【俺】
そうだ、まずは俺の事を紹介しなきゃならない。
「アウアー」
名前は日本人としちゃありふれてるだろ?だが自慢出来る点があるんだ。
「アウアウアー」
更に聞いて驚け。
「オウボロアー」
凄いだろ?
「アアアアアアア!!!!」
俺は、鏡の前で必死に自己紹介の練習を繰り返していた。
@エピソード1 【俺】
残念な姿を否応無く映す鏡から離れ、俺は頭を掻き毟る。ネッチョリと手にこびり付いた黒い紐の束。これは俺の貴重な髪の毛である。男でありながらその艶と直毛が少なからず自慢であったのに。今や油まみれで過去の栄光は見る影すらねぇ。
「アーオ……」
残り何本だろう……。人間の髪の毛は10万本ある、てどこかの本で読んだけど残り半分位だから5万本位かなぁ? ああ、これ以上減らさないためにも頭は極力弄らない様にしないとな。
「アァン……」
それにしても昼だってのに人っ子一人いやしねぇ。確かに寂れた商店街っぽいけどさ、店員位いるだろう。接客業舐めんなよ。
『AAAA……』
と思ってたら目の前には綺麗な姉ちゃん。ハハーン、さてはこのパチンコ店のバイトの子だな? スカートから伸びる足にこびり付いた蛆虫のアクセがエロいね。
ドゴォ!
俺のワンパンを受けて姉ちゃんは倒れる。俺知ってるんだ。『コイツ等』は頭部の破損が弱点だって事を。折れてプラプラしてる右手を見て俺はため息をつく。
「オフゥ」
シュワシュワと直っていく右手。何故頭髪以外は修復するのだろうか。人間とは真不思議である。そういえば俺は頭部の破損すら修復出来る。これまた何故だろう?
さて。そろそろお気づきかと思うが俺は『普通の人間』ではない。というか『人間』ですらない。ああいや、厳密に言えば人間『だった』。そう、俺が死ぬあの日までは……。
って回想に入ると思ったかアホめ! 何が悲しくて似非神との会話を思い出さなきゃなんねーんだ! ふざけんなよあの糞小娘! 生き返ったらゾンビて! 転生したら『ゾンビ』って!!
「オオオアアアー!!」
慟哭。何故か壊れたはずの声帯から搾り出された俺の咆哮は人っ子一人いない商店街に響き渡った。
■
さてさて。気分を入れ替えて俺は死都となった街を歩く。不慮の事故で死んだ俺はこうしてめでたく死人として生を受けた。……生きてるのか死んでるのか今一分からねーな。
「オウッオ?」
日も沈みかけてきた。『生存者』の活動は昼が中心だからそろそろ俺も拠点に戻るとしよう。
俺の城はとある女子高校の教室の一つ。いいじゃん、誰もいないんだし。ていうか性欲なんてもう無いし。死後くらい好きにさせろよ畜生。
というわけでやって来ました我が根城こと桜坂女子高校。桜の下には死体が埋まってるとはよく言ったもんだ。うんマジで。
「アオーア」
1-Bの教室に敷いてある体育マットに横たわる。骨が折れないようにそっと。
「アンアァ……」
窓から差し込む月明かりがとても綺麗だ。こんなに月が綺麗だと人肉も食べたくなるんだろうか。俺には『アイツ等』の事なんか分からない。
なんでこんな事になったんだろう。俺はアニメや小説、漫画や映画の世界に転生して美少女に囲まれて、迫り来る敵をバッサバッサとなぎ倒す英雄になりたかったんだ。決してバッサバッサとなぎ倒される側になりたかったわけじゃない!
「オガァア!」
ああ、思い出しただけでむかついてくる。あの自称神様カッコ笑いはいつか噛む。俺の甘い唾液を流し込んでゾンビにしてやる。顔は良かったから俺専用のゾンビペットにしてやろう。
でも自殺できねーしなぁ。文字通り『不死身』だしなぁ俺。会おうと思っても会えねーし!
俺は差し込む月明かりを見る。とても綺麗だ。俺だって、人間だった頃はそこそこカッコよかったし、子供の頃は綺麗だね、とも言われた。それが本当にどうしてこうなった。
俺は絶対に人間に戻る。そのために、生きた人間を探す。そして俺には意思があって狂っていない事を伝えるんだ! あとは政府とかなんかお偉い人とかが特効薬とかなんかそんなん作ってくれるだろうさ。
「オウ……オアアァァ……」
これが俺の今を生きる、いや、死んでる目的。絶対に人間に戻る。この、死者が蔓延り生き物が絶滅している世界で。そしてまた死んであの小娘を泣かす。俺はもう十分泣いた。涙なんて出なかったけど、俺は絶対に泣いたんだ。
なぁ、その位させてくれてもいいだろう?
