沈黙の冥妃はキラキラが欲しい
現在華やかな社交パーティーの真っ最中。
ホールの中央ではダンスが行われており、令嬢達のドレスの裾が花弁のようにふわりと舞っています。
ターンする所などを上から見れば花が咲いた様になっている事でしょう。時分の花を咲かせた皆様の笑顔がキラキラと輝く。
実に羨ましい限りです。
そんな中、私は今日も今日とて壁の華。
(……はあ)
声にならない様に注意を払いながらため息を一つ。ちょっとだけキラキラな皆様にジェラシー。
え?
ぼっちがイヤなら自分から話しかけろ、ですか?
そうですね、おっしゃる通りです。コミュニケーションというのは相手を察する努力と同じくらい、己の事をわかりやすく伝える歩み寄りが大切でものね。
ただ、こちらにも中々そうもいかない事情というのがございまして……
おっと、申し遅れました。
私、サイレンスと申します。
ゴルド伯爵家の長女として箱入りで育てられてきた私は、十歳の時、洗礼式で神様より『呪言師』を頂戴しました。
歴史上数人しか発現していない伝説の冥属性スキルです。その効果は『呪霊が見える』ことと『言葉に出した事は全て強制実行される』こと。
後者が特に強力のようです。
もちろん積極的に使った事はありませんがね。
だって伝承によれば、例えば新婚さんに「お幸せに!爆発しろ!」なんて冗談を言うだけでウエディングドレスが真っ赤に染まる事態になってしまうんですって。怖っ!
また、格上に対して能力を超える無茶な要求を言えば自爆、反動が自分に返ってきたりするそうです。怖っ!
ゆえに取り扱いには厳重注意が必要で、迂闊に喋ることもできません。おかげで私は今日も今日とて壁に咲く、一輪の美しき高嶺の花。
なんちゃって。
パーティーの雰囲気やお料理は好きなんですが、会話できず出会いもないのは寂しいですね。お父様は、お前は喋らない方がモテると思うぞとか言っていましたが、流石に冗談でしょう。
「こんばんは、お疲れではありませんか。」
あら珍しい。
声のした方を見ると、このパーティーのホストを勤めておられるフルエント様でした。公爵子息で、輝く様な美貌の持ち主で騎士団に所属、スキルも『聖騎士』という、人生あがりにドラが三つ乗っていると噂の御仁です。
ぼっちの私を見かねて声をかけてくださったのでしょうか。
(おお、よく見るとこれは中々の……)
私は心の中で呟きます。
悪い方の意味で。
彼、複数体の女の生き霊に取り憑かれていました。つまり、何かしら女性を失望させたり、恨みをかったりしている様です。そういえば、いつも交際が長く続かないとか皆様が噂をされていましたっけ。
うーむ……このまま彼を放っておけば、次第に体調を崩しそうですし、不幸な思いをする女性も増えてしまいそうです。
しかしおかしいですね、『聖騎士』って純粋無垢な性格の方に神様がお与えになる祝福のはずなんですけど。
まあ、歴代保有者はおとぼけさんばかりだったという『呪言師』が私に付与されたりしていますしね。あまり神様の目も当てにならないのかもしれません。
しかし、どうやって彼にお伝えしましょう。
尻文字?
「もしよろしければ、レストルームまで道案内しますよ。」
おお、丁度よくあちらから話を振って下さいました。好都合です、ちょっと釘をさしておきましょう。
『ではエスコートして下さいな』
呪言★発動。
レストルームにはペンとメモ紙があったので、尻文字の出番はありませんでした。術にかかり驚く彼に筆談で事情を伝え、耳を塞ぐ様に促します。
『浄化』
生き霊は無事、光の粒子になりました。
[はい、もう大丈夫ですよ]
「あ、凄い……本当に身体が軽くなった。」
それは良かった。
もう、女性を悲しませる様なことはなさらない方がよろしいですよ。貴方自身のためにも
「いや、心あたりがないんだが……」
『正直に話して』
「本当だ。しかし、いつも私がフラれてしまう側だし、無意識に嫌がることをやってしまっていたのかもな。」
あら、嘘は言ってないみたいですね?じゃあ、無自覚にチャラ男ムーブとかしちゃうタイプなのかしら。
「そうなのかも……行動を振り返り、より真摯な振る舞いを心がけるよ。良かったら君も、時々僕の言動をチェックしてくれたら嬉しい」
[承知しました。あと僭越ながら、この場で二つほど、即効性のあるアドバイスさせて下さいませ]
いいですか、女心はとても複雑なのです。
私、最近気づいたんですが、放っておいてと言われて本当に放っておくのはNGで、太っちゃったかしらと言われたときの正解は、そんな事ないと思うけど、なんですよ。
「いや、流石にそこまでは酷くないとは思うけど。」
苦笑するフルエント様さま。
本当〜?
