BF4.愛の為の偽り
果たして、旧友と出会ったのは何年ぶりになるだろう。
休憩がてらにお茶をご馳走されたソルフ=セイプは、熊のような体躯の旧友を見つめて考える。今回の仕事さえ、ゼッドに伝えたのは電話に出た受付の女性だろう。
ゼッド=エルセント(Zed=Elsen)は、大柄な体躯の通り豪快で豪気な男である。一見、不器用に見えて器用な彼に、ソルフは軍部に所属していた頃よりも前から世話になっている。出会いは学生の頃、普通の出会いをして普通の友人として過ごした。
「しかし、難儀なものだな」
考え事をしていると、唐突にゼッドが話しかけてくる。
「あん?」
間の抜けた生返事。
ゼッドは、休憩室の窓から見えるキャットウォークを顎で指す。ちょうど、黒いアンダースーツを着たウィンディと、ゼッドの娘――ローナ=エルセントが歩いているところだ。
しかし、二人を示されただけでは何が言いたいのか分からない。
「蛙の子は蛙、ってことだよ」
悩みあぐねるソルフに、ゼッドの呆れた答えが返ってくる。話半分に聞いていただけなので、ソルフはゼッドの発した言葉の意味について頭の中で辞書を引きする。
ようやくゼッドの意図を察し、
「あぁ……」
と声を漏らした。
ゼッドの言い分はやや的外れではあるものの、大よそのところは同じだった。ウィンディやローナが軍事育成学校に通うことを決めたのも、親である二人を見てきたからなのだろう。そう、ソルフとゼッドも、同じ学校に通っていた。
ゼッドは機工科で、ローナも同じくして機工科。戦武科であるソルフに対しては、ウィンディが衛生科に決めたというところが的外れ。
「でも、良かったじゃねぇか。学校で技術さえ身に着けてこれば、女伊達らに馬鹿にされず店の後継ぎが出来るんだぜ」
軍事学校を卒業しながら、軍部に所属せず自営業の工場を持ったゼッド。二人の同級であり紅一点のリロナ(Rirone)=エルセント――旧名はファルクスタ(Falkusta)――と卒業と同時に結婚したのは、ある意味で衝撃的な事実だった。
当然、娘のローナが後継ぎになるのだと思っていたソルフに突きつけられたのは、ゼッドの神妙な表情と暗い声音。
「いや、ローナは工場を継がないと……いーや、継ぐには継ぐが、軍部で遣りたいことを遣ってからにしたいんだとよ」
ローナが何を遣りたいというのか知らないが、娘とて個人の夢がある。ゼッドもそれが分かっている以上、引き止めることはしない。それでも、危険と隣り合わせの軍部に所属することが、不安でしかたないのだろう。
「分からんでもないさ。俺だって、ウィンが軍事学校へ行くと言い出した時、驚きこそすれ心のどこかで納得していた。きっと、母親のことが気に掛かってるんだろうよ」
どうして戦武科ではなく衛生科だったのか、自分と照らし合わせると少しばかり悲しくも思う。決して息子を危険な戦場に出したいという意味ではないが、どちらにせよウィンディには動機があった。
「母親? だが、お前は独身だろ? まてよ、養子を貰うには既婚者だとか色々と法律の問題があったんじゃないか?」
あざとくも、話を脱線させながらゼッドが食いついてくる。
「あぁ……法律で養子に出来なかったところは、上の人たちに口を利いて貰ったのさ。俺としては破格の条件で、ね。母親ってのは――話しただろ? ウィンの生い立ちに関しては」
久しくゼッドと口を利いたのはS.Aの注文をした一月前のことだが、愛機の修理などを頼んでいた昔の経緯があるため、ウィンディの生い立ちについては話してあった。狼に育てられた少年で、ソルフが養子として引き取ったこと。お人好しと馬鹿にされていたからか、あの時のゼッドは詳しく突っ込んでこなかった。
「き、聞いちゃいるが……。どういうことなのかさっぱりだ」
「詳しく話すと、俺がどうして軍部を抜けたのか、そこからになる」
ゼッドの困惑顔が面白く、ソルフは少し焦らしてやろうと悪戯に笑みを浮かべる。
