君を求めて
高校二年生の夏の日、彼女が死んだ。名前を愛唯莇と言う。死体は、東京の猫しか通らないような暗い路地裏に、遺棄されていたらしい。通行者からの通報で警察が駆けつけた頃には、近年の夏の暑さのせいか死体は腐れ、耐え難い異臭を放っていたという。この話を聞いたとき、なんとも言えない胸糞の悪さと、悲しさが込み上げてきて、1週間は何も手がつかなかった。
そのくせ、葬儀だけは進んでいって、俺もせめてお香だけでもと思い、愛唯家に行ったが、お前の顔は見たくないと追い返されてしまった。当然だ。たった1人の愛娘が死んで、その時一緒にいたはずの娘の彼氏が生き残っているのだ。なぜ娘を守れなかったのかと、なぜ娘が死んでお前が生きているのかと、思うだろう。なんなら、俺が死ねばよかったのにとすら思うかもしれない。
体調が回復した頃に、警察は捜査という名目で、事情聴取をさせてくれと言ってきた。もちろん、快く引き受けた。単位は危ないけれども、それでも彼女を殺した犯人には、早く捕まってほしかった。
「莇さんの、彼氏さんでいいんですよね?」
シワ1つないスーツに身を包んだ強面の刑事が、低い声でそう聞いてきた。
「ええ」
俺が答えると、カタカタと奥で聴取の記録を打ってる警官の指が動く。刑事と俺の間には、透明なガードがあり、電気の光が反射して、顔が見づらい。時々入る無線連絡が邪魔で、かれこれ30分聴取を受けているが、なかなか進まない。チェック項目が15あるのに対して、今終わっているのがその半分程度。俺がチェックシートのようにして書き込んだほうがいいのではないだろうか。
「次。最近、被害者の莇さんの周りでなんか不穏な事はありましたか?」
俺は少し考えて「いいえ」と言う。
「もともと、人付き合いが広い方ではなかったので、不穏になるような人が、そもそも莇の周囲にいなかったと思います」
「なるほど」
その後、30分ほどの聴取を終えて、俺は解放された。次はまた明後日呼ばれるようだ。俺も、莇を殺したやつを早く捕まえてほしいので、調査には積極的に協力したいが、こう何度も呼ばれると、いずれは困ってしまうかも知れない。もっとも、犯人の証拠らしい証拠が見つかっていないとのことだから、捕まるまでには、もう少し時間がいるかもしれないが。
しかし、ほぼ証拠が残されていないにも関わらず、犯人の目星はもうついているというのだから不思議だ。天才には、俺のような凡夫にはわからないような発想があって、そんな何かを使って、速く推理を進められるのかもしれない。
「すみませーん」
警察署からでた俺は、そう声をかけられた。可愛らしい少女の声だった。その子は、夏なのに黒いワンピースを着て、鍔の広い黒い帽子を浅く被っていた。今日は風がないから飛ばないのだろう。白い肌に、茶色の長い髪を下ろし、目は黒い。袖のないワンピースからでた腕と脚は細く、左の肩にはほくろがある。警察署の門の陰でで日差しを避けるように隠れて待っていたのだろう。俺にはその子がぬるりと出現したようにすら見えた。
「すみませーん」
「あなたなんですけど、宮代セナさーん」
わざわざ、肩によじ登ってまで耳元で呼びかけられたら、返事をするしかなくなってしまう。
「どうしたんだよ、こんなところで」
俺は、ぐっと近づけられた少女の顔に、どこかで見たような懐かしさを感じた。そんな感情は、すぐに消えて、不信感が芽生えた。
「子供が1人で来るような場所じゃないだろう」
「単刀直入に聞きます。莇さんを殺した犯人に、心当たりありますか?」
そんなの、俺が聞きたいくらいだった。
「……俺が知りたいよ」
少女は、大きな目を更に見開いて、こちらをじっと見つめてきた。
「そうなんだ。ふーん……知らないんだ。へぇー」
やたらと圧をかけてくる子だ。
「ていうかさ、そろそろ帰っていいかな?莇のことを思い出しすぎたせいで、最悪のコンディションなんだ。今日はもう帰って泣きたいんだ」
「ふーん。そうは見えないけどね。そうは、ならないはずなんだけどね」
