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学校の七不思議 1

 広葉樹に張り付いた蝉がけたたましく鳴くと遂にこの季節がやってきたかと身体を起こす。

 枕元にあるペットボトルの水を一口含んで立ち上がり汗が染みたシャツを着替える。有名なスポーツブランドのインナーも数百回も洗濯をすれば見る影もない。文字通りロゴすら消えている。

 吸汗冷感をうたうインナーに無地の白Tシャツを着て幅のあるデニムを履く。床に転がっている丸まった靴下を解いて履けばもう何でもできる。

 テレビをつければ米不足やら汚職やら相変わらずポジティブな話は聞こえてこない。


「さて」


 リュックを取り家の外に出て鍵を閉める。

 既に額には汗が浮かぶ。

 自転車に張った蜘蛛の巣を手で切り裂いてまたがると大きく漕ぎ出した。


 田んぼと住宅が交互にあるような田舎町。

 油断していると車が飛び出してくるところも田舎ならではだ。

 道端にはぼろぼろの小屋がそのままになっていたりよくわからない祠が丁寧に祀られていたりする。


 20分かけて辿り着いた場所は廃工場をリノベーションした倉庫のような事務所。看板には「アルビカ」と書いてある。


「おはよう、鬼切おにきりくん。今日は早いね。」


 スーツ姿は身長180cmモデル系美女の芥川あくたがわ夢子ゆめこ

 この事務所の所長でこの西讃地域を担当する敏腕エリートだ。そんな肩書きには似合わない錆びて傾いた事務机とセットの、調整すら効かない椅子に腰掛けコーヒーを飲んでいる。


「おはようございます。今日は早いですね。」


「そうなんだよ、それがそうなんだよ。ということは察してくれたまえよ、おにぎり君。」


 おにぎりくんとは鬼切おにきり蜻蛉とんぼのあだ名だ。

 夢子が早く来る日は何かしら理由がある日で、そんな日は大抵面倒ごとを頼まれる。


「A地区の小学校なんだがね、最近怪我人が多発してるんだ。どうやら過去にこの小学校では殺人事件が起きたことがあるらしいのさ。」


「へぇ、それはまた物騒ですね。」


「今回はそれの解決だ。小学校の規模となると1人じゃきついし時間もかかる。今回はおにぎり君と薩摩さつまちゃんにお願いするよ。3日間で頼む。」


 依頼の内容が書かれた紙が綴じられたファイルを渡される。このためだけに今日事務所に来たらしく夢子さんはコーヒーを飲むと一息だけついて帰っていった。


「3日間か、準備しないと。」


 古いエアコンはつんと酸っぱい風を吐き出しているが、それでもここ最近の猛暑から身を守るには有難い存在だ。気休め程度の扇風機とタッグを組んでこの事務所の涼を担っている。

 

「もしもし、薩摩さん? 夢子さんから依頼でA地区のB小学校の調査依頼。うん、あーわかった、はーい」


 薩摩さんこと、薩摩さつま晴日はるひに電話をするとちょうど出勤中でA地区の方が近いとのことだったため現地で合流することにした。

 初日は現場の確認と依頼人からの聞き取りがメインになるから大掛かりな荷物はない。

 鬼切はカバン一つで事務所の外に止めてある自転車に跨った。


 国道を横断し、曲がりくねった坂道を歩くのとほぼ変わらない速度で上りきる。

 大きな溜池のほとりを爆走して小学校へ着く。

 小学校の職員用駐車場に一際目を引く真っ白い肌の女子が田舎ではなかなか見ない短い丈のスカートで立っていた。


「ここでーす! ここここー!」


「いやいや、そんな格好してる人ここじゃ薩摩さんくらいしかいないよ。遠くからでも一目でわかるわ。」


 合流した鬼切と薩摩は職員用玄関のインターホンを鳴らす。

 珍しい来客なのか慣れない口調で中年女性が応答する。


「初めましてお世話になります、私達株式会社テラーズの鬼切と薩摩と申します。依頼を受けてきました。」


「依頼? なんかあったかな。まあいいでしょう、どうぞ。」


 鍵が開けられ鬼切と薩摩は職員用玄関から室内へ入る。

 靴を整頓していると、薩摩の手がふと止まった。


「なんか寒くない? エアコン効きすぎなんじゃない?」


 鬼切はあまり気にしていなかったが、意識してみると確かに涼しいを超えて寒かった。

 エアコンによるものではない、風邪をひいて発熱した時のように熱くて寒い。


「こちらへどうぞ。」


 職員室の隣にある応接室へと案内された2人は革張りのソファへ腰を下ろす。必要以上に沈みこむソファはくつろぐためだけに設計されている。

 しばらくすると外から慌てて歩く音が聞こえ、1人の中年男性が応接室へと息を切らして入ってきた。


「教頭の江頭です。この度はありがとうございます。」


 すらりとした細身で高身長の江頭は病気を疑うくらいに顔が青白い。


「鬼切と申します。こちらは薩摩です。」

「よろしくお願いしますね、教頭せんせ」


 鬼切と薩摩は軽くお辞儀する。


「早速以来の件ですが、どうやら最近この学校で『七不思議』が流行っているようでして...」


 よく学校の怪談として出てくる七不思議。

 いつの時代も噂される学校の伝統ともいえる存在。

 

