学校の七不思議 6
下校時刻が近づく頃、鬼切と薩摩は応接室にいた。
教頭の江頭は今日体調不良で休んでいるらしく、代わりに教務主任が対応してくれた。
「おにぎりくん、それ中に着込んでるの?」
ソファの向かいに座る鬼切は腹部と足に不自然な膨らみがある。Tシャツとスラックスでは誤魔化せていない。
「そう、座ると結構動きづらいんだよな。これ」
空手用の防具を服の内に着込んだ鬼切は窮屈そうに休んでいる。
2人の動き出しは昨日と同じく生徒が全員下校してからの予定だ。それまでは変わったところがないか動ける範囲で調べているが、冷房が効きすぎているところまで昨日と変わっていない。
「今日調べたいことは、3階の空き教室のこっくりさんに教頭の江頭の捜索。たぶん教頭せんせは学校内にいる。」
「昨日はやられっぱなしだったから今日こそ先手を打ちたいな。」
今日も鬼切が選んだ弁当を食べ、夜に備える。
今日は近くの弁当屋から調達し、薩摩が生姜焼き弁当、鬼切が白身魚のフライ弁当を食べた。
そして辺りが暗くなり始め、生徒や教員たちがいなくなった頃合いを見計らい2人は動き出す。
まず向かったのは3階の空き教室。
こっくりさんの途中だったあの部屋にも何かあると踏んでいた。
今日の鬼切は最初から刀の状態で校内を探索する。1階、2階に変わった様子はなく、3階に足を踏み入れる。3階には女子トイレの花子さんという七不思議も存在する。
こっくりさんの行われていた空き教室は昨日と変わった様子はなく、散らばった机のひとつに紙と10円玉が置かれている。変わった様子は特になさそうだが、鬼切がしばらくの間紙を見つめていた。
「どしたー?」
「いや...昨日10円玉ってどの位置にあったっけなぁーと思って」
薩摩もこっくりさんの紙を見に行く。
10円玉は「い」の位置にあった。
「おかえりください、の『はい』『いいえ』のいいえってことだよなって話をしたような...」
「確かそうだよ! なんで位置が変わってるんだろう。」
「今日も誰かがこっくりさんをやったのか、な」
鬼切は刀でこっくりさんの紙を切る。
怪異の類なら鬼切で切れば退治できるはずだ。
「...せっかく私が準備しておいたのに、心配性の生徒もいたものです。教師として関心はしますがね。」
入口を見ると、そこに江頭が立っていた。
昨日と相変わらず青白い顔にスーツ姿だ。
「どういうことだ。」
「いえ、ね。こっくりさんが強力な降霊術なのはご存知のとおりですが、それも霊気がなければさほど脅威にはならないでしょう。しかし、私がいるとなると話は変わり、かなり強い霊が降りてくるわけです。」
「人体模型、どうでした?」と教頭は歪んだ笑みを浮かべる。
「依代は人に近ければ近いほど良い。この学校で合致するのは人体模型くらいですからね。結果は他の怪異を取り込めるほどの力を得たわけです。」
昨日の人体模型にはこっくりさんで降りてきた霊が取り憑いていたのだという。
「狙いはなんだ?」
「『我等が種の繁栄』『夜の時代の再来』...」
江頭は手を後ろに組んだまま教室内に入ってくる。
鬼切は刀を構えたまま警戒を緩めないが、江頭は視線を外したり俯いたりと戦う気配は見られない。
「平和ボケ...単に人間同士の争いだけじゃないんですよ。皆さんはなぜ昔の日本人が強かったか知っていますか?」
2人が何か言う間も無く続ける。
「武士と呼ばれた彼らの敵は同じ人間だけじゃなかった。他国で神の気配が残っていた時代、日本は怪異の国であり、当時の人々は人以外とも戦っていました。やがて怪異は駆逐され人の世が訪れましたがね。」
江頭が教師らしく教壇に立った。
「訪れますよ、再びね」
江頭は拳を握り締め教卓を叩いた。
金属製の教卓がひび割れた。
「きっと君たちのような人間が多くの人間を率いるのでしょう。だからここで私は君たちを殺します。」
江頭は教卓を掴み軽々と鬼切と薩摩へ向かって投げた。吸血鬼は夜になるにつれてその力を増す。それは、純粋な身体能力に加え吸血鬼が持つ特異な能力もだ。
「うおっ」
「きゃっ!」
教卓を避けた鬼切はそのまま江頭に突進し刀を振り下ろした。
振り下ろした刀は空を切り黒板に掠る。
江頭は身体を霧散させ数千のコウモリに変えて教室後方へ移動する。
「そんな単調な攻撃では当たることすら不可能ですよ」
薩摩は鞄の中で法典に触れる。
淡く光った法典と同時に、江頭の側面から巨大な腕が現れて江頭を掴んだ。
「なに!?」
「入魔! そのまま握り潰しちゃって!」
