独占スクープ! 卒業パーティー断罪現場!!
「いいこと? パーティーだからって浮かれていてはダメですわよ?! いつ『事件』が起こるか分からないのですから。皆様。しっかり気を引き締めてくださいませ!」
ここは我が王立学園の式典等が行われる大広間に向かう廊下の片隅。
わたくしは数名の仲間に声を掛けました。
「はい!」
「分かりました!!」
「気合入れます!」
皆様は各々力強く頷いてくださいます。
今日、ここの大広間で卒業生による卒業パーティーが催されるのです。
出席者はもちろん卒業生が中心。それ以外は参加卒業生の縁のある人―――ご家族や婚約者などが参加を許されます。
そして、在校生であるわたくしたちも参加を許されたグループの一つ。諸先輩方をお見送りする立場として、また、この華々しい一夜の記録係として、参加することが許されたのです。
わたくし?
わたくしは、この王立学院の新聞部に所属している生徒です。
新聞部の部長として、本日はメンバーと一緒にこの卒業パーティーに出席いたします。。
今年の卒業パーティーは特別です。なぜなら、卒業生に我が国の王太子がいらっしゃるのですから。王族が参加する卒業式はとても貴重ですもの。是非、その様子を学院記事にしなければなりません。
そして、何よりも、もう一つ特別なことが・・・。
なんと、今日の卒業パーティーでこの王太子様が「『断罪』とやらを披露する」というタレコミがあったのです!
王太子による「断罪」! 前代未聞!! 絶対に逃せないスクープ!
わたくしたち、新聞部は気合が入ります。
「皆様! いざ、出陣ですわ!!」
こうして、わたくしは部員全員を引き連れて、大広間へ入って行ったのでございます。
☆彡
厳かな卒業式とは違い、卒業パーティーはとても和やかでございます。
この日の為に、学院側で用意してくれた楽団が軽やかに楽しい音楽を奏で、その曲の心地よいメロディーが会場いっぱいに響き渡ります。
わたくしもルンルンと聴き入ってしまうほど。すっかり曲に釣られて気持ちが軽くなり、テーブルに並んでいる美しいスイーツに手を伸ばしてしまいます。
「部長・・・? 召し上がり過ぎでは・・・?」
大きな写真機と反射板を抱えている部員の令息に注意されてしまいました。
いけない、いけない。お仕事、お仕事!
いつ、どこで『断罪』が始まるかまでは知らないのです。現場に集中しなければ!
わたくしは、ついつい頬張ってしまったケーキをモグモグと咀嚼している時でした。
「べルティーナ! 君に言い渡すことがある!!!」
会場全体にとても大きな声が響き渡りました。
わたくしは思わずゴクンッと音を鳴らしてケーキを飲み込み、声の主の方を探します。
声の主は会場の中央にいらっしゃいました。
お隣に一人の可憐な令嬢を侍らせて。
そのお方こそ、我が国の王太子、リオル殿下でございます。
「始まりましたわ・・・っ!」
わたくしは息を呑み、ドレスの隠しポケットからメモ帳とペンを取り出しました。
隣にいた部員の令息も、急いで写真機をセットします。
会場内のあちらこちらに配置した部員を目で探すと、彼らもスタンバイOKの様子。
「あ・・・あの・・・。どういうことでしょうか? リオル殿下・・・」
リオル殿下から少し離れた場所に美しい令嬢が小刻みに震えながら立っています。
彼女はべルティーナ・オズワルド侯爵令嬢。れっきとしたリオル殿下婚約者でございます。
リオル様は、その婚約者に対し、あろうことか指を差しております。彼の傍に立っているご令嬢は、べルティーナ様から隠れるように殿下にそっと身を寄せました。
そのご令嬢の名はサブリナ・コスナー嬢。子爵家のご令嬢です。
最近のリオル殿下のお気に入りと噂されているご令嬢。ウェーブの掛かったピンクゴールドの美しい髪に、目鼻立ちははっきりしていて、それでいて少し童顔で愛らしいお顔。
細身で華奢な彼女は、すっかり怯えた様子で、リオル殿下の腕にそっと手を添えて、べルティーナを見つめています。
わたくしは、彼女のそんな馴れ馴れしい態度に若干イラッとしました。
