デジャヴュ 四
ふと、女の様子がおかしいことに気付いた。さっきの黒猫のように固まったまま、俺越しに何かをじっと見つめている。
嫌な予感がした。
「どうした?」
「なに……あれ……」
その時、後ろからおぞましい唸り声がした。
「それがイノチトリってやつだ」
咄嗟に振り返ってから、夢を見ているのではないかと自分を疑った。
一軒家をゆうに超えるほど巨大な男が月光に照らされていた。いや、人間には見えないから男とも言い難い。何も履いていない足が俺の身長ほどはある。肌は黒い。顔の横に長く尖った耳が生え、大きく開いた口から舌がだらしなく垂れて、そこから見える牙のような歯は黄色がかっている。ぎょろついた目が俺を捉え、すぐに俺の脇の女に移った。
「ようやく見つけたぜ、女ぁ」
そう言って、男は背筋が凍るような顔で笑い、舌なめずりをした。
心臓が早鐘のように鳴り出す。危ない。
本能的に思い、俺はとっさに女を見た。尻もちをついたまま巨大男を見上げ、ぽかんとしている。
「何やってんだ! 逃げろ!」
俺が焦って思わず叫ぶと、男が先程よりもっと殺気だったうなり声を上げた。バイクエンジンの地響きのように、辺りの空気が振動する。男はその大きな口をゆっくり開けた。俺たち二人がすっぽり入りそうなほどデカい。歯も舌も黄色がかっていて汚く、すえた臭いが鼻をつく。そしてそのまま、男が身を屈めてきた。俺たちをまるごと飲み込む気だ。
「くそっ!」
未だに動こうとしない女の手首を引き寄せる。男の影で辺りが真っ暗になった。だめだ。走って逃げようにも男との距離が近すぎる。女をそのまま抱きしめて地面に倒れるようにしゃがみ込むと、力いっぱい目をつぶった。
喰われる。