「俺が、ウィンを引き取る前の作戦で大怪我したのは――見舞いに来たから分かっているか」
言わずもがな、北方の偵察進軍の途中、ウィンディと狼の屍を見つけた直後のこと。ソルフ率いる『ヴァルケロス』の少数部隊は、敵の巡回に遭遇してしまった。
――どこからか、人の声が聞こえる。
部隊の仲間ではなく、針葉樹林の合間から敵意の入り混じった声が。
「そこに居るのは誰だッ? 東方軍の奴らだな! 敵だ。敵を見つけたぞッ!」
舞い落ちる白い細粒に吸い込まれることなく、ソルフ達の鼓膜を震えさせる西方軍の怒声。狼に抱きかかえられた子供に呆気に取られながらも、訓練された隊員達はすぐさま臨戦態勢にはいった。
偵察を目的としていたために、必要最低限の装備しか持ってこなかったソルフ達は、凍えた体でどれだけ抵抗できるか分からない状態だ。各々が銃火器を取り出し、針葉樹林に向けて銃爪を引いた。ことごとく樹木を削り取っていく銃弾は、虚しく虚空へ飛び去っていく。
そこで、予期せぬ事態が起こる。
銃声に、狼の子供が目を覚ましてしまったのだ。
母狼を喪って、ろくに食べることも出来なかった少年は衰弱していた。もしかしたら、母狼が死んだことを理解できず、食糧を得ることもせず傍に付き添っていたのかもしれない。
それでも、少年を何かが奮い立たせる。母狼を殺した者を、匂いや野生の勘が告げたのだろう。牙を剥き出しにして、弱々しくも精一杯に唸り声を上げる少年。ソルフ達が気づいた時には、既に少年は白い大地を蹴っていた。まともに歩くことさえ困難な雪上で、少年はそれを意ともせず樹木の間を縫うようにすり抜けて行く。
「なッ。こいつ、まだ生きてやがったのかッ?」
巡回の兵士と少年に確執があるらしく、巡回兵が狼狽する。銃口を少年に向けるも、前屈みに駆ける少年に銃弾は命中しない。一発、二発、三発と銃弾は雪の上にクレーターを作り、姿を消す。
巡回兵の拳銃が不満気な接触音を立てる頃、少年は既に間合いに踏み込み跳躍していた。慌てて弾倉を交換する巡回兵に、少年が飛び掛る。が、痩せ細った十歳ほどの少年では、屈強な兵士を押し倒すほどの力などなかった。
「離せッ!」
巡回兵に振り払われた少年は一メートルほどのところに転がる。そして、弾倉を交換し終えた巡回兵が拳銃を少年に向けた。
そのときだ。ソルフが、少年に覆い被さるよう銃弾の射線上に身を投げ出したのは。どうして見知らずの少年を助けようなどと考えたのか、自分に理由を問うてもわからない。条件反射に近かったとは言え、S.Aの装甲が巡回兵の放った銃弾を防いでくれると判断したのは確かだ。
しかし、まさか銃弾が背中のメインボックスを貫き、内部の配電盤を傷つけたのはソルフも想定外だったに違いない。S.Aの機工が収束されたメインボックスを攻撃される――背後を取られるというのは、S.A.Mとしては最悪の失敗であろう。
そしてまた、コンデンサの破損と言う自体を招き、高圧電圧の放電によって己の身を焼いたのは不幸としか言いようがなかった。
「ぐあああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァ――ッ」
白銀の大地に吸い込まれることのない、ソルフの絶叫が北方の雪原に木霊する。
通常のスタンガンなど比にならぬ電圧を浴びたソルフは、病院で目を覚ますまでその間のことは覚えていなかった。
ただそこで告げられたのは、少年を軍部が孤児として施設に預けること。ソルフと一緒に浴びた電圧によって、少年の記憶が三歳前後にまで逆行してしまったこと。そして、ソルフが負った重度の火傷は、彼の軍務に差し支えが出るという事実上の引退通告だった。
ソルフは引退と同時に少年を引き取り、破格の退職金を得て隠遁生活を決めた。これらが、ソルフの語る昔話。
――これまでの経緯をゼッドに語り終え、ソルフは軽く息を吐く。