昨日江頭に対して召喚した獄卒鬼・入魔の腕だ。
教室のドアにギリギリ通るサイズの腕が江頭の身体を締め上げる。
江頭は全身に力を入れて耐えているようだが入魔の腕力の方が強そうだ。
「チャンス!」
鬼切は拘束されている江頭の首から上を跳ね飛ばそうと机を足場に飛び、横薙ぎに払う。
「待って!」
薩摩の声に一瞬動きが止まる鬼切だったが刀は止まらない。
江頭が全身に力を込めて身体を上にのけ反らせたのだ。鬼切の刀は江頭の首ではなく、入魔の指を切り裂き、思わず入魔の拳が緩んだ隙に江頭は抜け出した。
「その刀はあらゆる怪異の類に脅威。それは冥府の住人にも等しいんですよ。」
入魔の腕が消え、江頭は口を膨らませると血の霧を吐いた。
「鬼切くん、触れないで!」
血の霧の一滴一滴が鋭い針のように変化して机や椅子、床に突き刺さる。突き刺さった血は液体へと戻る。
「吸血鬼は血を操る! 気をつけて!」
鬼切は机を盾に血を防ごうとしたが、一部防ぎきれずに肩や足に刺さった。
「くっ!」
痛みが走ったが、同時に刀を持つ手から熱が伝わってくる。握力が上がり、下半身のバネも増したような感覚だ。
椅子を江頭へ投げつけ、それを追うように鬼切は距離を詰める。椅子を払いのけた江頭が迫る鬼切に気付きコウモリに変身しようとしたところに丸太のような足が正面から飛んできた。
「ぎゃあ!」
変身の寸前で蹴飛ばされた江頭は教室後方の小さな黒板に衝突し、呻き声を上げる。はっと鬼切を目で追おうとしたが、目の前には刀の切先があった。
「オラァ!」
鬼切は江頭の頭部に刀を突き刺し全力で振り下ろす。コウモリになろうとするが刀の通った箇所はそれ以上変身できないようで不完全に羽ばたきながら絶命していく。
翌朝、教頭の江頭が無断欠勤したことにより学校はちょっとした騒ぎになっていた。
鬼切と薩摩は依頼完了の報告を行おうと応接室にいたのだがそれどころではないような感じだ。そもそも今回の依頼をテラーズに行った担当が教頭の江頭だったためより混乱が増す。
「おにぎりくん、これ夢子さんに怒られるやつじゃない?」
「えぇ、これって俺たちのせいじゃないよ」
報告の内容はテラーズの事務担当が辻褄が合うように作成した書類を手渡し簡単に説明を行うのだが、実はこの報告も意外と難しい。
依頼主は解決した証拠を欲しがるが、解決した証拠は怪異が収まるほかないことが多くトラブルにも繋がりやすい。今回は特に教員側は七不思議や怪異を信じておらず生徒や保護者からの問い合わせが依頼の元となっていた。
今回の件でいえば生徒の声や保護者といったワードを使いながら教員側が受け入れざるを得ないような文書を仕立てられている。
「あ、そういえばひとつ気になることがあって...」
鬼切は教務主任を連れて体育館裏へ向かった。
初日に調査した際に異様な臭いと掘り返した跡があった場所だ。その場所は管理人が資材を置くような生徒も寄りつかない林の中で蜘蛛の巣や生い茂った葉に怪訝な顔をする教務主任。
「ここって何か埋めてますか?」
後日、江頭の遺体が発見され死後数日経過していたことが警察の調べによりわかった。
ただ、依頼を受けた初日に応接室にいた江頭を見たと言う教員も多く、あれは見間違いだったのか新たな怪異現象ように取り扱われていた。
実際この小学校で新たな死人が出たことは間違いなく、曰く付きと言われても仕方がない。
そうなったらまた、テラーズに依頼が来るのかもしれない。
「いやー、お手柄だったねぇ!」
アルビカでコーヒー片手にくつろぐ夢子に報告する鬼切と薩摩。2人は小学校で発生した事象を止めどなく話した。それには近くでパソコンを叩いていた事務員もうるさそうな顔をするほどだ。
「気になることも多いけど、これは上で検討するとして、君たちにはこれからもこういう依頼が来るかもしれない。厳しいこと言うかもしれないけど、もっとちゃんと鍛えなさい。」
笑顔の最後に今回それぞれ痛感したことをしっかり指摘された。
「まず鬼切はその刀に頼りすぎで貧弱すぎる。身体を鍛えて身体能力を補うこと。薩摩は適当な見積もりは仲間や自分を危険に晒すことを知りなさい。いいね?」
夢子を見送る2人の肩はがっくり落ちていた。
けれど結果的に依頼を達成することはできた。
それは2人いなければ達成できなかったことだ。
「薩摩さん、江頭に最後蹴りを入れた入魔、最高だった。」
「でしょ!? おにぎりくんも椅子を盾に突進するの映画みたいだったよ!」
また次がある。
備える時間はまだ十分にある。