やたらと突っかかってくる。その時、俺のスマホが愉快な音楽を鳴らしながら震えた。画面を見ると、瑠璃松 笠と画面に表示されていた。俺は少し少女の方を見て、画面をスワイプして着信に出る。
『もしもし?セナ君?』
『久しぶり、笠ちゃん。』
俺のジョークに、彼女は可愛らしく笑った。
『久しぶりって、昨日あったばかりじゃない。』
『君に会いたくて、1時間が1日のように感じるんだ。』
『嬉しいこと言ってくれる。今日会えそう?話したいことがあるんだけど。』
『もちろんさ。6時には会えるよ。』
『わかった。楽しみにしてる。』
ぷつりと、通話の切れる音がした。俺は「はぁ」とため息をついて下に屈んで見上げてくる少女を見る。
「迷子なら、そこのお巡りさんたちに聞くんだ」
「迷子じゃないし。セナは、犯人を知ってるはずなんだけどなー」
「何を言ってるんだ。そんなの知ってたら、警察に言ってる」
「ふーん」
少女はゆっくりと立ち上がって、背伸びをするようにして俺の首に手を回してきた。
「じゃあ、教えてもらおうかな」
少女の左手が、俺の視界を奪った。
「まって、君は誰なんだ!」
真っ暗な視界が晴れるとともに、見えてきた景色に俺は驚愕した。私立若葉学園中等部校舎。俺と莇が初めてであった場所だった。
「なんで……?少なくとも100キロはあるはず」
俺は、謎の答えを探そうと、必死で頭と首を動かす。数メートル先の銀杏の木の下に、黒い少女が体育座りをして表紙が茶色の本を開いていた。まだ1ページ目らしく、紙の大半が右側によっている。少女は、パタリと本を閉じて、静かに立ち上がった。
「ここで、莇とセナは出会ったんだっけ。確か、秋の日の朝だったよね。セナは、この樹の下で本を読む莇に見惚れていたんだよね」
黒い少女は、太い胃腸の樹の幹を愛おしそうに撫でた。
「そして、セナはこういった」
確か、俺はこういった。
「「なんて、美しい樹なんだ」」
「ってね」
少女と俺の声が重なった。正直、この一言は俺の黒歴史だった。
「莇は本から顔を上げて、セナを見た。驚いた顔をしてたよね」
茶色い髪が不意に吹いた風にたゆたって、大きく開かれた美しい目を強調していた。
「そして、莇はこう返したよね」
そうだ、確か彼女は優しい声で。
「綺麗ですよね。特に、紅葉した銀杏の木は」
俺は始め、彼女のことを銀杏の精霊だと思っていた。そんな話をしたとき、彼女は大きな声で笑ってた。私も、そう思ってたって。
「思い出しましたか?事件のこと」
「思い出すも何も、あれから何度振り返ったことか」
今だって、一字一句違わず覚えてる。彼女と交わした言葉の数々を。愛の端々を。
「そう」
黒い少女はもう一度本を開いて、1ページ進んだ。景色が歪み、暗闇に戻る。暗闇が晴れると、校舎の中にいた。校庭からも見える位置にある中等部の校舎と高等部の校舎をつなぐ連絡橋の中だった。空は鮮やかなオレンジに染まっていて、俺は高等部の校舎へ向かっているようだった。
「セナくんここにいたんだ」
懐かしのフレーズが聞こえた。彼女と仲良くなった頃、彼女のほうが歳上だったから、俺はよく高等部まで彼女に会いに行っていた。その日は初めて、彼女が俺を探しに来てくれた。でも結局中等部のほうが終わる時間が早いから、俺のほうが数分だけ早く高等部に向かってて、別ルートから中等部に向かった莇とすれ違い続けて結局いつもより遅い時間に、ここでばったりあったんだ。
その時に彼女が息を切らして言ったセリフだ。俺は思わず反応してしまう。そこに、死んだはずの彼女がいることを期待して、振り返る。
「莇はそう声をかけた。セナには言ってないけど、校庭から連絡橋で自分を探す君を見て、急いでここまで登ってきたんだよ」
本を背中に持って、下から覗き込むように黒い少女はいった。
「へぇ」
「知ってた?」
「知らなかったなぁ」
そうか、あんなに息が切れていたのにはそんな理由が。俺はてっきり……。
「次にいこうか」
……次?
