婚約できないと貴族社会から追放されます
「卒業記念パーティですか?」
私は手に持っていた本を棚に戻しながら、話しかけてきた青年に質問した。
彼は隣国からの留学生らしく、たまに図書館に来ては、この国の歴史書や風土記本などを借りにきていた。
「そう。別名修羅場のパーティ」
「毎年何人か、貴族から平民落ちされるらしいですね」
「他人事みたいに言うんだね?」
「他人事ですから」
首を傾げてこちらを見てくる青年に、私はあっけらかんと答えた。
私は彼みたいに貴族ではなく、ただの図書館司書見習いの平民だ。
婚約するために必死な貴族ではない。パーティにも誰かからのお呼びがない限り参加できない身分である。
だから、卒業記念パーティを対岸の火事として見る余裕があるのだ。
「君は参加しないの? 平民落ちする気とか?」
「……え? あの、私──」
「フランツ! そろそろ授業が始まるぞ!」
「ああ、今行く! それじゃ、またパーティで」
彼は綺麗な金髪を靡かせて颯爽と去って行ってしまった。
「行っちゃった。もしかしてあの人、私のこと、貴族令嬢だと勘違いしてるの?」
自身の立ち居振る舞いを認められたような気がして、少し自惚れそうになり、そんな自分に赤面した。
◆◆◆
見習いの仕事が終わり、家に帰る支度をしていると、窓から呼び出し蝶が入ってきた。
指先にひらりと舞い降りた蝶を見つめると、蝶はそのまま手紙になり、叔父からの呼び出しだと言うことが分かった。
叔父はこの貴族学院の校長だ。何の用事だろう。
帰る気満々の格好で校長室に出向くと、叔父は開口一番、めんどくさいことを頼んできた。
「卒業記念パーティに参加しろ、と仰いましたか……?」
「そうそう。国内の優秀な平民にお呼びがかかるのは、君も知ってることだろう?」
「知ってはいますが、呼ばれるとは思いませんでした」
「なぜ? 君はこの学院の司書見習いになれるくらいに優秀な才女じゃないか」
「……司書の応募、少なかったって聞いてますけど」
「それでも、一定以上の能力がないと採用はされない。自信を持ちなさい」
ため息をぐっと堪える。めんどくさい、修羅場のパーティなんか行きたくない……。
「私が参加しなくても、人数的には問題ないのでは?」
「君は無理して婚約する必要ないんだし、壁の花にでもなって、パーティに彩りを添えてきたらいいんだよ。普段食べられない料理だって沢山あるんだし」
壁の花……料理。私が当事者じゃないことに変わりはないか。甘いケーキを思い浮かべて、少し口元が緩んだ。
「分かりました。参加してきます。ですが、パーティ用のドレスは持っていないので、用意して頂けると助かります」
「そこは心配しなくていいよ。君に似合うドレスを用意しよう」
◆◆◆
卒業記念パーティ当日。私は自分で想像していた何倍もこのパーティを楽しんでいた。
目玉はなんと言っても、パーティ会場ど真ん中に置かれている婚約指輪。
あの指輪には、嵌める両者に愛がなければ付けることができない魔法がかかっている。
幾人かの恋人たちが嵌めようとして弾かれたり、逆に喧嘩していた二人が喧嘩しながら嵌めて、見事婚約者になっていたりするのを見て、わくわくしてしまったのだ。
壁際でケーキを食べながら、映像蝶で会場のど真ん中を拡大して見続ける。
音は音声イヤリングで快適に耳に入ってきている。
「幼い頃から君のことが好きだったんだ! ユリース公爵令嬢! 私の想いを受け取ってくれ!」
「……ごめんなさい殿下。わたくし、貴方の気持ちには答えられません!」
王子殿下が愕然とした様子で項垂れる。公爵令嬢は扇で口元を隠して、王子から視線を逸らしていた。
え、なんで? 凄い気になるんだけど。
ユリース嬢が王子を置き去りに、こちらの方へ歩いてきた。
目の前を横切る顔を見て、叫びそうになる。
あの顔! 近所のパン屋さんでたまに見かける、パン職人のお姉さんでは!?
え、ちょ……ほんとに?
「ユリース嬢!」
遠くに行ってしまう前に彼女を呼び止めていた。
「何かしら? 貴女はどなた?」
「私はしがない壁の花なんですけど、つかぬ事をお聞きしますが、ユリース嬢はもしかして、平民落ちされたいのですか?」
「そうよ。なぜ分かったの? ……あら、貴女よく見たら、わたくしがつくったパンをたまに買ってくれる娘じゃない」
ユリース嬢はパン職人のお姉さんだった!?
