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ある夫婦の顛末  作者: じいちゃんっ子


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第一話 消える事にした

「俺は幸せなんだろうか?」


 (はた)から見れば、綺麗な妻と可愛い5歳の息子、そしてマイホーム。

 満ちたりた理想の家族と思うだろう。


 だが俺の心は空虚だ。

 理由は単純で、3年前に発覚した妻の浮気が原因。


 マヌケな当時の俺は妻の浮気に全く気づかず、仕事に追われ、出張ばかりの日々だった。


 浮気が分かったのも、妻の友人に浮気相手とホテルに入るところを目撃され、バレる前に自分から白状したという情けない物だった。


 青天の霹靂だった。

 仕事から帰った俺に、ごめんなさいと号泣する妻。


『なぜ浮気を?』と聞いても、『私が悪いから』と泣くばかりで話にならない。


 子供を起こさないよう気をつけながら、一晩掛けてようやく話たのは、

『貴方が仕事ばかりで、寂しかった』という、あまりに自分勝手な理由だった。


 当たり前だが、俺は荒れた。


 仕事を休み、間男を呼び出し、妻の実家に連絡して子供を預かって貰った。


 浮気相手は、妻が働いていた会社の上司で、不倫関係は半年だと白状した。

 呼び出された間男は家に着くなり、土下座をして、不倫関係を認めた。


『史佳さんが既婚者だと知っていました。

 だけど好きという私の気持ちに逆らえなかったんです』


『貴方、山口課長は悪くないの、私がちゃんと断っていたら良かったの…』

 コイツらが何を言っているのか、理解が出来なかった。

 上司なら妻が既婚者だと知っているのは当然だ。


 そして好きという気持ちを持つのは勝手だが、実際に浮気をするのはおかしい、当然それに乗る妻も。


『…お前は母親だろ』

 二人の話を聞き終え、呟いた。

 こんな馬鹿達に俺は家庭を壊されたのだ。


『慰謝料はお支払いします、会社に報告しても構いません』

 真摯な態度を取る男。

 聞けば独身、それなりの立場で収入もあるという。

 だからと言って、それがなんだ?

 赦せるはずも無い。


『後は弁護士に任せる』


『分かりました、本当に申し訳ありませんでした』


 脱力。

 もう何を言っていいのか分からなかった。

 二人には怒りより、絶望の感情が上回っていた。


『…弁護士って?』


『離婚に決まってるだろ』


『それだけは!お願いします』

 離婚と聞いた妻は激しく泣きじゃくる。

 そんなに嫌がるなら、なぜ浮気なんかしたのか、妻が理解の範疇を超えている生き物だと知った。


 男を帰らせ、次は義両親との話し合いになった。


『お願い、離婚だけは許して下さい!

 愛しているのは貴方だけなの!!』

 妻からのテンプレ言葉を聞きながら、愛してる人が居るにも関わらず、他の男に抱かれる神経が分からなかった。


 俺の実家は、遠方にあり、直ぐに来る事は出来ないので、電話をすると、好きにすればいいとだけ言われた。

『後悔は、しないように』とも。


 義両親は、何とか娘を許してやって欲しいと言った。

 ほとほと甘い人間だ。


 どこの世界に、裏切った人間をその場で簡単に許せる奴が居るのか?

 それを言えるのは被害者だけで、他者から言われて、する物ではない。


 それまで良好な関係を続けていたが、この人達も妻と同じ化け物に感じられた。


 男には慰謝料150万を請求し、翌日に支払われた。

 しかし制裁はそれだけになってしまった。


 社員の不貞行為で免職になんて、創作者の願望だ。

 男の立場はそのままで、会社から何の処分も下されなかった。


『孫の為に…』

 義両親は子供を盾にし始めた。

 卑怯だと思ったが、溺愛している孫を悲しませたく無かったのだろう。


『分かりました、だけどケジメに一旦離婚だけはさせて下さい。

 それが史佳と今まで通り暮らす条件です』


『…いつまでですか?』


『直ぐには出来ない。

 俺が納得したら、また復縁を考える。

 これが最大限の譲歩だ』

 もう疲れきっていた。

 昔のように戻れるとか、そんな事はどうでも良かったのだ。


 妻を許した訳ではない。

 土下座する妻と、頭を下げる義両親の姿に、罵る気持ちが萎えてしまったのだ。


 結局は俺の一人負けで収束した。

 資産家の妻実家は、お詫びという事で、俺達の住んでいた家のローン残金を支払うと言った。


 当然だが断った。

 だが、また孫の為にと半ば強引に押し付けられてしまった。


 そして妻は会社を辞めて専業主婦になった。

 新卒以来、6年も勤めた会社だが、そこで不倫をしたのだから、周りの目に耐えられなかったのだろう。


 今日も仕事が終わり自宅へ戻る。

 時刻は午後7時。

 不倫騒動から仕事にも身が入らなくなり、俺の社内での立場は窓際へと追いやられていた。


 一度出世レースから外れたら、もう会社での先は無い。

 無言で室内へと入る。

 妻の『おかえりなさい』は聞きたくない。


 浮気をされていた頃、息子は義実家に預けられていた。

 誰も居ない家に帰っていた記憶は、今更な『おかえり』は古傷を抉り出す物でしかないのだ。


「そうなの…」


 廊下まで妻の話声が聞こえる。

 電話中みたいだ。


「うん、息子は今日実家に預かって貰ってるの…」


 どうやら息子は実家か。

 寒々しい俺達夫婦より、祖父母の方が子供には良い環境だろう。


「…我慢なんて…そんな事ない、これは私の罰なんだから」


 罰か、俺は身に覚えの無い罰を受け続けている事になるな。


「…うん、それじゃまた、元気でね、亮…()()さん」


「な…」


 妻は何を言った?