◇
「うーん、原因がさっぱりわからない」
[全く、理不尽ですよねぇ]
パーティーで顔を合わせる度、フルエント様には新しい生き霊がついていました。しかし、原因がさっぱりわかりません。
その度、二人でこっそりレストルームに行って除霊して、しれっと戻ってくる事が続いています。
まあ、私は別にイヤじゃないんですけどね。
もちろん彼のために早く解決してあげたいんですが、二人でいた方が今までみたいにぼっちの夜会よりも楽しいので。
「ごきげんよう、フルエント様、サイレンス様。わたくしもその場に混ざってもよろしいでしょうか?」
おっと、まさかの三人目。
えーと、子爵令嬢のカマセーヌ様でしたっけ。由来は不明ですが確か『肉食嬢』とか二つ名が付いていた気がします。
どうぞどうぞとサムズアップ……はちょっとはしたないので、首肯します。
「勿論構わないよ。」
「良かった、ところでお二人はお付き合いされているんですか?」
いやいやいや、どこ情報ですかそれ。
二人とも否定の意思を表します。
「噂になってますよ。貴公子様と沈黙の冥妃様が最近よくヤ……レストルームに一緒に抜け出しておられるって。でも、ちがったんですね……良かった♡」
え、私そんな二つ名ついているんですか!?
それから、カマセーヌ様はフルエント様と仲良く談笑をはじめられました。そして、口を開けない私はポツン。
ちょっと寂しいですね。
あと、なんだか胸がモヤモヤしてしまいます。
食べ過ぎたかしら?
「ふう、なんだかわたくし、酔ってしまったみたいですわぁ♡」
そう言って、フルエント様に密着して腕を絡めるカマセーヌさま。不敬をみたからかちょっといやな気持ちになりますが、酔っているなら仕方ないですね。
「立っていられないですわぁ、レストルームまで行きたいけど一人で歩いて行けそうにないですわぁ♡」
「何と、それは大変だ!」
心配してもらってる。
いいなぁ、羨ましい……
あれ、なんで私、彼女の事を羨ましがってるんでしょうか?緊急時に少し不謹慎でしたね。
「外に病院直行の馬車がある!そこまで運んであげよう。」
「え、いや、違っ……」
「暴れないで、と言っても酔っているか。サイレンス、彼女の動きを封じてくれ」
『カマセーヌさま、抵抗しないで』
だらりと脱力したカマセーヌ様を一旦床に横たえて、他に異常がないか手早く点検するフルエント様。
何だ何だと集まってきた衆目監視。
カマセーヌ様はお顔が真っ赤。これはいけません、恥をかかせない様に早く病院に送ってあげなくては!
そんな中、フルエント様は騎士団仕込みの華麗なるレンジャーロール&ファイヤーマンズキャリーを披露されました。
鮮やかな手際に周囲からは感嘆の声と拍手。
そうですよね、傷病者の長距離移動を効率的に行うにはお姫様抱っこなどではなく、肩に担ぐのが一番ですよね。
ドレスの裾が捲れてカマセーヌさまのドロワーズが見えていますが、緊急時なのでこれは仕方がないでしょう。
後日、カマセーヌ様の生き霊が憑いていました。
そうそう、生き霊を飛ばしていた他の女性達にもヒアリングしてみたんですよ。曰く、
『あの男、雨が降ってきたので、何もしないからと言って宿に誘ってきて……本当に何もしなかったのよ!』
『手弁当を作っていくと言ったら、じゃあ僕もと言ってこちらよりもずっと手の込んだ弁当を作ってきやがったの!』
なにも問題がない様ですが……
女心は複雑怪奇、理不尽ですねぇ。
ちょっとフルエント様が可哀想になってきました。何とかしてあげたいという気持ちになります。というか、最近彼のことばかり考えている気もします。
でも、その時間は苦痛とかいう事はなくむしろキラキラした時間になっていて……
あれ?
と、いうことは実は私、彼のことが……
ねえ、フルエント様
ちょっと提案なんですけど
[私とお付き合いしませんか?私、貴方のこと好きみたいです]
「ええ、いいのかい!?告白されたのって、僕生まれて初めてだ。とっても嬉しいよ」
コミュニケーションというのは相手を察する努力と同じくらい、己の事をわかりやすく伝える歩み寄りの努力も大切です。
それが共通認識になっている私たち大きなトラブルなく楽しく交際できており、相性も中々に良いのではないかと思うんですが……実際のところはどうなんでしょうかね。
「君は今、僕に何かして欲しいことある?」
『では、ずーっと一途に愛して下さいませ』
あ、うっかり呪言発動しちゃった。
……でも何もありませんね。
強者であるフルエント様に無茶な命令をすれば自爆し反動が来るはずなので……つまりはそう言うことなんでしょう。
お互いニッコリ微笑みます。
私たち、やっぱり中々に相性が良いようです。