「どういう事かだと? 気が付かないか? 思い当たることはないのか?」
「わたくしが・・・一体何を・・・した・・・と・・・?」
両手を胸の前に組み、小刻みに震えながら懇願するようにリオル殿下を見つめるべルティーナ様。
「お認め下さいませ! べルティーナ様! 今ならリオル殿下だって許してくださいますわ!」
リオル殿下の後ろからサブリナ様がべルティーナ様に向かって叫びました。
「な、な・・・何を、認めろと・・・?」
「何って、私を虐げていた・・・って、え・・・!?」
震えながら問うべルティーナ様に、サブリナ様が答えている途中でした。
リオル殿下が思いっきりサブリナ様の手をご自分の腕から振り払いました。
「え・・・? リオル殿下・・・?」
サブリナ様は目を皿のようにまん丸にして、リオル殿下を見つめます。それに対して殿下の眼差しは絶対零度と言えるほど冷え切ったもの。
リオル殿下は固まっているサブリナ様をその場に残し、ツカツカッと乱暴に踵を鳴らしながらべルティーナ様の前にやってきました。べルティーナ様は震えながらリオル様を迎えます。
「・・・リオル・・・殿下・・・、わたくしは・・・何も・・・」
真っ青な顔のべルティーナ様。
しかし、次の瞬間、リオル殿下はべルティーナ様の前に跪きました。そして、胸元から小さい箱を取り出すと、蓋を開けて彼女の前に差し出したのです。
「べルティーナ・オズワルド侯爵令嬢。私と結婚してください!」
箱の中には、何カラットですか!?と聞きたくなるほどの大きなダイヤモンドの指輪が光っていました。
☆彡
「今です!!」
「はい! 部長!」
わたくしの合図に、部員の令息はバシャバシャッと写真機のシャッターを切ります。
他の場所からも、他の部員がシャッターを切る音が聞こえます。
周りの人々はポカーンとており、会場はとても静か。シャッター音だけが響きます。
呆けているのは何も会場の人たちだけではありません。
公開プロポーズされた当の本人であるべルティーナ様も目が点になっております。
リオル殿下はそんなべルティーナ様を、優しいけれどどこか悪戯っぽい目で見ながら、ゆっくりと彼女の左手を取りました。そして、薬指に指輪をはめると、指先にそっと口づけました。
「こ、こ、これは・・・?」
べルティーナ様はまだ状況を理解できていないようで、目を白黒させてリオル殿下に尋ねました。
その間にもわたくしたち部員は写真を撮り続けます。当然、顎が外れそうなほど呆けて間抜け面のサブリナ様の写真を撮ることも忘れていません。
「ごめんね、ベル。驚かせてしまって」
リオル殿下はべルティーナ様の手を取ったまま、ゆっくり立ち上がりました。
「本当だったらもっと素敵なプロポーズを贈る予定だったんだよ? 入学した時から卒業パーティーの時に君にプロポーズするって決めていたんだから。それなのに、アイツらに邪魔されて・・・」
リオル殿下は相変わらずポケッと呆けているべルティーナ様の肩を抱き寄せると、キッとサブリナ様を睨みつけました。
「サブリナ・コスナー! お前は私の愛しいべルティーナから様々な虐めや、侮辱を受けたなどという嘘八百を振り撒き、彼女を貶めようとした! それだけじゃない。さらに悍ましいことに自分が私の婚約者に取って代ろうなどいう愚かな謀をした! この罪は許されるものではない!」
鬼のような形相のリオル殿下に睨まれたサブリナ様は、真っ青な顔でカタカタ震え始めました。口元が微かに動いています。「嘘、なんで・・・?」などと口走っているようですね。
「許されないどころか万死に値するぞ!」
リオル殿下は吐き捨てるように言うと、ビシッとサブリナ様を指差しました。
「お前は国外追放とする! そして、コスナー家は降格! もしも、娘を庇い立てするようならば奪爵とする!」
声高らかに宣言すると、それが合図だったのでしょう、大広間の扉が開いたと思ったら、廊下から護衛隊が突入してきました。そして、あっという間にサブリナ様を取り押さえてしまいました。
パシャパシャパシャッ!
当然、わたくしたちはこのシャッターチャンスを逃しません!