景色が歪み、暗い闇に戻った。暗闇が晴れても、俺は暗闇の中にいた。――否。暗闇の中に、ではなく、暗い空間に、であった。青い水の中では、色とりどりの魚が踊っていた。ゆったりとした時間が、そこでは過ぎていた。反対側では、ペンギンが身体を揺らしながら歩いている。
「セーナくん!」
かつての莇の声をなぞるような音程で、強さで、俺は少女に呼ばれた。かつての莇の姿が、視界の端でちらついた。
「何だよ、お前か」
「残念そうだね」
どうせなら――もう叶う由もないが――、莇が良かった。他のところと違って、ここは特別な場所だから。2人にとって、特別だから。
「ここで君達は、初めてのキスをしたんだよね。そして、正式に付き合い始めたのも、ちょうどこの場所だった」
少女は、本のページをまた一つ進めて読み上げるように言った。
「莇もセナも、照れくさそうにしてたっけ。莇なんて、耳まで赤くして」
「まあね」
「残念だよね。莇さんが、良かったよね」
目を見て放たれる言葉には、妙な圧がかかる。それだけではないような気もするが、少女の言葉には妙な圧があった。
「そりゃな。そろそろ教えてくれよ、お前は誰なんだ?」
少女は口を開いた。
「黒。今は、これ以上言えない」
――次にいこうか。
景色が歪んで、暗闇に戻った。暗闇が晴れると、今度は眩しかった。眩しさに目が慣れてきたとき、その場所の全容が見えた。
「若葉遊園地。付き合って一ヶ月記念の時に行った遊園地。莇に初めてプレゼントを渡したとき。――幸せな、カップルだよね」
そう言いながら、少し前を黒は歩いている。
「そうだな。幸せだったよ、莇との時間は」
不意に、黒はくるりと振り返った。
「一体、何が不満だったんだろうね」
「……」
自分に投げかけられた言葉だったが、俺にはその答えを絞り出せなかった。
「すぐに分かるよ」
既に答えを知っているのか、見栄を張ったのか。黒は前に向き直って歩き始めた。相変わらず、あの本を片手に持っている。少し歩くと、俺達はロープウェイの前についた。色とりどりの椅子が、流れている。誰もいない遊園地だから、乗る人もいないが、ロープウェイはずっと動き続けている。
突然、黒が俺の手を引いた。
「乗ろっ」
「あ、ああ」
黄色の椅子に乗って、俺達は反対側の山に向かう。山というよりも丘に近いのだろう。一筋の紅葉が特徴的だ。丘の頂きに建てられた観覧車は、陽の光に当てられて光り輝いている。俺はゆっくりと遊園地全体を見渡した。その時初めてこの遊園地の全貌を目にした。
「誰もいない」
平日とは言え世間は夏休み、大して人口の多い土地とは言えないが、夏休みなら人でごった返す程度には人気のある遊園地だ。それがなぜか、誰もいない。がらんとした遊園地の中には、スタッフの1人もいない。遊具だけが、動き続けている。誰も乗っていないジェットコースターが走り、メリーゴーランドが回っている。その営みは、虚しいとすら言えた。
「そうだよ。この世界には黒とセナだけ。2人で莇との思い出を巡るの」
――セナが思い出すまで、絶対に。
少女はそう言って他人に向けたような笑みを浮かべた。
「次にいこうか」
景色が歪んだ。俺は暗闇に落ちた。光が見えて、目がなれると、そこには海があった。夕日が沈む頃で、俺はそれを見ながら座っていた。俺を境に、夕日の光りの道が影の道に変わっている。俺の左にはかつて莇が座っていた。今は黒が座っている。
