サイダーランド 六
螺旋階段はニ階分ほど上ると、一本の廊下に続いていた。壁も廊下も白で統一されていて、両壁にいくつもドアがついている。そのどれもが、球体へ入る時についていたあの水のドアのように透明で波打っていた。
あたしの部屋はあそこにある、とツツルビは前を指差した。白い廊下の先の先、小さく見える奥の壁一面が光の差し込んだ海底のようにきらきら輝いていた。
「綺麗ー!」
梅が感嘆の声をあげた。
部屋に入るともっと綺麗だった。輝いていたのはドアではなかった。ドアはなかった。通路の先には、澄んだ水の壁に覆われた部屋が続いていたのだ。壁だけじゃない、天井も床も、部屋に置かれた丸テーブルも椅子も、透明の水がそれを象っている。そして水のドアのように、時折ゆらめいては煌めいていた。
「ちょっとそこで座ってて。人間に会いたいって言ってるトビウオがいるんだ」
「トビウオ?」思わず反応してしまった。
「ああ、間違えた。トビウオの妖精、っていうんだよね。人間は」
「妖精?」今度は梅が聞き返した。
女が口を開きかけたときだった。バタバタとうるさい足音が通路から聞こえ、息切れして壁にもたれかかりながら男の子が顔を出した。俺はぎょっとした。顔こそ人間で、半袖のTシャツとズボンは身につけているが、そこからのぞく肌が全身、青いグラデーションの鱗に覆われている。
「ツツルビ! 言うのが遅いよ!」
「まだ何も言ってないわ」
「わあー!」男の子が俺と梅を見て紺色の瞳を輝かせた。
「この人たちが人間?」
好奇の目が俺たちを交互に見る。何と反応していいか分からず二人で顔を見合わせた。
「ああ、そういえば挨拶していなかったね。あたしはツツルビ。人間だと、水精の神っていうらしいね。で、こっちはトビウオのリンゴ」
リンゴと呼ばれた少年は「よろしく!」と笑顔で二人の手を握るとぶんぶんと振った。
鱗に覆われている掌は冷たくて、ぬるっとしている。握手の拍子に、腕に半透明の細長い羽がついているのを見つけた。
「その羽……」と俺は思わず言ってしまった。
「羽? これのこと?」
リンゴが不思議そうな顔で羽をヒラヒラと振って見せた。
「珍しいの? トビウオに羽があるなんて当たり前じゃん」
「いや、そうだけど……」
なんと言ってよいか分からず言葉が濁る。