学校の七不思議 2
「大丈夫ですか!」
鬼切は輪の中に割って入った。
無関係な鬼切の乱入に、保護者たちは警戒している様子だったが後ろから追いついた薩摩が上手く和らげる。
「私たちは学校の者です。詳しくお話を聞いてもいいですか?」
薩摩が柔らかい口調で女子生徒の肩に手を添えて聞いた。
「う、うん。さっきトイレに行こうと2階の廊下を歩いてたら急に手を引っ張られたの...」
女子生徒は掴まれた手を見せてくれたが、掴まれた場所が赤くなっている。かなり強い力で掴まれたのだろう。薩摩が赤くなっている箇所に触れる。
「それは不審者に?」
「いや、振り解いて振り返っても誰もいなくて、それが怖くて走ってここまで...」
「なるほど、最近流行りの怪奇現象ってやつですね」
女子生徒は頷いたが、周りを囲む保護者たちはまだ信じられてはいないようだ。
悲しげな蝉の声が学校中に響いている。
「不審者の可能性も十分あるので私たちが確認してきます。何があるかわかりませんので皆さんは今日のところは早めに帰られることをおすすめします」
鬼切と薩摩は携帯電話のライトを点けて暗い校舎内へ足を踏み入れる。
電灯のスイッチを探したがどうやら体育館側にはないようだ。
「しばらく暗闇で歩くしかないか」
悲しげな蝉の声が学校を包み込んでいる。
太陽はほとんど沈み、遠くにほんのりと朱色が残っているばかりだ。
廊下は闇が濃く、自分たちの足音しか聞こえない。
鬼切は足音が2人だけか聞きながら廊下の角を曲がる。
「ここがトイレか」
「入ってみる?」
薩摩の提案に鬼切は首を縦に振る。
電気を点け、男女それぞれのトイレの様子を確認するため2人は中に入る。
個室の扉を開けて異常がないか確認をする。
異状はないが異常な気配がする。
鬼切がふと入り口の方を見ると、そこには天井に頭がつきそうなくらい身長の高い人影が立っていた。
「誰だ」
鬼切はその影に聞くが、影は何も発さない。
鬼切が一歩近づくと、潰れた喉を絞ったかのようなかすれた声のようなものを発した。
「カコカココココココココ」
がっぽりと開いた口に歯は一本もなく、ただ真っ黒な顔に目と口と思われる3つの穴が空いている。
鬼切は身構えるが、その影は動かない。
じりじりと時間が過ぎる。このままでは鬼切もトイレから出ることができない。
「薩摩さーん! こっちになんかいるんですけどそっちはどうですかー!?」
鬼切は声を張ったが薩摩から返答はない。
その違和感に耳を覚ますと、蝉の声もしなくなっていた。
「空間遮断の類か。」
この空間には今鬼切とこの影しかいない。
トイレに入ったことがトリガーとなりこの影の世界へ引きずり込まれたのだろう。
「やるしかないか。」
鬼切はポケットからシャープペンを取り出してなぞる。すると、手品のようにシャープペンが一振りの刀に姿を変える。
その刀の名は鬼切、字のとおり遥か昔に鬼を切ったとされる刀で代々鬼切の実家の寺で受け継がれてきた。
鬼切が刀を構えると、その影は敵意を感じ取ったかゆらりと大きな身体を揺らしながら鬼切の方へと近づいて手を伸ばしてきた。その手は鬼切を掴もうと手を伸ばすが空を切り便器に触れる。すると、その便器は黒く変色し崩れ落ちた。
「あぶなっ!」
触れられると死ぬと確信した鬼切は再び伸びてきた手をかわしながら切り落とし、一歩踏み込んで影の身体へ刀を突き刺し切り上げた。
体の中心から上が2つになった影は掠れた声を発しながらボロボロと崩れていった。
「ふぅ」
鬼切が一息つくと、思い出したかのように蝉の声が遠くから聞こえ始めた。
額から垂れる汗を拭う。
「おにぎりくーん、大丈夫ー?」
隣から薩摩の声が聞こえる。
刀を手でなぞると再びシャープペンに戻る。
それをポケットにしまいトイレを出ると男子トイレの入り口に薩摩が心配そうな表情で立っていた。
「大丈夫? ケガはない?」
「大丈夫です。なんか影みたいなのに道を塞がれてて」
「あー。それ、悪霊の一種だよ。そんなのが学校にいるなんてよっぽど治安悪いんだね、ここ」
薩摩は考え込む素振りをする。
薩摩の血筋は代々怪異の専門家のため、その方面に対してとても詳しい。ただの寺の息子とは訳が違った。2人はトイレを出て再び廊下を歩く。
「さっきのが女の子の手を掴んだ正体かな」
「いやー違うと思うな。悪霊に捕まったら多分逃げられないと思う」
「じゃあ誰なんだろう」
鬼切が薩摩を見ると薩摩が足を止めた。
目線は廊下の奥に向いている。
鬼切はその視線を追う。その先には廊下を塞ぐ人影があった。
「ちっ、また悪霊か」
「違う、気をつけて。」
その人影は陸上選手のようなスタートで廊下を走り鬼切へ突進した。身構える間もなく吹き飛ばされた鬼切は廊下を転がりながら壁に激突した。
「がはっ!」
「おにぎりくん!」
薩摩は鞄から辞典のような本を取り出す。
薩摩は文字をなぞりながら鬼切の胴体に組みついている影を指差す。