「ここは、事件が起こる1回前のデートの時にきた場所。覚えてるよね」
「ああ、もちろんさ。覚えているとも」
少女はゆっくりと立ち上がって、本を開き、また1ページめくる。俺は初めて、少女が開いているのは本の最後の方のページであることに気づいた。普通の本であれば、文章が書かれているのは、あと2,3ページしかないだろう。
少女は、打ち寄せる波に近づき、脚を少し濡らす。そのまま本を片手に持ち、もう片方の手を海水に入れて、俺の方にかけた。肌に触れた、少し冷たい水温は、俺にデートの時の記憶を思い出させた。
――ずっと……来年も、再来年も。おとなになっても。
「また、ここに来ようね」
莇が言った言葉だった。
「セナは、なんて返したんだっけ」
覚えている。覚えているとも。
「ああ。もちろんだ。来年も、再来年も。必ずここに来よう」
ませた返しだ。少し映画を見て、つい使いたくなった程度の、そうでなければ、若気の至りと言われてしまいそうなほどに。そう言われても仕方がないくらいには、責任のない言葉。そんな言葉を、この時の俺は、彼女に言ってしまったのだ。
「再来年はおろか……来年すらなかったのに」
俺の口から、自分でも驚くほどに冷たい言葉が溢れ出た。黒は、そんな俺をそれよりも冷たい目で見つめていた。
「……次、行こうか」
黒のそんな言葉とともに、俺の視界が一気に暗くなる。今までなら、すぐに明るくなるのに、少し遅かった気がする。それでも、明るくなった視界に見えたのは、つい最近来た場所だった。
「雪々ショッピングモール……」
莇が殺された場所の、すぐ近くだ。雪々市一の大きさを誇るショッピングモール。
「最後のデートの場所だよね。このすぐ後に、莇は殺された」
「……」
「まわろっか。とりあえず――ね?」
黒は、俺の手を引きながら、歩き始める。その動作も、小指から握るクセも、しなるように歩くクセも。その全てがありえない程に、ありえない可能性を肯定しているようだった。気づくのが遅かったのかもしれない。いや、気づかないのがおかしかったのか。
俺の頭はぐるぐると回転する。確かここに来て最初にいくのは、いつも――。
「cloth-shop」
大手の衣服メーカーで、女性人気の高いこの店の商品を、莇は愛用していた。特に好きだったのは……。
「このガウン、良いと思わない?」
黒は、おもむろに緑のガウンを取った。夏にはもう、秋物が置いてある。それに、この店においているのは、そのほとんどが大人用で、どう見ても子供の黒にはサイズが合っていない。
「ああ、似合ってるよ」
俺は、あたりざわりのない答えを返す。黒の目が、きゅっと細くなったような気がした。
「そうかな?」
黒は答えに満足したのか、鏡の前でくるりとターンしたり、少し持ち上げてみたりして、着心地や組み合わせを確認する。俺は、意味もなく安堵した。
「次行こ」
いつの間にか終わっていた黒が、目の前にいて、俺を見上げていた。
「黒、お前なんか背、高くなってないか?」
気のせいか、心なし、背が少し高くなっているような気がした。
「そんなことないよ。子供でも、こんな短い時間で伸びたりしないよ。」
「それもそうか」
確かに、俺は記憶を巡るような気分になっているから長い時間一緒にいるような気分になってるだけで、そこまで時間は経っていないのか。――あれ?なんで俺はこんなことに?
