暴君と汝
僕の身に起きたことを簡潔に説明しよう。
異世界転生。
もうちょっと時代遅れになりつつあるかもしれない異世界転生です。
しかも王族。くわえて言えば元・王太子。
元と聞くと「お、追放か?」と思われるかもしれない。
残念、過去形なのは一年前に即位したから。
リオン三世。
それが今世の僕の名前だ。
聖エトヴァの冠をいただく大陸に名だたる大国グローナ。
それが僕の国、父の地、そして守るべき民の住まう場所である。
「王! 王! 王!」
歓声が聞こえる、割れんばかりの大歓声だ。
それを全身で浴びながら、緋色のマントをまとった僕は進む。
ときおり片手をあげ握ったこぶしを向けて、彼らに応える。
転生先はポピュラーな剣と魔法のファンタジー世界。
ただし、文明は近世? 近代? と呼べるくらいに発展している。
剣の時代は終わりを告げ、銃と砲と魔法が戦場の華となっていた。
もっとも大陸ではそれらを使った会戦も、もはや時代遅れの風潮となりつつある。
今、国家間の争いにおける最終的で究極的な解決手段、それは「神聖不可侵」なる肉体を持った王同士によるステゴロタイマン――「王の戦い」だ。
馬鹿かな?
でもガチなんだ。
この世界では王権は神によって授けられる。文字通りの意味で。
それが再認識されてから、歴史は少しだけ巻き戻された。
王政の復古がなされ王の王たる一番の義務は、国のため、民のために「もっとも最初に血を流すこと」となった。
つまりこの世界、この時代において王とは英雄であり、勇者であり、祭壇に捧げられる供物である。
古代そうであったように、あるいは王という言葉さえなかった原始にそうであったように。
さきがけこそが集団を代表し、導く。
回帰した絶対の理が王を頂点とした今日の政を支えている――というのが建前。
実際のところ、王の戦いは早々起きない。
理由は単純に分けて大きく二つ。
一つ、敗北の代償があまりに大きすぎるから。
人・金・モノを無制限に飲みこんでいく戦争は、すでにわりにあわないという認識は知者の間では成り立っている。
一見して王の戦いはそれらの問題を避けられる夢のような方法に見えるが、実際のところはそう簡単な話でもない。
なぜって勝者は当然に要求するからだ。
本来失われるはずだったものを、勝負の掛け金として。
支払いを拒んだら?
それはめったに起こることではないけれど、実例はすでに存在する。
すなわち王による、王なき軍の蹂躙だ。
この時、寡は衆を敵としない。
正規兵、徴集兵、傭兵すべて区別なく、避けられたはずの兵たちの血を流すことで国はその決定の愚かさをあがなうことになる。
そして二つ目、ばかばかしくも深刻な理由。
すなわち、大抵の王は戦いを恐れるからだ。
不可侵たる自らの肉体が傷つくことを、平生感じることのない痛みを覚えることを。
ちょっと想像力を働かせてほしい。
普段、貴方の体は傷を負わず、痛みを感じることもない、けれどススキの葉だけはその例外だとする。
おそらくほとんどの人間は、よっぽどの必要に迫られない限りススキの野原に好き好んで踏み入ることはしないだろう。
まして子供のころからその危険性だけはしっかりと説明されてきたら、なおのことだ。
ゆえに現状、王の力は相互確証破壊のような概念に達しつつあった。
王ある限り通常兵力での戦闘は避けたい。さりとて王同士争うのもうまくはない。
ゲーム風に言えばメタの変化、過渡期ってやつだろうか。
――それではここで問いを一つ。
もしその環境に普通ではない王がいたら?
神より授かった王権を振るうことにも、自らにそれが向けられることにもいっかなためらいを持たない王がいたとしたら?
「王! 王! 王!」
A.こうなります。
グローナ国王リオン三世。
母国においては「玉座ではなく闘技場におわす我らが栄光の主」今風に言えば「かつてもこれからももっとも偉大な王」。
他国では「暴君」もしくはもっと直截に「狂犬」あるいは「餓狼」と呼ばれる、それが僕だ。
仕方ないね。
一年で一か国併呑して他に二つほど係争地をもぎ取ってるからね。
国境線が汚かったのが良くない――僕はきれい好きなので。
そうこうしてる間に闘技場のアリーナ席の間の花道を抜けて、目撃地へたどり着く。
そこには大人の背丈の倍ほどもある無数の鉄杭で作られた「檻」――脱出不可能な特設舞台があった。
王の戦いは噛みつき、目つぶし、金的以外は何でもあり、しかも今回は完全決着形式――死か、無条件の降伏しか許されない、もっともアツい戦いだ。
そりゃあ観客も盛り上がる。
ちなみに武器の使用は禁止されていない、銃も火砲も跳ね返す王の肉体には無意味なので誰も使わないともいう。
杭の間隔が広く取られた入場口の前で僕はマントを脱ぎ捨てて、二重三重に巻いた腰布と、拳に革製のバンテージを巻いただけの姿となった。
うーん、野蛮。
しかし前世はともかく、今の僕は燃えるような赤毛が映える隆々とした体格の美丈夫である。気分はサムソンだった。もしかしたら出力も。
観客が王の姿に一層熱狂的な声を上げる。
「陛下におかれましては本日もご機嫌麗しく――」
セコンドにつくのは侍従長と軍務大臣の二人。
マッサージをされながら「戦略」の講義を受ける。
だいたいのところ「最初は強く当たってあとは流れで」だ。
王権は神に授かるものだが、その権勢は王自身の肉体のほかに国力にも左右される。
先に述べた通りグローナは大国だ。
勝利は国を富ませる、そして国が富めば勝利が近づく。
そしてその王たる僕は若年ながら大陸に並ぶものがないほどに戦いを知っている――それを繰り返してきたから。
「――――!!」
血がたぎる。
かわりに頭は冴えていた。
獲物はすでに檻の中に入って、その時を待っている。
最後に二人分の平手打ちを背に受けて、僕もまた檻の中へと飛び込んだ。
次にここを出るときには王か、国かそのどちらかが滅んでいる。
しかし彼にせよ我にせよ、流血が一人分で済むのなら大いに結構。
是非はなかった。
僕はグローナ四千万の民を背負う、唯一絶対の王なので。
そうあることを即位のときに誓ったから。
――大陸に覇を唱え、王朝を打ち立てよう。
日の当たる場所に、千年の王国を築き上げる。
僕の手で、拳で、流す血で。
戦いの始まりを告げる銅鑼が鳴った。