 山口って、山口亮二の事か?

 なぜ連絡を?

 別に接近禁止や、連絡を禁止した訳じゃない。


 そんな取り決めをする事すら煩わしかった。

 だからと言って、再構築中に…


「俺は何をしていた?」


 気がつけば、俺は近くのコンビニに居た。

 どうやら家からそのまま出てきたらしい。


「とりあえず」


 店内でタバコとライターを購入する。

 タバコは結婚以来止めていたが、酒の飲めない俺にとって、今感じているストレスにどう向きあったら良いのか分からない。


「ウゲ…」


 近くにある喫煙スペースでタバコを一服。

 咽る煙、口の中にたまる苦味、一体これのどこが美味かったのだろうか?


「ふう…」


 頭がクラクラする。

 だが、頭に昇っていた血は落ち着いた…気の所為だろう。


「俺は何を…全く…」


 続けてもう一本に火をつける。

 俺は何をしていたんだろう。


 無理に心を殺し、無理を強いた結果がこれだ。

 未来の見えない生活に妻が…いや離婚したままだから元妻か、彼女が疲れるのは当然じゃないか。


「よし…」


 タバコを消し、喫煙スペースを出る。

 やるべき事は一つ、悔いを残さない事だ。


「ただいま」


 元気に声を掛ける。

 些細な事だが、これからに必要だ。


「…お、おかえりなさい」


 驚いた様子で彼女は俺を見る。 

 そんなに怯えなくて良いのに。


「あれ?」


「何か?」


「タバコ…」


 どうやらスーツに臭いがついてしまったか。


「久しぶりに吸ってみたんだけど、やっぱりうまくなかったよ」


「…そう」


 そういえば彼女はタバコが苦手だったな。


「もう君の前では吸わないよ」


「無理しなくても、タバコくらい大丈夫だから」


「良いって」


 そんなのは無理じゃない。

 もっと無理をしてきたんだからな。


 彼女は疲れた顔をしていた。

 さっきの電話をしていた時は、どんな表情をしていたんだろう?まあ良い。


「これからだ」


「え?」


「これからだから」


 彼女は訳の分からない様子。

 それで良い、そうでなくては。


「明日から貯まっていた有給を取るよ」


「有給?」


「勿体ないからね」


 ずっと使わないで貯まっていた有給。

 消化しないと勿体ない。


「ゆっくり過ごしたいんだ」


「わ…私と?」


「もちろん」


 彼女は笑顔になる。

 こんな簡単な事なんだ。


 それから俺は有給を使い、3年振りの家族旅行や、買い物等を楽しんだ。

 空いた時間は効率的に使わないと。

 俺は準備を進めて行く。


 そして2ヶ月が過ぎた。


「あなた…」


「なんだい?」


「ありがとう…」


 隣で彼女は微笑む。

 2ヶ月前から寝室は同じにした。

 夫婦関係こそ、復活しなかったが眠るまで彼女を笑顔で見つめるのが日課になっていた。


「もういいよ」


「うん」


 そっと彼女の頬に触れる。

 今日も息子は彼女の両親が預かってくれている。


『二人の邪魔をしちゃまずいでしょ?』

 そんな事を言っていたな。


 眠りに落ちた彼女の顔。


 まだ31歳、俺は33歳、息子も5歳。


「やり直せるよ、君は綺麗で、まだ若いから」


 スタンドの電気を消し、寝室を出る。

 素早く着替えを終えて、用意した書き置きをテーブルに置いて自宅を出る。


「今日は助かるよ!」


「お待たせ」


 約束の時間ぴったりに現れた友人の車に乗り込む。

 家には俺の物は殆ど無い。

 全て処分を済ませた。

 趣味の愛車も、スポーツサイクルも、釣り道具も、全て友人に渡した。


 もう偽りの生活は終わり。

 俺は自由を求める。

 彼女もこれ以上罰を受ける必要は無い。

 彼女の両親も、俺に気を使わず、存分に孫を可愛がれる。


 息子だって、俺が居なくても、母親とこっちの祖父母が居たら充分だろう。

 もう我慢なんかしなくて良いんだ。


「きっと彼氏が癒してくれるさ」


「何か言った?」


「いいや」


 友人に微笑んだ。

次は元妻

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― 新着の感想 ―
浮気してる奴の「愛してるのは貴方だけ」って台詞、本当だとしてもそれは私は愛する者を裏切ることができる人間ですっていう告白だよな、っていっつも思う。
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