「七不思議そのものはどの学校でもあると思うのですが、何やら我が校は異質というかホンモノというか...」


「本物...ですか。」


 鬼切は復唱する。

 薩摩は何か気になるのか部屋の中を見回している。

 外の蝉の鳴き声がやたらうるさい。


「トイレの花子さん、音楽室の肖像画、理科室の人体模型、動く二宮金次郎像などいろいろあるのですが、ここ最近実際に見たという生徒が現れているのです。」


「それは夜間に学校に侵入して見たということですか?」


「いえ、この学校は夜に体育館やグラウンドをスポーツ団体に貸しているのですが、それに参加していた学生が見ているらしいのです。」


 江頭は学生が見たという七不思議を解き明かして欲しいと言い、いくつかの資料を置いて応接室を去った。今回の依頼期間はこの応接室を自由に使っていいそうだ。


「じゃあ学校内を見て回って、本格的に動き出すのは夜からにしよう。」


「賛成! じゃあおにぎりくんは外、私は中ね!」


 日焼けするから!と言い残して薩摩さんは部屋を出て行った。

 鬼切も水を一口含むと立ち上がって校舎周りを見て歩くことにした。


 鬼切たちテラーズの仕事内容は主に怪奇現象の調査だ。一見オカルト好きが集まった趣味に近い仕事のようにも思えるが実は需要がかなりある。

 同業者のトップは俗にいう占い師で、その歴史は古く、今もなお国の運営の中枢に携わっている。

 怪奇現象とまとめられる不思議な現象は蓋を開けてみれば大したことのないものまで含めると日常的に発生していて、昔は個人経営が主流だったが偽物が多く現れ胡散臭い印象が染み付いてしまった。

 テラーズは法人として対価を受け取ることで責任持ち、確実に解決することで信頼を獲得した。


 学校の敷地との境界には柵が設けられ、柵沿いには木々が植えられ林のようになっている。

 グラウンドは400メートルトラックがつくられジャングルジムや滑り台、ブランコなどの遊具が設置されている。

 こういった怪異現象の場合、校舎裏や水回りに何かがある場合が多い。

 校舎裏へ回ってみると、地面の一角に掘り返したような跡があった。近づいてみるとハエが湧いていて鼻を麻痺させるような腐敗臭がする。何かを埋めたのだろう、この炎天下でかなり腐敗が進んでいるようだ。


「怪しい〜」


 携帯電話のメモに場所と状況を簡単に記し、移動する。もしこれが刑事事件モノであればテラーズの管轄外となる。

 あくまで()()()()()()()が鬼切たちの業務内容である。

 次に訪れたのは二宮金次郎像だ。

 像の周辺は公園のようになっており、ベンチと四角に剪定されたツツジが花を咲かせている。

 像の土台には「二宮金次郎」彫られ像本体は手元に開いた本ではなく、3歩ほど前を見ているようだ。

 よくある七不思議では二宮金次郎が夜の学校内を徘徊するというものだ。特段悪影響を及ぼすようなものでないが念の為場所をメモした。

 

「お疲れ〜」


「お疲れ様でーす。外はどうだった?」


 午後四時ごろ、応接室に先に帰っていた鬼切のところへ薩摩が帰ってきた。

 鬼切も薩摩の10分前に帰ってきたばかりだったため、応接室のエアコンの風を浴びながら汗を冷やしていた。

 

「怪しいところは何箇所かあったけど、話に聞く怪異現象に繋がるようなものはなかったかな」


「こっちは怪しさ満点だったよ。合わせ鏡もあったし

3階の女子トイレはなぜか使用禁止だし、音楽室も理科室も七不思議のテンプレみたいな配置だったんだよね」


 薩摩はおもむろに携帯電話を取り出すと、写真を漁って鬼切に数枚見せた。


「一番気になったのがコレ、3階の使われてない教室らしいんだけど」


 写真は教室で、学生用の机の上に一枚の紙と10円玉があった。紙には鳥居と50音が書かれている。


「これって、こっくりさん?」


「そ。しかもね、この感じ途中なのよ。」


 10円玉が「え」の部分にある。

 

「こっくりさんの最後って『おかえりください』で『はい』とかでしょ? つまり『え』になるってことは帰ってくれなかったのかなって。」


「なるほど、じゃあまだこの学校にこっくりさんがいるかもしれない?」


 鬼切は背筋が冷える。


「日中はまだ陽の気で溢れてるから問題ないだろうけど、夜はそうもいかないんだろうねー」


 薩摩は欠伸あくびをするとソファに寝転がった。寝るにはちょうどいいソファだ。


「じゃあ私は夜に備えて寝るからご飯買ってきて〜」


「えぇ...」


 鬼切も一旦夜に備えて休むことにした。

 夕飯の買い出しへ近くのコンビニへ行き、適当に弁当と飲み物を買って応接室へ戻る。15分ほどの往復でも玉のような汗が額に浮かぶ。


「お、ありがとありがと! 私ハンバーグ弁当、おにぎり君はのり弁ね!」

 

 女子だからと思ってのり弁を買った鬼切だが、目論見は外れ手元にはのり弁が残る。

 のんびりと夕食を済ませ、下校する生徒や教員を眺めながら夜を待つ。


「そういや薩摩さん、体調大丈夫?」


「寒いよね。熱みたいにだるいし。絶対()()よねー」


 風邪のような気だるさは残ったままだった。

 時刻は18時、ほとんどの生徒が下校し、残るはスポーツをしている人たちだけになった。


「暗くなってきたね、先生も減ってきた。」


「まだ全然怪異現象は起きませんね。確か教頭の話によるとこれくらいの時間から発生すると。」


 その時、職員室の上、体育館の方から悲鳴が上がった。すぐさま鬼切と薩摩は応接室を飛び出して階段をかけあがる。

 体育館の入り口には座り込む女子生徒とそれを囲む生徒や保護者たちがいた。


 


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