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第1話 迷いの通路

これは私が3年前、出張で東京に行った時の話である。予算の都合でカプセルホテルに泊まることになった。都内の繁華街から少し離れた場所にあるそのホテルは、古いビルの5階から7階を使用していた。


チェックインは夜の10時頃。フロントで手続きを済ませ、6階の男性専用フロアへと向かう。エレベーターを降りると、狭い通路が目の前に広がっていた。壁には薄暗い間接照明が施され、両側にカプセルユニットが並んでいる。


私のカプセルは623番。通路の奥、突き当たりを右に曲がった場所だった。荷物を持って進んでいると、通路の角から誰かが出てくるのが見えた。黒いスーツを着た男性のようだ。しかし、その男性は私と目が合うと、急に引き返してしまった。


「すみません」と声をかけたが返事はない。


カプセルに到着し、荷物を収納して仮眠をとることにした。時計は午前0時を回っていた。


夜中の2時頃、トイレに行きたくなり目が覚めた。カプセルから出て通路へ。この時間になると、照明はさらに落とされ、ほとんど暗闇に近い。通路の端にあるトイレへと向かった。


用を済ませ、手を洗っていた時のことだ。洗面台の鏡に映った自分の背後、トイレの入口付近に人影が立っているのが見えた。黒いスーツの男だ。しかし振り返ると、そこには誰もいなかった。


「疲れているんだな」と自分に言い聞かせ、カプセルへ戻ることにした。通路を歩いていると、どこからともなく「カツカツ」という靴音が聞こえてくる。しかし周囲には誰もいない。


自分のカプセル付近まで来たとき、奇妙なことに気がついた。私のカプセルがあるはずの623番の場所に、別のカプセルが見える。番号を確認すると「823」と書かれている。


「階を間違えたのか」と思ったが、確かに6階のはずだ。混乱して通路を引き返すと、先ほど曲がってきたはずの角がない。まっすぐな通路が続いている。


パニックになりかけた時、後ろから声がした。


「お客さん、大丈夫ですか?」


振り返ると、黒いスーツを着た男性が立っていた。しかし、その顔は...なかった。顔があるべき場所が、まるで黒い穴のように見える。


恐怖で動けなくなった私の前で、その男性はゆっくりと腕を上げた。指さす先を見ると、「623」と書かれた私のカプセルがあった。


「あなたのカプセルはここですよ」


その声は、どこか反響するような不自然さがあった。


気がつくと私は自分のカプセルの中で目を覚ましていた。時計は朝の7時を指している。「夢だったのか」と安堵しながらチェックアウトの準備をした。


フロントで鍵を返す際、何気なく尋ねた。


「このホテル、8階もありますか?」


フロント係は首を傾げた。


「いいえ、当ホテルは7階までです。なぜですか?」


「いえ、何となく」


それから数日後、会社で出張の経費精算をしていると、領収書の宛名に気がついた。「カプセルホテル○○7階フロント」と書かれている。私が泊まったのは6階のはずだ。


さらに不思議なことに、領収書の宿泊者名に記されていた名前。それは私の名前ではなく、「黒須」という知らない人物の名前だった。

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