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第4話 降りない階段

# 第4話「河川敷の階段」


これは私が大学3年生の夏休み、実家に帰省した時の話だ。私の実家は地方の中規模都市にあり、家から徒歩15分ほどの場所に大きな河川が流れている。


その河川敷は地元の人の憩いの場で、昼間は散歩やジョギングを楽しむ人でにぎわっている。河川敷へ降りるための階段は数か所あるが、私の家から一番近いのは「西八丁目階段」と呼ばれる場所だった。コンクリート製の階段で、かなり急な勾配になっている。段数は正確に数えたことはないが、60段ほどはあるだろう。


帰省していた8月下旬、久しぶりに高校時代の友人と会う約束をした。待ち合わせ場所は河川敷の土手の上にある自販機のところ。時間は夜の8時だった。


約束の時間の少し前に家を出た。西日がすっかり沈み、辺りは薄暗くなっていた。西八丁目階段に着くと、街灯が一つだけ点いていたが、その明かりは階段の途中までしか届かない。階段の下の方は闇に包まれていた。


階段を降り始めると、何となく違和感を覚えた。いつもより段数が多い気がする。数えながら降りていくと、確かに普段より多い。80段、90段…100段を超えても階段は続いていた。おかしいと思いながらも、もう引き返すのも面倒で、そのまま降り続けた。


ようやく階段が終わり、河川敷に出た時には、すでに辺りは真っ暗になっていた。河川敷の遊歩道には街灯がなく、月明かりだけが頼りだ。待ち合わせ場所まではまだ少し距離がある。


歩き始めて5分ほど経った時、不意に背後から足音が聞こえてきた。誰かが私の後をついてくるような、重い足音だ。振り返ったが、闇の中に人影は見えない。気のせいだと思い、再び歩き出した。


しかし足音はやはり続いている。それどころか、徐々に近づいてきているようだ。恐怖を感じ始めた私は、足早に歩き出した。すると後ろの足音も速くなる。


私は走り出した。後ろの足音も走り出した。全力で走っていると、前方に街灯の明かりが見えてきた。待ち合わせ場所の自販機だ。


「誰か来た?」と友人の声が聞こえた。彼は自販機の明かりの中に立っていた。


「ちょっと待って」と私は息を切らしながら振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。


友人に事情を説明すると、彼は「幽霊でも見たんじゃないの?」と笑った。


その夜はそれ以上何事もなく過ぎた。友人と別れた後、私は来た道とは別の階段(東七丁目階段)から帰ることにした。


翌日、昼間に気になって西八丁目階段を見に行った。階段を数えてみると、正確に58段だった。昨夜感じた異常な段数は何だったのか。帰りがけに近くの公園のベンチに座っていると、年配の男性が隣に座った。


地元の話をしていると、男性は西八丁目階段について語り始めた。


「あそこはね、昔から変な話があるんだよ。夜に階段を数えると増えることがあるって。それと、階段の数が123段になった時は要注意だ」


「なぜですか?」と尋ねると、男性は少し声を落として話し始めた。


「23年前、あの階段で連続転落事故があったんだ。一週間で3人が夜、階段から転落して亡くなった。みんな若い男性だった。警察は事故として処理したが、不審な点もあったらしい」


「どんな不審な点ですか?」


「3人とも転落した場所が全く同じ。階段の8番目と9番目の間だった。そして3人の遺体には、同じような痣があったという。まるで誰かに背中を押されたような」


その話を聞いて、昨夜の足音を思い出した。


その後、興味本位で地元の図書館で古い新聞を調べてみた。確かに23年前の8月23日から29日の間に、3件の転落事故が報じられていた。犠牲者の名前は伏せられていたが、年齢はそれぞれ18歳、19歳、20歳の男性だった。


さらに調べると、最初の犠牲者の葬儀の写真が掲載されていた。写真には遺影と共に、喪服姿の遺族が写っていた。よく見ると、遺影の若者の横に立つ中年男性が黒いスーツを着ており、ネームプレートには「黒須」と書かれているのが読み取れた。


その夏休みの間、私は二度と夜に西八丁目階段を使うことはなかった。しかし帰省最終日の夜、東京に戻る前に河川敷を最後に見ておきたくなった。


日が沈み始めた頃、私は河川敷の土手の上に立っていた。西八丁目階段を見下ろすと、一人の男性が階段を上ってくるのが見えた。黒いスーツを着ている。


男性が近づいてくるにつれ、私は違和感を覚えた。彼の動きがどこかぎこちないのだ。階段を一段ずつ、やけに慎重に上ってくる。


男性が階段を上り切り、私の前を通り過ぎようとした時、彼は一瞬立ち止まった。そして振り返り、私を見た。


彼の顔には表情がなかった。そして、背中に大きな濡れたシミがあることに気がついた。彼の足元から水滴が落ち、地面に小さな水たまりを作っている。


「気をつけて」と男性は言った。「階段は数えないほうがいい」


そう言うと、彼はゆっくりと歩き去った。後を追おうとした時、私の足元で何かが光った。かがんで拾ってみると、それは古い腕時計だった。裏側には「黒須拓也 記念」と刻まれていた。


次の日、私はその腕時計を警察に届けた。交番の警官に拾った場所と状況を説明すると、警官は奇妙な表情をした。


「西八丁目階段ですか…」と警官は言った。「あの辺りは気をつけた方がいいですよ。特に、8月23日が近づくと」


それから数年後、私は仕事の関係でその町に戻ることになった。以前の記憶が蘇り、西八丁目階段を見に行くと、そこは立入禁止のテープで封鎖されていた。地元の人に聞くと、先月、若い男性が夜に階段から転落して亡くなったという。日付は8月23日、時刻は午後8時23分だった。


そして、その男性が転落した場所は、階段の8番目と9番目の間だったという。

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