「次は……あそこに行きたいなー。あそこ。えーっと……」
黒は悩むように眉間に人差し指を当てて、しきりに「えーっと」と繰り返している。俺はその動作にも、言葉にも、既視感を覚えた。
「ゲームセンター?」
「の、えーっと……」
「モンキークレーン?」
クセで答えてしまったそれは、莇が好きなクレーンゲームの台だった。
「そう、それ!」
しまった、と思った俺の予想に反して、黒は明るく肯定した。
「モンキークレーン。そこ行きたい!」
キラキラと目を輝かせてはしゃぐ姿は、莇のようだった。
「じゃ、2階に上がらないとな」
俺は、エレベーター案内のプレートを指して言う。黒の反応の一つ一つが、莇を思い出させた。黒は、首を横に振った。
「ううん。エスカレーターが良い」
「なんで?」
「セナともっと話せる」
そうだった。莇はそういうやつだった。信念のある、自然と嬉しいことを言ってくれるやつだった。
「じゃ、こっちだね」
俺は、自然と黒の手を取ってエスカレーターの方に歩く。2階に上がると、すぐにゲームセンターの方から騒がしい電子音が聞こえてくる。その音の中に彼女が好きなモンキークレーンの音はない。なにぶん、人気のないゲームだ。プレイしているやつなど、そういるものではない。
「今日の景品は〜」
モンキークレーンには、不思議なルールがある。それは、毎日景品が変わるというものだ。なぜそんな金のかかるルールをつくったのか、設計者の意図が知れないが特殊な癖でもあるのかもしれない。
「あれ?モンキークレーンは?」
なにぶん、人気のないゲームだ。たまたま、今日なくなっても不思議ではないだろう。むしろ、あの人気で続いている方がおかしいのだ。それでも、誰かに愛されているのもゲームというものだ。どんなに、人気のないゲームでも、この世界の誰かには、愛されているものなのだ。
「なんで?なんでないの?」
子供のように、涙を流しながら、黒と同じように莇も「なんで」と繰り返していた。その様子も、愛くるしかったといえばそうだった。
だからこそ――裏返ったのかもしれない。
愛のつがいは、怒りで――憎しみだから。
「なんで、なくなったの?」
海の見えるベンチで、俺は莇の背中を撫でて慰めていた。その瞬間すらも愛おしい。それくらい彼女のことが好きだった。もっとも、今それをやってる相手は黒という謎の少女なのだが。
「仕方ないよ。俺だって辛い」
莇のそんな姿を見るのは俺も辛かった。それは事実だった。その日のデートは、最悪だったと言って良い。莇の気分は、終始回復しないまま、俺達はデートを続けた。当然、上手くいくはずもなかった。
「莇、なんか食べる?」
「いいよ。そんな気分じゃない」
どうやら、モンキークレーンとか言う台が消えたことが、よほど堪えたのだろう。そんなに、思い出のある台だったのかと聞いても、莇は答えなかった。何度聞いても「セナには関係ない」の一点張りだった。
「モンキークレーンはね、パパが私のためにくれた台だったんだ」
帰り道、莇はポツリとこぼした。初めて聞く話だった。確かに、この辺じゃあ愛唯家はかなり大きな家だから、それこそゲームセンターを経営していても不思議じゃないが、それは出来ないはずだ。
「莇のお父さんって、経営者じゃないだろ?」
経営者でもなければ、プレゼントできるほど安くはないはずだ。それも子供にプレゼントする値段ではない。
「うん。今はね。前は……10年くらい前は、ゲームセンターを経営してたの。余った景品貰ったりして。楽しかったなぁ。でもね、パパのゲームセンターの土地があのショッピングモールに買い取られちゃって。モンキークレーンもそのまま……」