「冥法第一条『生と死の境界侵犯』の罪により裁きを受けよ。執行者『獄卒鬼・入魔』」
薩摩持つ辞書のような法典が淡く輝きを放つ。
すると鬼切に覆い被さっていた影の隣に丸太のような足が現れ、その影を蹴飛ばした。
鬼切は壁に手をつき、もたれながら立ち上がって刀を抜く。
「おにぎりくん、そいつは人よ。この学校に呪いを仕掛けてあたかも霊の仕業に見せかけているけど実行犯はコイツ」
「なんだって」
電灯がチカチカと点滅を繰り返す中でその影の顔が照らされる。その人物は、教頭の江頭だった。
江頭は鬼切の持つ刀や薩摩の召喚した獄卒を見ても驚いた様子を見せない。むしろ昼間の青白い不健康そうな顔はどこへかニタニタと微笑んでいる。
「教頭先生、何をやってるんですか!」
江頭は頭をかきながら口を大きく開ける。
そこには異様に鋭い犬歯があった。
「こいつ人じゃない、吸血鬼だ...」
薩摩が呟いた。
西洋の怪異である吸血鬼は、生き血を糧に数千年もの歳月を生きると言われ、真祖と呼ばれる最上位種は怪異の王と称されるほど強大な力を持つとされる。
「偽物の霊能者だと楽だったんですが...。仕方ありませんね」
江頭の言葉に身構える鬼切と薩摩だったが、江頭は暗闇に包まれ溶けるように姿を消した。
一瞬にしてその場は静寂に包まれる。陽が落ち人気のない校舎内にひんやりとした風が吹いた。
「姿を消したか...。学校内は江頭の領域、彼を退治するまで帰れそうにないなあ」
「夜ご飯、ちゃんと食べて良かったね。」
薩摩は携帯電話を取り出す。
アンテナは立っておらず、「圏外」が表示されている。ため息をつきながら鞄にしまう。
「圏外かぁ...」
「ということは既にここは江頭の領域内なのかな。」
薩摩は窓の外を見る。
学校の外に広がる街には明かりが灯り、行き交う車や往来する人々も微かに見える。
「外は普通だから多分結界かな」
「おおー、なら結界を壊して夢子さんに連絡しようか。」
「夢子さんのことだからそこまで見抜いて派遣されてる気がするなぁ...。あと、多分逃げる前にアイツが襲ってくるよ、きっと。」
「だったらアイツを仕留めたほうが早くない?」と薩摩は不敵に笑う。
鬼切は薩摩が九州の名家出身で見た目によらない力があることは知っていたが、相当肝が据わっていることに驚いた。
薩摩の案が採用され、2人は江頭を探して一つ一つ教室を開けながらしらみつぶしに見ていく。
「薩摩さんの式神的なのって修行とかで身につけたの?」
「そんな感じ。ただ血筋も関係あるかなー。」
「薩摩さんの実家は何かやってるんですか?」
「表向きには武家だったことになってるけど実際は陰陽師だったらしいのよね。」
「へぇー、すごい!」
「おにぎりくんの実家はお寺だっけ」
「そう。この刀を祀ってた、ただの寺だけどね」
「ただの寺に妖刀なんか祀られるわけないじゃん!絶対なんかあるよ。」
2人はそんな会話をしながら怪しい箇所はないか探索を進める。ほとんどの教室を見たが変わった様子はない。日常的に使用されていて、七不思議に関連がないためだろうか。
「あとは音楽室や理科室とかかな。」
「七不思議っぽいもんね。」
2階の角部屋が音楽室だった。
少し開いた扉からピアノの音が聞こえる。鬼切が扉を開けて中に入ると、理科室の人体模型が上手にピアノを弾いていた。
「ねえおにぎりくん、人体模型がピアノ弾いてるよ」
「うん、俺にも見えてる。」
少しシュールな様子にイマイチ緊張感が出ない。
人体模型は2人に気づいていない様子でピアノを弾き続けている。
「おい、お前は誰だ。こんなとこで何してる」
鬼切が聞くと、人体模型の手が止まる。
一切表情は変わらないまま首だけが2人の方へ向いた。半身は普通で半身は皮膚を剥がされている模型が動く様子は気味が悪い。
「ぼく、はんぶんしかないんだぁ」
人体模型は幼い声でそう喋った。
見た目と違い、幼稚園児のような話し方だ。
「はんぶん、ほしいなぁ」
人体模型は立ち上がり、両手を伸ばして2人の方へと歩いてくる。
「止まれ、切るぞ」
鬼切が一歩前に出て、薩摩はその後ろに隠れる。
刀を抜いていつでも攻撃できる姿勢を取り、薩摩は法典を開いて詠唱できる準備をする。
「はんぶん、もらうね」
大きく跳んだ人体模型は両手を広げて鬼切へ飛びかかった。
鬼切はその動きに合わせて刀を振り抜いたのだが、人体模型の身体に弾かれて地面に組み伏せられてしまった。
「硬っ..!!」
まるで岩やコンクリートの壁を切りつけたような感触を覚えた鬼切はエビのように腰を跳ねさせて人体模型の拘束から逃れようとするが石が乗っているようにびくともしない。
「めっちゃ重いじゃん...!」
人体模型は表情を変えずに鬼切の顔面に拳を振り下ろす。
「おにぎりくん!」
薩摩が叫ぶ。
鬼切はとっさに額で受けることを試みるが、岩のような質量の打撃に耐えられるはずもなく拳で額を、床で後頭部を打ちつけ意識を失った。