ちくわ採りのお兄さん②【密着24分生放送】
『日本のとある磯に、春になると自生する不思議な食材があります。』
『それは……天然ちくわです。』
重厚なナレーションと共に、画面には荒波打ち寄せる日本海の絶壁が映し出された。
カメラがズームすると、そこにはフジツボに混じって、茶色い焼き色のついたちくわが狂い咲きしている。
潮風に揺れる無数の円筒形。
時折、波を被ると「ピヨッ」という謎の産声を上げている。
その魔境を、胴付長靴姿の若者が四つん這いで進んでいた。
ちくわ採り歴十年のプロフェッショナル、竹輪海太郎である。
彼は岩肌のちくわに顔を近づけると、赤子をあやすように優しく語りかけた。
「よしよし、いい焼き色だ。……おっと、こいつはまだ『すり身』のままだな。焼きが足りねえ」
海太郎は白いちくわをスルーし、見事なきつね色のちくわの腹をコチョコチョとくすぐった。
すると、ちくわが「クネッ」と身をよじり、スポンッと岩から抜け落ちた。
「海太郎さん! 今、ちくわが自分で抜けましたよ!?」
新人リポーターの山田が、パニック寸前でマイクを向ける。
「ええ、天然物は警戒心が強いですからね。脇腹をくすぐって穴の筋肉を弛緩させるんです。スーパーの養殖モノは最初から穴ガバガバなんで、こういう情緒がないんですよ」
山田は己の常識が崩壊する音を聞いた。
「ちくわの……穴の筋肉……?」
「ちなみに今、産卵期なんで気をつけてください。踏むと中からチーズが出ます」
「チーちくになっちゃうの!?」
その時、海太郎の目の色が急変した。
激しい波が打ち付ける絶壁の頂上に、信じられないほど太く、ドス黒い焼き色をした巨大ちくわが屹立していたのだ。
「……出たな。岩場のヌシ、『一本穴の悪魔』だ」
番組のBGMが突如、デスボイスが響くヘヴィメタルに切り替わる。
海太郎は命綱もつけず、素手で岩壁を登り始めた。
「海太郎さん! 死にますよ!」
「俺が行かなきゃ……誰があの極上のシズル感を引き出すんだよッ!」
海太郎が巨大ちくわに手を伸ばした瞬間、ちくわの穴から高圧の海水がブシュウウウッ!と噴射された。
「うおっ!? 穴からの威嚇射撃か! だが甘い!」
海太郎は海水を顔面で受け止めながら、ちくわに抱きついた。
しかし、ちくわは岩肌にギュイイインと根を張り、モーターのような高速回転を始めた。
「手が! 摩擦熱でちくわになっちゃう!」
山田の絶叫が響く中、海太郎は己の全重力をかけ、ちくわの回転と逆方向へ体を捻った。
「俺の愛で……お前の穴を、満たしてやるぅぅぅっ!!」
ズッバァァァァァァァァァン!!!
巨大な破裂音と共に、ヌシが岩から引っこ抜かれた。
海太郎はちくわを抱きかかえたまま海へダイブし、見事な水飛沫を上げた。
***
波止場のテント。
テーブルには、神々しい巨大ちくわが鎮座している。
「それでは、命がけで獲っていただいた天然ちくわ……いただきます!」
山田は感動で涙ぐみながら、巨大ちくわに豪快にかぶりついた。
――ガァァンッ!!
鈍い金属音が響き、山田の顎が弾け飛ぶように跳ね返った。
「……ぎゃあああああっ!? 歯が! 僕の差し歯がぁぁぁっ!」
山田が口を押さえてのたうち回る。
ディレクターが慌ててちくわをフォークで叩くと、カキィィン!と火花が散った。
それはコンクリートブロック並みの硬度を誇っていた。
「海太郎さん! これ、石ッスよ! まんま岩ッスよ!」
「ああ、このようなヌシクラスは自己防衛本能が強くて、収穫直後は全身のタンパク質を鋼鉄並みに硬化させるんです」
「鋼鉄!?」
「だから、採ってからおでんの汁で三日三晩煮込まないと、人間の歯じゃ絶対に噛み砕けません」
「…………先に言えやァァァァァァッ!!!」
山田の血まみれのツッコミが、穏やかな漁港に木霊する。
『こうして、日本の食卓を守る職人の一日は終わる。大自然の恵みに、感謝——』
山田が救急車で運ばれていくシュールな映像の横で、海太郎が満面の笑みで鋼鉄のちくわを掲げているカットで、番組は幕を閉じた。




