第11話 白き影との邂逅
倉庫の前。
銀白の髪を揺らし、蒼い瞳を宿す女が姿を現した。
セリス・アルヴェイン。
その気配に、イグナスが警戒を強める。だが女の瞳には敵意はなく、ただ静かに状況を見極める冷ややかさがあった。
「……ここで仕掛けるのは得策ではありません」
セリスが先に口を開いた。声は柔らかだが、決して揺るがない響きを持っていた。
「今夜は動きを読むに留めましょう。あなた方という“想定外”が現れた以上、結社の側も警戒しているはずです」
ゼオンは短く目を細めた。
Sランクの彼女が自ら退く判断をしたのは意外だったが、理に適っていた。
(……俺が判断するまでもなかったな)
夜風に衣が揺れ、三人はそれぞれ倉庫を後にした。
⸻
翌朝の宿にて
食堂には香ばしい匂いが立ち込めていた。
こんがりと焼かれた白パン、ハーブを効かせた豆のスープ、そして半熟に仕上げられた卵焼き。
ゼオンは熱々のパンをスープに浸し、口に運んだ。
パンの香草の風味と、スープの滋味が広がり、思わず口の端が緩む。
「ふむ……なかなかだな」
そんな折、背後から声がした。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
振り返ると、セリス・アルヴェインが立っていた。
夜の緊張感に包まれた姿とは違い、朝の光を浴びる彼女は清冽な印象すら与える。
ゼオンが無言で顎を引くと、セリスは向かいの席に腰を下ろした。
⸻
協力の要請
「昨夜は偶然でしたが……やはり、同じものを追っているようですね」
セリスが切り出した。
ゼオンはスープを口に運びながら答える。
「偶然だろう。俺はただ依頼を果たしていただけだ」
「灰鉄――裏路地の金物屋をご存じですね」
セリスの蒼い瞳が静かに射抜く。
ゼオンは少し眉を上げる。
「……“灰鉄の店”。表向きは釘や工具を売る雑貨屋だが、裏で魔導触媒や禁制の素材を流している連中だ」
「そう。彼らは結社の拠点に資材を流しています」
セリスは頷き、言葉を重ねた。
「私はこの街に、その調査のために来ました。……あなたの嗅覚と観察眼は、放っておくには惜しい」
ゼオンは鼻で笑った。
「冗談だろう。俺はEランクの新米だぞ。わざわざSランクが声をかける相手じゃない」
「ランクなど形式にすぎません」
セリスの声は穏やかだが、芯が強い。
「危険を察知し、証拠を掴み、的確に引く判断を下せる者。私にとっては、それだけで十分な協力者です」
ゼオンはスプーンを置き、しばし黙考した。
セリスの言葉には打算や高圧さはなかった。ただ真摯な眼差し。
(……面倒事は嫌いだ。だが、このまま放置すれば俺の“自由”も脅かされるか)
やがて、低く返す。
「……俺の目的は自由だ。それを妨げるものは排除する。それだけだ」
セリスは小さく笑みを浮かべた。
「それなら、私たちの目的はきっと重なりますね」
その頃、森の奥では別の動きが蠢いていた。
黒い外套を纏った影たち。
結社の術者たちが、次なる駒を操ろうとしていた。
ゼオンの「自由」を脅かす存在――
その端緒は、すでに森の闇で芽吹きつつあった。
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