懐かしそうに、でも悲しそうに、莇は話してくれた。俺はそれがすごく嬉しかったし、彼女のそんな思いを受け止めたいとも思った。同時に、妬ましくもあった。モンキークレーンに、嫉妬してしまうくらいには、彼女がモンキークレーンをプレイしている時の顔は、綺麗だった。それを、俺に向けてほしかった。あのキラキラとした顔を、俺に向けてほしかった。
「莇……ごめん」
俺は抱きつくようにして彼女を強引に路地裏へ連れ込んだ。最初は、拳で殴った。何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も。何度も何度も何度も何度も。顔の原型がなくなるくらい殴って。刺した。何度も刺した。気が晴れる頃には、彼女は死んでいた。この路地裏が普段誰も通らない廃墟街にあったのが幸いした。俺の犯行とわかる頃には、死体が十分すぎるほどに腐っていた。
「わかってんじゃん」
俺の視界が急に暗くなった。俺は暗闇に戻った。
「莇は……あなたのせいで死んだ」
どこからとなく、黒の声が聞こえる。
「まだ、将来のある1人の女の子。普通に恋してただけの――女の子」
ぐるぐると、移動する黒の声を、俺は自然と目で追ってしまった。後ろを向いて、前に視線を戻すとぬっと黒の顔が目の前にあった。逆さに出てきた顔の横から伸びた手が、俺の顔を撫でるように触った。死人のように冷たい手だった。
「あなたのせいで死んだ」
「違う。俺のせいじゃない!」
「あなたのせい」
「違う……俺のせいじゃないんだ。俺じゃなくて……」
「じゃあ、誰がやったの?あなた以外いなかった」
「セナがやった」
「宮代セナがやったの」
追い打ちをかけるように黒は「あなたがやった」と繰り返す。
「違う!俺じゃない!」
「誰じゃないんだ?宮代セナ!」
叫んだ俺の目の前にあるのは、逆さの少女の顔ではなく、強面の刑事の顔だった。逆さに、俺を上から見下ろしている。俺はベッドの上で寝かされていた。
「随分と具体的な寝言だったな?宮代セナ」
「寝言?」
刑事は、スマホを取り出して再生マークを押した。
『俺はやってない……あなたがやった……違う!俺じゃない!』
刑事は再生を止める。
「随分と、具体的な寝言だな?」
刑事の目は、自白を促すように光っている。
「すみません、喉が乾いてしまって……」
俺は、刑事の奥にある給水サーバーを指して水がほしいとねだってみる。
「そうだな……横にも水があるぞ」
そう言われて、俺はベッドの右に目をやる。確かに、紙コップにはいった水が、ナイトテーブルに置かれている。
「冷たいのが良いですね」
「さっき入れたばかりだ。冷たいと思うぞ」
まるで獲物を捉えた肉食獣だ。どんなに誤魔化しても、彼から逃げることは叶わないだろう。
「ちなみに、証拠も出ている」
よいしょ、と刑事はベッドに持たれかけている俺の目を、下から見上げるようにして見つめた。
「証拠……ですか」
自白したほうが得なのかもしれない。でも、彼女を殺してしまった俺が、罪を軽くして良いのだろうか。この国の裁判はまるでゲームだ。専門家に頼めば、自白しなかったところで、それなりに罪罰を軽くすることくらいはできるはずだ。
「自白しろ。まだ間に合う」
「しません。……人殺しの罪が、軽くなることなんてあっちゃいけない」
彼は、俺の目を少しの間、じっと見つめた。その目は、未来ある青年を見つめる目だったように思う。ガラガラと部屋の扉が開いて、聴取を受けていた時に後ろで記録を行っていた警官が入ってきた。手にはファイルに入れられた1枚の紙が握られている。
「宮代セナ。20XX年11月13日18時29分。殺人の容疑で逮捕する」
彼は、警官から受け取った紙を俺に突きつけて、左手に手錠を掛けた。なにかから、解放されたような気がした。
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