大切なお嬢様が無碍に扱われたなら全力で蹴り飛ばす
「サファイア」
赤色の髪の男からそう愛おしげに名前を呼ばれたその人は、淡いブルーの長い髪と煌びやかなドレス靡かせて嬉しそうに振り向き微笑むと、躊躇いなくその人の胸へと飛び込んだ。
「お会いしたかったですわ。スカラー様」
「僕もだよ、サファイア」
その王家の庭園でまるで2人の世界の様に微笑み合うと、じゃれ合うかの様に手を取り指を結び、また嬉しそうに目を合わせて微笑む2人。
そしてそれを見つめるのはその彼の婚約者である公爵家の愛娘、マリーゴールド。
美しい手を振るわせ……いや、金色の髪までうっすらと揺れるほどに全身を震わせながら涙を浮かべ、目の前の光景が信じられないとばかりに、小さく首を振り一歩下がったところで枝を踏み音を立ててしまうと2人が振り向く。
「マリーゴールド……俺を見張っていたのか?」
「いえ……わたくしはそのようなつもりでは……、ただ、スカラー殿下がお帰りになったと聞いて……」
顔面蒼白の婚約者を前に、この国の第一王子であるスカラーは髪をかきあげ面倒くさそうにため息を吐いた。
「だからと言って王家の庭に勝手に入ったと?」
「わ、わたくしはただご挨拶をと」
「不要だと伝えておいただろう」
「それでも……っ」
「帰れ!」
「………っ!!!」
強く言われたマリーゴールドは、ショックのあまり唇に手を当ててそれ以上何も言えないと、その大きな美しい翡翠色をした双眼からポロポロと涙をこぼしていても、その相手のスカラーは視線をサファイアと呼ばれた女性へと戻し、
「婚約は持続し結婚はしてやるが、その後はこのサファイアを側室に迎えるが問題ないな」
普通ではあり得ないその発言にマリーゴールドは青くなった顔が更に倒れてしまうのではないかと思うほどに蒼白へと変わると、やはり足の力まで抜けたのかグラリと身体が揺らめく。
「って問題無いわけないだろ!!こっっっのバカ兄貴がぁぁぁぁーーーー!!!!」
堪忍袋の尾が切れたと、あたしは休んでいた木の上から飛び降りると同時にその端正だと呼ばれるスカラー兄貴の顔面に踏み込む様に蹴りを入れる。
「なっ!!!」
兄貴が倒れるのをサファイアが支えたようだが、自分より身の丈の大きいヤツが倒れる勢いは止められず、2人でその場へと倒れ込む。
「なっ……! ロキシー!!この愚妹が!!!そんな格好でまたサボってたのか!!」
「サボってねぇわ!!お前よりもやっとるわぁ!!」
とはいえそんな格好と言われるのも無理はない。王家の第二子で長女である私の格好は騎士の服を着て、女の命と呼ばれる髪は兄や弟に比べても鮮血の様に赤くそれを乱雑に一つに纏め、更にそこには木の上にいたせいだけでなく先程まで受けていた訓練のこともあり草の葉っぱや砂埃も紛れている。
「その口の聞き方もなんとかしろ!」
「兄貴こそ女口説く為に口磨くより外交に向けての口磨け!!」
「お前に言われる筋合いはない!!」
今回兄貴が出ていたことも、外交にいく王である父に付いて行ったはいいが、大したこともせずに歩き回っていたと……あぁもうそんなことはどうでもいいや。
「で、婚約者にクソみたいなこと平気で言うクソ兄貴は、そのク……いや、流石に失礼か。そこのレディを側室に迎えるって?」
「聞いてたのか」
「だってさ父上」
私の言葉に今度は兄貴が顔を青くすると、兄貴の背後から父である現王が姿を現す。
「……馬鹿なことを。この国の軍事を取り扱う公爵から預かったマリーゴールド嬢をこのように無碍に扱うなどと……」
「父親同士の取引で俺に愛することもできない女と一生添い遂げろと!?」
その心無い言葉を聞いたマリーゴールドの顔を私は直視できないままに腰にある剣に手をかけた。
「ハハッ!!女だてらに騎士の真似事をしているからと言って、俺に勝てるわけがないだろう!今までだって勝てたことはないしな!!」
