第二話 姿を消した夫
主人が忽然と消えてしまった。
私の愚かな行動から壊れてしまった家庭。
3年を掛け、ようやく再構築出来るのではと、思った矢先の事だった。
直ぐに主人の携帯に連絡を入れるが、通話が繋がらない。
主人の会社へ連絡を入れると、一ヶ月前に辞表を提出し、引き継ぎの終わった、昨日をもって退職したと教えられた。
「どうして…」
一ヶ月前からなんて。
何がどうなって…
「思い当たる節は無いのか?」
「史佳、どんな事でも良いから思い出しなさい」
駆けつけた両親は私に詰め寄る。
しかし思い当たる事が無い。
2ヶ月前から歩みよりを見せてくれた主人。
ようやく反省の日々が終わろうとしていた矢先の出来事だった。
「その…まさか、お前まだあの男と」
「そんな事しないわ!
私がどれだけ過ちに苦しんだと思っているの!!」
思わず乱暴に言い返してしまう。
「それなら、どうして[彼と幸せに]なんて書いてあるんだ?」
「分からないわよ…」
テーブルに残されていた主人の書き置き。
[3年も無理をさせて悪かった、どうか彼と幸せに]
書かれていた文面の一部に頭が追いつかない。
誓って言うが、あれから私は一度も山口さんと会ったりしてない、それなのに…
「とにかく一刻も早く政志君を探さないと」
「そうね、政志君が何をするか分からない以上…」
主人の名前を言いながら不吉な事を!
「そんな事、軽々しく言わないで!!」
「…史佳」
「ごめんなさい…」
両親は悪くないのに、また怒鳴ってしまう、つくづく自分がイヤになった。
その後、知り合いや主人の実家にも連絡を取るが、行方は一向に掴めない。
「どれだけ私達家族を苦しめたら気が済むの!」
「いい加減にしろ貴様らは!」
慌ててやって来た政志さんの両親が怒鳴る。
私達家族は頭を下げるしか無かった。
警察にも、主人に関する資料を提出し、行方不明届けを出した。
「あまり期待しない方がいいわよ」
法曹業界に居る友人が言った。
「事件性が無いとなれば、警察は積極的に動かないから」
聞けば失踪者の人数は八万人を超えるという。
それだけの人数を抱えて、私の主人だけ見つかる、とはならないだろうと。
「手詰まりか…」
絶望的な状況。
家に残っていた主人の持ち物は僅か。
そういえば、2ヶ月前から主人は自分の趣味だった物を処分し始めていた。
『古い物とサヨナラだ。
新しくやり直さなきゃ』
明るく笑う姿に、私は真剣に主人の心境を考えただろうか?
ただ、やり直せるとだけしか考えて無かったのでは。
「…そうだ詩織に」
親友の三棚詩織を思い出す。
私の不倫現場を目撃した彼女に…
『どうしたの?』
3年振りにも関わらず、彼女は直ぐに電話へ出てくれた。
「し…主人が居なくなっちゃったの」
『はあ?』
「だから主人が消えちゃったのよ!」
『そりゃ、あんな事したら当然でしょ、なんで今更?』
呆れる詩織に怒りが込み上げる。
だけど我慢、彼女は私の不倫を友人達に言い触らしたりしなかった。
「違うわよ、私達は再構築して上手く行ってたの。
それなのに突然…」
『上手く行ってると思っていたのは自分だけだったんじゃない?』
「詩織…」
電話の向こうから聞こえる詩織の声が変わる。
親しみは失せ、冷酷な物へと。
『不倫や浮気された側の人間って、一見普通に見えて、どこか壊れてるから』
「まさか…」
『言っとくけど、アンタの旦那がどこに行ったなんか知らない。
アンタが浮気していた瞬間から、私にとって史佳は唾棄するべき存在になったんだから』
「…ごめんなさい」
詩織は婚約者の浮気で破局した事があった。
だから浮気を憎んでいる詩織に暴露されると思い、私から先に白状したんだ。
『元親友のよしみよ、何かきっかけがあったからだと思う』
「何かって?」
『そんな事分かる筈ないわ、もう連絡して来ないで』
そう言って通話が切れた。
「何か…何があったの?」
必死で記憶を探る。
再構築を始めてから、書いている日記、家計簿、そして携帯の通話記録もパソコンからプリントアウトして…
「…あ」
数件の着信履歴に目が止まる。
それは1年前から定期的に掛かって来るようになった。
「山口課長…」
私が不倫した元上司、山口亮二。
まさか彼との会話が?
「な…何を私は」
携帯を持つ手が止まる。
私は今何を、誰に電話をしようとしたんだ?
「…お父さん、もしかしたら…」
気を取り直し、父に電話を掛けた。
「馬鹿!」
「なんで連絡なんかしたの」
息子をアフタースクールに預けて、駆けつけた両親から罵倒が飛ぶ。
身体の震えが止まらない。
「急に来た連絡だったの、私を気遣う電話で」
「それは優しさじゃないわ!」
「お前は、まだ分からんのか!」
次々に飛ぶ言葉、どうして分かってくれないの?
私はもう会うつもりも、ましてや浮気をするつもりも無かったのに!
「あの男は卑怯者だ!」
「まさか?」
卑怯者って、山口さんが?
彼は誠実に謝罪して、慰謝料も支払ったのに。
「考えてもみろ、家庭のある人妻と浮気をする人間が誠実なものか!」
「あ…」
「慰謝料もそうだ、自分のキャリアに傷がつかないと分かっていたから応じただけだ!」
「そうね、自分の立場が明らかに危うくなる可能性があったら、あんな直ぐ示談に応じる筈がないわ」
「でも…彼は私を励まして」
「それも奴の卑怯な人間性だ、なぜ分からん」
「いい人に見られたいだけよ、恨まれたりしてないか、気にしてね。
自分が一つの家庭を壊しといてね、最低な人間よ」
……まさか?
「そんな…私はまた山口さ…山口に踊らされていたの?」
「おそらく政志君はお前とクソ男との会話を聞いてしまったんだろう…なんて事だ…」
「そんな!
早く誤解を解かないと!」
「どうやって?
政志君の行方は分からないのよ」
「それでもよ、山口に主人へ説明させるの!
私から電話したんじゃないって…」
左頬に痛みが走る。
涙を流し、母は私を睨んでいた。
「もう遅いの…政志さんは壊れてしまった…」
「ああ、私達はまた間違ってしまった。
こんな事なら直ぐ離婚させてやるべきだった。
孫可愛さに私達は…」
「お父さん…お母さん…」
私はなんて愚かな人間なんだろう。
自分勝手に恥ずべき行為を繰り返して、愛する人を壊してしまうなんて…
「あぁああ…」
涙は枯れる事なく流れる。
このまま自分も壊れてしまいたかった。
次は旦那の友人