■
俺の日課を紹介しよう。
「ファ~ア」
多分朝の八時頃。まずは睡眠からの起床。性欲と食欲が無いのに睡眠欲が存在するのは、俺が人間を捨てたくない、と思う心の現われだろうか? 知らんけど。
食事は必要ないので着替えを選ぶ。最早この世界で衣服なんてその必要性を失っているけど、生きた人間に出会った時に裸とかもうね。俺にまだ残ってる羞恥心がヤバい。
「オ!」
今日はこれにしよう。黒い皮ジャンにジーンズ、そしてブーツ。最後にサングラスをかければほら。どこからどう見ても知性を感じる事の出来るゾンビの出来上がりだ。……いやまぁ、ファッションセンスはゾンビになってどこかに忘れちゃったんだ。
「ウォン!」
そして俺は家を出る。場所が場所だから登校? いや、出かけるわけだから下校? どっちでもいいか。
とにかく俺は今日もこの町に残る生存者を探す。だけどアテが無いわけじゃないんだ。映画とか見れば分かると思うけど、ゾンビっていうのは俺と一緒で生きた人間を探す。そう、『食べる』ために。目的は違えど、『奴等』も生存者を探している。つまり奴等が集まってる所に生存者がいる可能性が高いということだ。
「アウアウ?」
『OOAAA』
変な同属意識があったもんだが、こと捜索にかけて奴等はすこぶる性能が高い。嗅覚とかその変が発達しているんだろうか? 映画でも何故か生存者の集団にむらがるしな、アイツ等。
まぁ、それは製作者、言わば神の意思なのかもしれない。となれば本物の( 認めるのは癪だが)神がいるこの世界でもその法則は通用するのではないか? 俺は一縷の望みをかけてゾンビの群れを同時に探す。
目の前にいたのはチャラい格好をしたゾンビが一人。生憎俺はこういう人種が嫌いだ。良い奴もいる、もとい『いた』のは知ってるが、中学生の頃にカツアゲをされて以来どうも好きになれない。
だから俺は渾身の上段回し蹴りを放つ。
「アオッシャア!」
『A――!』
派手に頭部を爆散させるゾンビA。
ゾンビになると筋力が増大する。
聞いた話によれば人間の本来出せる力は脳によってセーブされているらしい。本来の三割に近い力しか出せない生者と違ってこちとら脳がぶっ壊れなさった死者である。単純計算2.3倍の力が出せるわけだ。
「オギョォォ!?」
すぐに破損する肉体はどうにもならんけど。攻撃力が上がって防御力が下がってちゃ意味ねーだろうに。
「ウグググアァ……」
脛から太ももにかけて吹き飛んだ肉がシュワシュワと修復されていく。あれか、転生特典の不死身ってやつ? いや死んでるけどね! グイグイ死んでるけどね!
■
お昼。多分。
ゾンビは吸血鬼とかと違って昼でもガッツリ行動する。社会人か。
瞼がボロボロなので日光が眩しいのが嫌だなぁ。
ともあれ俺は生存者とゾンビの群れを探す。ここら一体を捜索し始めてはや三日。未だ目的は果たせずにいる俺。もしかしてこの町はもう無人( 生きてる的な意味で)なのだろうか? そろそろ拠点を移動させるべきであろうか。
「ウムォン」
首を傾げ考える。そうだな、今日見つからなかったら、隣町に移動しよう。そして段々と首都東京へと近づいていこう。多分いるだろ。
『GOOOAAA』
「アウ?」
出た。また出た。ゾンビB。今度はオバサン型である。
ちなみに。捜索者として性能の高いゾンビであるが、俺は単体のゾンビを見かけたら抹殺する事に決めている。生存者を探すためにゾンビを放っておくとか本末転倒だしね。魂の入っていない抜け殻にかける容赦も情けも俺には無い。俺にあるのは死と神への仕返しだけだから。
「キョアア!」
『G!!』
オバサンすまない。アンタの頭は俺の正拳突きで木っ端微塵だ。
そろそろ罪悪感も感じなくなってきた。最初はおっかなびっくり棒とかで始末してた三日前が最早懐かしい。
■
夕方である。結構遠出したのでもうそろそろ返らないと眠くなる。……なんでだろう?
ともかく俺は踵を返す。商店街で拝借した地図とコンパスを頼りに女子高への帰路へ着く。GPSなんていう便利な機械は役に立たない。管理する人間がいねーんだもん。
「アウーム」
これでこの町の要所はほとんど捜索を終えた。結果、ゾンビ数十体を抹殺するだけだった。となればいよいよ明日はお引越しだ。俺の桜坂女子高と別れを告げ、隣町へと移動しよう。旅なのに旅費もかからず、食べ物も必要ない。エコだ、エコすぎる! 財布に優しいぜ本当。
「ウムムム」
帰宅した俺は地図と睨めっこ。隣町はデカい。そしてアレがある。そう、
「――オーイウオオオア( ショッピングモールが)!」
最早お約束の人類最後の拠点。数多くの雑貨品や生活用品が用意された理想郷である。
俺は満月となった夜空を見上げ、最後の女子高の匂いを堪能しながら眠りに着く。まぁ嗅覚ねーけど。
満月は、生者にも死者にも等しくその優しい光を浴びせてくれる。なんて平等だろうか。俺は月が好きだ。あったかい月が好きだ。日の光も好きだ。太陽が好きだ。でも、俺はこの世界が大嫌いだ。
だってさ、俺、独りぼっちじゃん。
のんびり更新します。