「ユリース嬢のパンは絶品です。末永くあのパン屋で仕事してください。お願いします!」
王子妃になるなんて、才能の無駄遣いだ。ユリース嬢の判断は正しい。王子は今日中に新しい恋を見つければいいのだ。
「嬉しいことを言ってくれるのね。ところで、映像蝶で何を見ているの?」
「あ、えーと、このパーティの醍醐味を特等席で鑑賞中と言いますか……ユリース嬢も一緒に見ます?」
◆◆◆
ユリース嬢に予備の音声イヤリングを手渡し、二人でケーキを食べながら映像蝶を眺める。
「「「アナン様! 好きです! 私と婚約して下さいませ!」」」
三人のご令嬢方が、侯爵令息に同時に指輪を差し出した。侯爵令息が引きつった表情で後ずさる。助けを求めるように周囲を見回す。
金髪美女に、茶髪美少女と、赤髪美人かぁ。
「アナン様、大人気」
「あの方、誰にでも優しい方なのよね。優しさが仇になるだなんて、お可哀想に」
三人の令嬢に迫られ、あわや指輪を嵌められそうになる令息。そこに颯爽と現れた一人のウェイトレス姿の女性。
「嫌がる男性に無理やり指輪を嵌めようとするのは、貴族令嬢としてどうかと思います。アナン様の意志を尊重してあげて下さい!」
「リタ! 君は絶対呼ばれてると思ってた! 俺と結婚してくれ!」
婚約じゃなくて!?
私と同じように呼ばれた平民なら、ドレスを着てるはずだからリタさんは、本当にパーティの仕事で来てるんだと思うけど。
凄いな。こんなこともあるんだ。
「あの方、土壇場で情熱的ね。見直したわ」
リタさんは顔を真っ赤に染めながら、あたふたと周囲を見回したあと、アナン様に向かってゆっくりと頷いた。
三人のご令嬢は、失恋したというのにそこまで落ち込んだ様子はなく、次の獲物を探すように会場内へと紛れて行った。
アナン様のこと、そこまで本気じゃなかったのかな……。あの三人、パーティが終わったら平民落ちしてそう。
アナン様とリタさんは無事婚約指輪を嵌めて、回りから祝福を受けている。
◆◆◆
「そんなところで何してるの?」
「……あ、フランツさん。ユリース嬢と修羅場鑑賞してるんです」
追加のケーキを二人で食べているとき、隣に王子殿下を従えた? 貼り付けた? 隣国の留学生が声を掛けてきた。
「結構、悪趣味なことしてるんだね……」
「引きました?」
微妙な表情をした彼に、ちょっと傷つく。伺うように下から覗き込むと、苦笑いされた。
「いや、人の趣味をとやかく言う気はないよ」
「普段からこんなだと思わないでください。楽しんでたのは事実なので言い訳はしませんが、人の不幸を喜んでいる訳じゃないんです。ただ、何て言いますか、複雑な人間模様を鑑賞するのが、楽しくなってしまいまして……なんかすみません」
映像蝶と音声イヤリングの魔法を消し、彼の腕に触れた。思ってる以上に彼のことを気にしてて驚く。
「可愛らしい知的好奇心と言ったところなの。悪意はなかったのよ」
ユリース嬢も援護してくれて、嬉しいような気まずい気分になった。
「ユリース公爵令嬢……貴女も私の想いを、内心では楽しんでいらしたのですか……?」
フランツの背後から暗く淀んだ空気を発した王子殿下が、ユリース嬢に向かって悲しげに問いかける。
「違いますよ殿下。わたくしは平民落ちしたかっただけなのです。婚約指輪に認められてしまったら、王子妃になるしかないでしょう? だから、わたくしのことは諦めて下さいませ」
「……なら、私も平民落ちすればいいことだ! ユリース嬢。こうすれば私を受け入れてくれるか?」
ユリース嬢の顔が赤くなる。なんだ、両想いだったんだ。居心地悪くなってきた。
「フランツさん、向こうに行きません?」
向かいの壁際を指差して誘うと、彼はもちろんと言うように頷いてくれた。
◆◆◆
「ねえ、君の名前を知りたいんだけど」
壁際に辿り着くと同時にそう聞かれ、ちょっと驚いた。
「教えたこと、ありませんでしたか?」
「ありませんでしたね」
「それはすみません。私の名前は──」
言葉を発するより前に、私と彼の間に人影が割り込んできた。
「フランツ様! 私、リアラです! 覚えてませんか? 昔、貴方がお花を買ってくれて……。あの時から私、ずっと貴方のことが忘れられなくて。好きなんです! 一緒に婚約指輪を……」
彼の雰囲気が凍りついたのを感じる。
「済まないが、人の会話を遮る君の無遠慮さに、好意を抱けない。昔のことを今日まで大事に覚えていてくれたのは有り難いが、君の気持ちには答えられない」
信じられないくらいバッサリ断った……。ちょっと嫉妬しそうになったのが馬鹿みたいだ。
「それで、君の名前は何て言うの?」
固まっているリアラ嬢を置き去りに、私の前へ移動してきた彼が問いかけてきた。
「エリッサ……です」
「エリッサか。いい名前だな。やっと君の名前を知ることができた。ところでエリッサ。俺と婚約してくれたら、君に隣国王宮の図書館で、本を自由に閲覧する権利を与えてあげられるんだけど、受け入れてくれるかな?」
王宮の! 図書館!?
「喜んで!!」
浮かれた頭で彼に会場のど真ん中に連れられ、指輪を嵌められた。なぜか弾かれることはなく、私はそのまま彼の婚約者になったのだ。
婚約指輪……図書館への愛を彼への愛と誤解したんじゃなかろうか……。
お読みいただきありがとうございました。