「と、まあ、色々とあったわけだ。ウィンディを引き取ったのも、施設で閉鎖的な暮らしを送るよりマシだと思ったからだよ。あいつは、三歳までの母親と狼の母親を混同して覚えちまって、自分の育ての親が軍人で戦死したと思い込んでるんだ。今更、狼が母親でした、なんてカミングアウトできるわけねぇよな。どれも、これも、全部俺の責任だから仕方ねぇけど」
自戒を口にするソルフを、ゼッドは呆れたように見据える。
「前々からずっと思っていたが、お前は一人でたくさんのものを背負いすぎる。人に押し付けることができないところは、お人好しのお前らしいと言えばそうなんだが……背負ったものを降ろすことも大事だと思うぞ?」
自分のことを良く知っている旧友に図星を突かれ、ソルフは苦笑を浮かべた。まだ誤魔化しを含んでいることを見破られては、昔から成長していないことを嫌でも思い知らされるのだ。
「養子だってことは分かってるんだから、出生の秘密ぐらい教えてやれ。少し酷だとは思うが、軍人になって何も知らずに命を落とすよりは良い」
ゼッドの意見も尤もだが、ソルフにはそれができなかった。
子供を育ててみると良くわかる。子供一人というのが、幾多もの戦場を駆け抜けることよりも難しく、そして何よりも恐ろしいということが。それは、何の装備も持たず身一つで戦場に赴くような、未知と混沌に満たされた不定形の世界。気づけば我が子と歩んできた日々が無に帰すような気がして、蓋を開けてみれば何てことも無い。また逆も然り、という出来事に直面しかけたこともある。
そんな恐怖に打ちひしがれるソルフの気持ちを汲んだのか、ゼッドが肩に手を置いて諭してくれる。
「怖いのは分かる。本当のことを伝えて、息子がお前をどう思うのかなんて誰にもわからねぇ。俺も娘を一人、育てた身だ。いつどこの馬の骨とも知らねぇ輩について行っちまうのか、不安で仕方ないさ。でもよ、子供だっていつまでも親の手元に居るわけでもないし、居たいわけでもないだろ。いつか出て行くなら、その日までに遣るべきことを遣っておかないといけないのは、親の責任ってやつだ」
「確かに、その通りだ……。しかし、お前ってこんなに御託を並べるような奴だったか?」
「人は変わるものさ。十数年もてんやわんやしてたら、嫌でも考え方を変えなくちゃいけねぇ時がくる。だろ?」
「そんなものかねぇ? 根本的な性格は変わっちゃいないみたいだがな」
「るっせぇッ。お前は変わらなさ過ぎるんだよ。良いか、ちゃんとテメェのガキに本当のことを教えてやれ。ほら、噂をすれば何とやら、だ。最愛の息子の晴れ着姿が見られるぜ」
ゼッドの説教が終わるか否かというところで、S.Aを着付けたウィンディが控え室にやってくる。控え室に入ってきて、顔を赤らめながらソルフに問う。
「ど、どうかな……?」
~~なぜそれ羊狼ラジオコーナー~~
「はい、またしても遣って来たラジオコーナーの時間です。司会者こと、作者のヒスイでございます」
「どうも、ゲストにお呼ばれしたローナで~す」
「さてさて、早速始めていきたいところですが、残念ながら質問等はございません」
「え、質問もないのに始めちゃったんですか?」
「そうなんだよねぇ。なんたって、この作者は宣伝って奴が嫌いで、他の作者さんの小説を読んで、感想を書いても自分の小説を宣伝しないんですよ」
「困った性格ですね……。だから閲覧者数が増えないわけですか。正直、一日の訪問者が20人あれば僥倖ってレベルですよ」
「しかも、新しい小説のプロットを考えていて、更新も遅いという状況」
「でも、書き溜めてあるんでしょ? 確か、BF8ぐらいまでは書いてあるとか」
「決してタイピングが遅いわけではなく、自堕落に気侭な速度で書いている所為だね。しかも、ニコニコ動画で『手書き東方シリーズ』に嵌って最近は執筆も……」
「おっと、この辺りで時間も来ましたので、失礼させていただきます」
「え、ちょっ、あたいってば最強ね!」
「どこの⑨ですか……?」