「そんな! 何かの間違いですっ! 酷いですー!! リオル殿下ぁ!! 本当に私はべルティーナ様に酷い目に遭わされて・・・っ!」
護衛隊に取り押さえられながらも、必死に叫ぶサブリナ様。それを虫けらでも見るような目で見つめるリオル殿下。
「チッ・・・、まだ言うか、往生際の悪い奴め・・・」
舌打ちするとは・・・。少しばかり王子としての品格を疑いますが、それほどお怒りなのでしょう。
「私が証拠もなくお前を責めるとでも思ったか?」
絶対零度の視線を投げつけた後、リオル殿下は会場を見回しました。そして、
「ジェシカ!」
わたくしの名を呼びました。わたくしはそそくさと殿下のお傍へ駆け寄りました。
手を差し出した殿下にわたくしがお渡ししたものは、数枚の写真と取材メモ。
リオル殿下はそれを受け取ると、サブリナ様ではなく、会場にいる人々に見せるように高らかと掲げました。
「サブリナ・コスナー。以前、お前が言っていた『べルティーナに自分のバッグとドレスが引き裂かれた』という事件。人気のいない教室で自ら引き裂いている姿が映っている」
「―――っ!」
サブリナ様の引きつったように息を飲み込む声が聞こえます。
「『盗まれた教科書がべルティーナの机から出てきた』という事件。自分の教科書をべルティーナのクラスメイトに渡し、机に入れるように頼んだらしいな。共犯者の『買収された』と告白しているメモがこれだ」
益々青くなるサブリナ様。
「まだあるな。『べルティーナに噴水に突き落とされた』という日の写真。どう見ても、落としたものを拾おうと自ら覗き込み、そのまま落ちたようにしか見えない」
リオル様は怒りに任せ、手に持っている写真とメモをグシャリと握りしめてしまいました。
あーあー、部員の大切なスクープ記事が・・・。
「こんな醜行且つ稚拙な行為で私のべルティーナを嵌めようなどとは・・・。何て愚かな・・・愚か過ぎる!」
サブリナ様を見ると、死人のような顔をしています。護衛隊に両脇を抱えられて何とか立っているようです。
「連れて行け!!」
リオル殿下から大きな言葉が発せられました。
護衛隊が出て行った後、リオル殿下は今までの怒りの形相から一転、とても爽やかお顔になって、会場でこの状況を心配そうに見守っていた皆様を見渡しました。
「参加者諸君! 楽しく歓談中に非常に見苦しいものを見せてしまい、誠に申し訳ない! どうか、残りの時間を楽しく過ごしてくれたまえ!」
そうおっしゃると音楽隊に向かって手を挙げました。
それを察した指揮者は、何事もなかったかのように、再び軽快な音楽を演奏し始めました。
もちろん、我が優秀な部員はサブリナ様の護衛隊に引きずられる後ろ姿を、しっかりと写真に納めましたとも。
☆彡
「ごめんね、ベル。驚いただろう?」
「はい・・・」
優しく尋ねるリオル殿下に、やっと事態を飲み込めたべルティーナ様は、少し頬を赤くして頷きました。
「さっきも言ったけれど、本当はもっとロマンティックなプロポーズを考えていたんだよ。でも、君を貶めようとした奴らをどぉーーーーーーしても許せなくって! ギャフンと言わせてやりたくてね。だから」
「だから、このような『断罪劇』を繰り広げることになってしまいましたの。許してくださいませ、べルティーナ様。わたくしからもお詫び申し上げますわ」
「割り込むなよ、ジェシカ!」
兄の為に頭を下げてあげたというのに、邪険にあしらわれてしまいました。カチンときたわたくしは、ツンッと顔を背けました。
「お兄様のために新聞部一同力を合わせて頑張ってきましたのに、労いの言葉もございませんの? 何て冷たいお方なのかしら? このような方との結婚なんて考え直した方がよろしいかもしれませんわよ? ねえ? べルティーナお義姉様」
そして、今度はべルティーナ様に可愛らしくコテッと首を傾げて見せると、
「ご苦労だった! もちろん、礼は弾む!」
お兄様は慌てたようにその場を取り繕います。
わたくしの周りに集まった部員の皆様に向かってにっこりと微笑みました。
「皆様。お聞きになりまして? 楽しみですわね!」
「はい! 部長!」
皆様、声を揃えてお行儀よくお返事しました。お兄様は少し困ったよう笑いましたが、次の瞬間には、とても嬉しそうに頷きました。
「ベル。どうか、私と踊ってくれないか?」
「はい・・・。リオル様。喜んで・・・!」
恥ずかしそうに微笑むべルティーナ様をお兄様はホクホク顔でホール中央へエスコートしていきます。
わたくしはそれを見送ると、部員の皆様に振り向きました。
「さあ、皆様。わたくしたちはまだお仕事がございましてよ? ここにいらっしゃる卒業生の皆様にできるだけ多くインタビューしましょう。今までの学院生活についての思い出など、たくさん。もちろん、今日の『断罪劇場』の感想もね」
「はい! 部長!」
来月の学院新聞は今日のこの卒業パーティーの記事一色に決まりですね。
真ん中にはお兄様のプロポーズのシーンを大きく載せましょう。たくさんのお祝いの言葉も添えてね。
卒業する兄へ、妹からの細やかなプレゼントですわ。
完