!人間はみんなどうしようもない悪アル、歴代王朝はあまっちょろかったからずっと仁が育たなかったアル!だからみんな朕たちの帝国の民になるヨロシ!これ朕の詔ヨ!」

「こひら……のぼる?日本人なのになんであんなラーメ○マンが高貴になったみたいな話し方を?」

 民雄の独り言だったが小平には普通に聞こえてしまったようだ。

「朕は中国南方の雄、韓の王族アル!だから偉く喋るするヨ!」

「中国の王族でしかもあの主張……これが孔子が言ってた性悪団?」

『その通りじゃ。奴は韓非。小平という男から体を貰い受けたのであろう。歴史を見るうちに人間不信に陥ってしまったのじゃな』

 いつの間にか民雄の上に孔子が現れていた。

「でもどうやってあんなのと戦えって言うんですか?武器もないのに……」

『武器在此。韓非とて諸子百家の戦士じゃ、こちらは儒家の教えを説いて奴に打ち勝てばよいのじゃ』

 儒家の教えで戦う、と言われても民雄には全く意味が分からなかった。

「そんなこと言われても僕は儒家じゃないし……」

『また思不如学か、しかし流石に何も考えんのはどうかと思うぞ。とりあえず今はわしが手取り足取り教えてやろう』

「ええっ、でも……」

 民雄が躊躇している間に小平は孔子と、旋子の後ろの孟子に気づいたようだった。

「忌々しい孔丘に孟軻め、朕を邪魔するアル乎!ええぃ、信賞必罰ゥッ!!(*3)」

 小平が叫ぶと教室が禍々しいオーラに包まれた。

「な、なんだこれ……どんな悪いことでもやっていいような気分になってきたぞ……」

「ウヒッ……やだ、あたし何考えてんの……」

 生徒たちは早くもそのオーラに汚染され始めた。

『うぬ……韓非め、性悪をただすどころか振りまくとはなんと邪悪な……。いくのじゃ、民雄!』

 民雄はその時、何をすればいいのか察知した、というよりも殆ど無意識に体を動かした。

「いくぞ、奥義!子曰、過而不改、是謂過矣―シ・イハク・アヤマチテ・アラタメザル・コレヲ・アヤマチト・イフ―!!(*4)」

 詠唱が終わると民雄の体が光り輝いて漢字のビームが小平に向かって発射された。

『うむ、よくやった。今のが儒家三十六奥義の一つ、【真過】じゃ』

「……儒家の教えで戦う、ってこういう意味だったんですか」

 小平はまばゆい光に包まれ、炎上し始めた。そこに旋子が躍り出た。

『仲尼、お助けしますよ!』

「力を貸してください、孟子!性善キーック!」

 ダメージを受けている小平に旋子は連続で攻撃を加えた。これで勝ったか、と思ったが小平はたやすく火を消すと何事もなかったかのように起き上がった。

「フハハハハ、そこの女、汝が攻撃方法としてキックを選んだのは大間違いだったアルネ!諸子百家の攻撃は攻撃に練りこむ思想性に比例して威力は大きくなるんアル!汝の攻撃などいくら孟軻の力を得ようとも所詮はただのキックアルヨ!本物の朕らの技をとくと見るヨロシ!」

 小平は右手で握りこぶしをつくり、左の掌でそれを受けるような格好をして詠唱を始めた。

「其罪典衣、以為失其事也……其罪典冠、以為越其職也……(*5)」

 詠唱が進むに従ってさっきの攻撃とは比較にならない力が小平に流れ込んでいくのがありありと誰にとっても感じられた。民雄と旋子は小平を止めようとするが、あまりに強大な力が近くにあるせいで体が動かない。

「これで汝らも終わりアルネ……人本性是悪也ーッ!!!」

 小平がそう叫んだ瞬間、閃光が走った。民雄たちは死を感じ、思わず目を閉じた。


 だがいくら待っても何も起こらない。恐る恐る目を開けてみるとそこには小平が一刀両断されて倒れており、側に金髪で背の高い男が立っていた。

「白馬は馬にあらず……何故だか分かるか?」

 男が問うた。

「な……何故アル乎……!」

「簡単さ、白い馬ってのは純粋な概念じゃないってこった(*6)」

 謎の男が言い終わると小平は砂になって窓から散っていった。

「あの……危ないところを助けてくださってありがとうございます。私は唐家旋子、あなたは?」

「唐家さん、とそこにいるのは孟子か。オレはドラゴン・ゴーソンだ。公孫竜の頼みで性悪団と戦ってる。別に君たちを助けるためにやったんじゃないけどお礼はありがたく受け取っておくよ」

『ゴーソン殿、公孫竜とおっしゃいましたか?』

 孟子の問いかけにゴーソンは軽く頷いただけで、そのまま風のように去っていった……。


『公孫竜……か。これからどうなることか……』

「孔子、公孫竜って何者なんですか?」

 民雄が尋ねると孔子は僅かに眉間にしわを寄せた。

『奴も諸子百家の思想戦士じゃよ……実に厄介な奴じゃ……』




=注釈=

*1 弟子入則孝〜:若者は家の中では孝行に励み、外では目上の人の言うことをよく聞き、慎んで誠実でいなさい。

*2 思不如学:自分の力だけで必死こいて考えるよりも誰かから学ぶ方がいいよ。

*3 信賞必罰:厳格に賞罰を実施しなさい。

*4 子曰、過而不改〜:過ちを犯してその過ちを改めないこと、それを過ちっていうんだよ、って先生が言ってた。

*5 其罪典衣、以為失其事也〜:寒い季節、居眠りしていた君主に、冠をかぶせる係りの人が服をかぶせてあげた。おかげで風邪をひかなかった。目を覚ました君主はそのことを聞いて服を着せる係りの人と冠をかぶせる係りの人を両方呼び出した。服を着せる係りの人はちゃんと仕事をしなかったから、冠をかぶせる係りの人は自分の役目を越えた仕事をしたから、という理由で両方罰せられた。

*6 公孫竜子『白馬非馬説』:白い、っていうのは色の概念で馬だ、っていうのは動物の概念だからそれら二つが混じった白馬っていう概念は、純粋な馬っていう概念とは違うんだよ、という詭弁。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