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Day-ある少年のはなし-

―――退屈だ。

口に出してそう言ったのか、心の中で呟いたのかは分からなかった。

とにかく言えることは『退屈』、ただそれだけだった。


容姿は並、高く見積もっても上の下に届くかどうかは分からない顔。

背丈は男子高校生なら平均的な170センチ前後。中肉中背で薄く筋肉が付いている程度の体。

成績もこれといって悪い訳でもないが、かといってずば抜けて良い訳でもない。

友人関係も普段会話をしたり休日に遊んだりする様な友人は居ても、親友と呼べる様な友人が居るわけでもない。


『自分』という存在を一言で表すなら、俺には『平凡』がピッタリだろう。


そんな事をだらだらと考えながら、学校帰りに何となしに行った繁華街を行く当ても無くうろついていた。

辺りはもう少しで夜も迫ろうかという夕暮れ時、街も賑わいを見せ始める。

そんな街の様子とは裏腹に、一人の男子高校生が退屈そうに街をぶらついている。

そう思うと途端に自分が虚しい人間の様に思えてきて、ため息が出そうになった。


森崎透(もりさきとおる)。それが『平凡』な自分の名前だ。

退屈さを紛らわせるために繁華街に出向いてみたり、俗に不良と呼ばれる者たちの溜まり場の近くにまでも行ってみたりはするものの、自分からは決して厄介事には首を突っ込むことはしない。

何か普遍的な己の日常を打ち破るような出来事を軽く望んでみたりすることもある。

けれどもそれが本当に起こって欲しいとは思わない。

自分が何か被害を被るのが嫌だからだ。


結局は、何も変わらない。

いつもそうだった。常に受動的で流されるがままに生きて来た自分にとっては、

何か行動の指針になるような目標や意志がなかった。

友人や同級生を見ていると、ある者は部活に、またある者は勉強にと、皆何かしら夢中になるものが有るように見える。

対して自分は、熱しやすく冷めやすい性格も影響してか全てに於いて滅多に長続きはせず、

それでもこのままではいけないという焦りのようななんとも言えない感情に押されて、

部活に入ってみたものの半年も持たずに辞めてしまった。

このままではいけないという自分もいれば、現状を変えようとすることを面倒臭く感じてしまっている自分が常にいた。



それでもこうしてまた繁華街をぶらついているのは、心の何処かで変化を求めているからなのか。

自分が何を考えているのか時々分からなくなる。

ああ、ダメだ。また思考が鬱になってきた。少し周りの風景でも眺めて気分を紛らわそう。


そう思い、透は今まで宙を彷徨わせていた目線を周りの風景に戻した。

考え事をしていたせいか、気が付かない内にちょっとした裏路地の入口まで来てしまっていた。




―――――都内某所、PM17:57―――――




―――――――こんなところに裏路地なんてあったっけ。


いや、実際には何度も前を通り過ぎていたはずだ。

なのに何故か初めてこの場所を訪れた様な錯覚を覚えた。

初めて訪れた場所なのに今までに行ったことがある様な体験の事を『デジャヴ』と呼ぶらしいが、逆はどうなのだろう。


辺りは水を打った様な静けさに包まれており、何となく気味が悪い。

目の前に長く伸びている路地は建物に光を遮られており全体的に薄暗く、先が見えない。

普段見慣れた裏路地のはずなのに妙な違和感を感じる。

その違和感の原因を少しでも探ろうと、透は目の前に続く路地の方へ目をやった。


「何だ、これ。」


静寂を打ち破ろうとわざと声に出して言ってみたが、それに答える者は誰も居なかった。

路地の入口には恐らくビジネスマンがよく持っている様なシルバーのアタッシュケースが無造作に置かれていた。

当然、辺りにはそのアタッシュケースの持ち主の姿は見られない。


―――――開けてみようか。


好奇心がじわじわと己の体を支配していく様な妙な感覚がした。

街の華やかな明かりを受けて光る“それ”が無性に透の好奇心を煽る。

幸いなことに裏路地の周辺には人っ子一人いない。

透は辺りをぐるっと見回すと、何かを決めた様にそのアタッシュケースに近づいて行った。




彼はそのアタッシュケースに鍵がかかっていることは考えなかったのであろうか。

それから中に例えば時限爆弾が入っていたり、何百万もの大金が入っていたりするような高校生ならば考えてもおかしくない、夢のある非現実的な事を考えたりはしなかったのだろうか。

日の暮れ始めた繁華街にましてや薄暗い裏路地に、これ見よがしに置いてあるアタッシュケース等普通の人間なら不審に思うのが当然である。


けれども、その時は、ただ純粋に、本当に純粋に、『開けたかった』のだ。

その時は『開ける』事で、いつもの様に何か変化を求めたり、平凡な日常からの脱却を図ろうとしたわけでは無かった。目の前にあるそのアタッシュケースを好奇心に突き動かされるがままに、『開け』ようとしただけである。


本当に、ただそれだけだった。


そうして透はそのアタッシュケースを開けようとして近づき、そして――――――






歯車は噛み合う。偶然は重なり、限りなく必然に近づく。

けれど所詮は偶然。偶然が必然に成り得る事は万に一つ、決して無い。

偶然が必然に成り替わる時、もうそれは『偶然』では無くなる。

偶然は偶然であるからこそ『偶然』なのであり、必然もまた然りである。



つまり、この平凡な少年に起こる事となる出来事も偶然だった。







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