「……勝ったら?」
あたしから発する怒気に当てられたのか、兄貴は勝てると思っているにも関わらず、その表情は一瞬歪みながらも見下す様にこちらを向くと、
「お前の言う様に、そのマリーゴールドと一生添い遂げてやろう」
「そんなもん、今更誰も望んじゃいねぇよバーカ」
「口が悪すぎるぞ!!」
「兄貴は……、いやお前は後悔して良い女を逃したと泣いて過ごせ」
「は?どういう……」
その言葉を言い終わらせぬうちに、父が手を挙げた瞬間に兄貴も手を剣にかけたが、あたしの太刀が届く方が早かった。
とはいえ流石に切るわけにはいかないと柄に入ったままその腹へと一発ぶち込めば、兄貴はまるで速すぎて何が起きたかわからないと膝をつきながらその視線は痛む腹とあたしを往復する。
「なっ……」
「そりゃぁ、剣技だけでは力で勝てないけどね。魔力との相乗効果はあたしの方が上だった」
「そんなもの……いままで……」
「言わないさ」
「何故……」
「兄貴だから」
その言葉の意味はそのまま。第一王位継承権がある兄貴が実力で妹に負けたとなっては面目が立たない。だから隠したし、負け続けていた。
「でももういい。あたしはマリーゴールドの幸せを願う。同じ女だからじゃない。お前と違って王政に向けて努力を重ね続けてきた彼女を、親の縁だけだなんて抜かしたお前になんかやらない」
「なら……お前が嫁にでも迎えると?女のくせに」
「だから兄貴は馬鹿だっつっとんだわ。うちに王子は他にもいるさ」
そう言って兄貴の前から一歩横へと退いてやれば、マリーゴールドの横には弟のアレクが支える様に立っている。
「はっ!王家のものなら結局誰でもいいのか!この売女ぐわっ!!」
「喧しい」
腹立ってその顔に蹴りを喰らわせれば、サファイアはどうしたらいいのかと左右を見渡すばかりで助けることもしないと呆れた視線を一瞬向けて、私は父王へと向かい跪く。
「私、ロキシネ・リル・ガラルトワ第一王女は、この国の為、王位継承権をお受けする決意をいたしました」
「うむ」
父王の頷きに兄貴の驚きの声が重なったが、改めてあたしは彼の前へと行き、
「王も、あたしも弟も、ずっと兄貴が立派になると……いや、そう変わってくれると信じてきた。しかし今回の件でなんも解っちゃいないとよぉぉぉ〜〜〜く、わかった。この国はあたしに任せろ」
「お、女の王など……!」
「最近はいなかったけど、この国では何度も女王が君臨したこともある。それに、あたしが絶対に女王になるとは思ってない」
「なら、誰が……やはり俺か!?」
まだアホなことを抜かすその顔に、あたしは満面の笑みを向けてあげると、
「この国の情勢、政治、外交、そして幼い頃から戦術まで学んでいた女神が微笑んでくれたその人がきっとなれるのさ」
そう言って視線を動かせば、兄貴の視線もつられるようにそちらへ迎えば、そこにはまだショックから立ち直りきれていない様子のマリーゴールドの横には……。
「ま……まさか」
まだ幼いと思って油断していたであろう弟の姿を見て、顔を青くする兄貴に父王も近づき言葉を発する。
「お前はこんなにも時世を見せてきて未だ気付かぬとは。彼女の一家の采配があるからこそ、我が国が今がある」
「だ、だからといって娘1人に……!」
それ以上は言わせんとの父王の視線に兄貴は言葉を止めると唇を振るわせた。
あたしからはもうこれ以上言うことは無いと、マリーゴールドへと駆け寄り、素直な気持ちだと首を垂れる。
「兄がこれまで不敬を働いていたこと深くお詫びいたします」
「いえっ、ロキシネ様がお詫びする様なことじゃ……」
「それじゃ、マリーはあたしとこの先も遊んでくれますか?」
幼き頃からの付き合いはあたしもだと聞けば、マリーゴールドは一度弟のアレクを見ると、彼も「僕もお願いしたい」と、そうはにかむように告げれば、マリーの顔色は少しずつ赤みを取り戻していくと、幼い頃と同じ様に「うんっ」と少し涙を浮かべながら嬉しそうに笑ってくれた。
「これからも宜しくね。マリー」
跪きその手の甲へとキスを落とすと恥ずかしそうに笑うその顔は、一般的には美人と称されているはずなのに、とても可愛らしくてあたしもつられて笑ってしまう。
「僕も改めて宜しくお願いします」
「はい」
そう言って照れ臭そうに笑う弟は、幼い頃からこの兄貴の婚約者に恋していたが、王家の内で不祥事は悪しきことだと抑えていたのが、きっともうこの先は抑えきれなくなるんじゃないかと、そのまだ少しだけ幼さの見えるその笑顔は、ここから大人の顔へと一気に成長していく気がした。
「マリーに耐えられるかなぁ?」
「何がかしら?」
愛を追うことも出来ず一途に歩んできたその彼女は、これから来るであろう愛の言動に耐えられるかとあたしは無粋なことは言わずに目を細めて笑う。
「待てっっ!俺のことを忘れてないか!?」
そんな兄の声にあたし達は振り向き、
「「今まで充分に猶予は与えていたからな」」
その弟妹からの淡々とした声に言葉を無くした兄は、ひとまず部外者の女性を正式な許可なく王邸へと招き入れた罪だと警備兵と共にこの場を去った。
「マリーゴールド。あの愚息との縁は申し訳ない。だが引き続き我が王家と君の家は良き仲でゆきたい。かまわんな」
「身に余る光栄でございます」
マリーゴールドは父の声に頭を下げれば、父王も柔らかい笑みを浮かべる。
「ワシがもっと若ければ、マリーゴールドを正妻に迎えたのだかなぁ」
「ちっ、父上!!それはなりません!!マリーゴールド嬢はもう今度こそ僕の妻にさせて頂きたく……!!」
父の軽口に慌てる様に言ったアレクだが、自分が何を口走ったのかを気付いたようで、マリーに視線を向けるとその頬を真っ赤に染めていく。
そしてそれを見たマリーも、その真意を理解したのか目を見開くとその頬に手を当ててると朱色へと染まった。
「もう少し先かと思ったけど、マリーは覚悟した方がいいみたい」
「え、待って。わたくし、何も……」
「気付かなかったけど、もう気付いちゃったんでしょ?」
その小さかった弟のような存在はマリーよりも背が伸びて、倒れそうなその身を支えられるほどに成長したこと。
「頑張ってね」
「ま、待ってちょうだい」
「ごめんね。あたし訓練途中だからまた戻るわ!!」
走り出すあたしにそれ以上声がかけられなかったらしいマリーは改めてアレクを見上げれば、それは優しく愛おしいものを見る瞳。
「さぁってワシも帰るかな」
父王の声に2人が頭を下げて、そしてまた少しすれば甘酸っぱい時間が始まるのだろう。
「お幸せに」
さっき宣言はしたものの王位をこのまま継ぐよりもあの2人に任せた方が良さそうだと、きっと父王ならばわかっているだろうと確認もせずに走り出し、それなら兄貴が王位を継ぐより自由が出来そうだと、あたしはニヤリと笑って全力で駆け出した。
……ーーーそしてその数年後、その国には鬼神の如く戦場を速く駆け回る、そんな女騎士が国土を広げ、しかし立派な王と王妃が確固たる地盤と、民のことを考えた政治、そんな皆が笑顔溢れる大国へ広がっていったことは、また機会があればまたいつか語るかもしれないね。
お読み頂きありがとうございました!
久々の短編。スカッと✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。したい小説と思うとついつい元気な子が暴れてしまいますww
また新作や色々な作品も続き書いたりとしていきたいと思ってます。
是非是非またご覧下さいませ!
ありがとうございました!
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