SP1.羊の鎧は誰がために(前編)
最初、私の父――ゼッド=エルセントからその話を聞いたのは、東方国家最高峰の軍事育成学校に入学する一月ほど前だった。
多忙な母――リロナ=エルセントに代わり、家事をこなしつつ自営業である機工屋『レッド・カウ』の仕事を手伝っていたときのことだ。軍事学校の機工科に入学が決まり、心の底から歓喜していた私に一つの仕事が舞い込んだのである。
ゼッドが親友と称する人物。名をソルフ=セイプというのだが、彼の伝説は下町の機工屋にさえ轟いていた。そんな人物が、オーダー・メイドでS.Aを注文してきたのだから、私ことローナ=エルセントはこれまでにない狂喜を覚える。
垂涎。まさに垂涎の出来事であり、他の仕事など後回しにしてでもそのS.A製作に着手した。
ただ、疑問も残る。
ソルフという伝説のS.A.Mは既に軍隊を退役しており、歴史の中でも知る人ぞ知る人物になっていた。故に、なぜ隠遁生活を送る戦士が、S.Aの製作を注文したのか。
「息子が軍人を目指すから、特別に見繕ってくれ、ってさ」
ゼッドに疑問をぶつけたところ、返ってきたのはあっさりとした単純な答え。
決して不服と言うわけではないにしろ、伝説本人のS.Aでなかったことに些かの落胆を覚える。
しかし、仕事は仕事。下町の技術者とは言え、プロを目指す以上は何事も本気で取り組む。それが私の信念でもあった。
ソルフの息子なる人物の、全身のデータを元に一から設計図を引く。
まあ、設計図はまだ私には早く、ゼッドが数日の徹夜を通して完成させた。
私は設計図に沿って、機工屋の従業員と共に簡易骨格の製作に入る。まず、材質は私と同じ年――十五歳の少年が扱う上で体の負担にならない重量のもの。そして耐酸性および耐蝕性があって錆に強いステンレス鋼を使用する。
内径一.五センチ、厚さ三ミリのパイプ状のステンレス鋼で装着者の体より一回り大きく簡易骨格を形成する。
「背骨は細かく分けろ。柔軟さが大事だからな」
ゼッドの指示に従い、各部位に二本ずつの骨格を組み立てる。まあ、全身を鉄パイプで当て木したような感じになる。
それからの仕事は急ピッチで一月の作業をしても、ギリギリに近いものだった。
そして、受け渡し当日。
詳しい話こそ割愛するが、私は意外にも学校の入学式の日に買い取り手の少年と出会っていた。
そんなこといざ知らず、当日ギリギリで最後の仕上げに移ろうとしていた時、私は形容のし難い疑念に囚われる。なにせ、軍人を目指す人間が装着するにしては、どうしても装甲の面積が小さかったからである。
「ねぇ、確かに色合い的には少なめが良いけど、これじゃぁ危ないよ」
自分用のS.Aでさえ全身に超々ジュラルミンの装甲を取り付けているというのに、このパールホワイトのS.Aは機能性のみを重視した鎧だ。
私の指摘に、ゼッドは苦い顔をする。
「分かっちゃいるんだが、この小僧じゃ急所を守るのに必要最低限がこれなんだよ」
「……うぅ~ん、せめてもう少しだけ機動力を上げられたら、この面積でも対銃火器の回避性能を引き出せるんだけど」
骨格を繋ぐギア。筋肉の代わりを担う油圧式シリンダー。どれをとっても、性能の限界まで考えて接合されている。
十五歳の小娘が分かりきったような口を利いているが、その機能性を最大限に導き指す天性の才というものを、父親や母親から受け継いでいるのが私なのだ。
「一応、それが可能なシステムがある――」
「――ほ、本当ッ? それなら、それを使えば良いじゃない!」
「い、いや、しかし……、あれはできることなら使いたくないんだ。不完全に近い、完成されたシステムでな」
そんなシステムがあるのなら、なにを躊躇うことがある。
確かに、ゼッドは賭けだとか偶然なんて言葉を嫌う現実主義の頑固者。しかし、人の命には代えられないはず。
だから、私は一つの約束を取り付けた。
「もし、操作練習で見込みがあると判断できたら、そのシステムを使っても良いよね?」
「……分かった。但し、このデータを上回るデータが取れたら、の話だぞ」
ゼッドは、私の提案を渋々ながら呑んでくれる。たぶん、使いこなせるものではないと高を括ったのだろう。しかも、生きた伝説から算出した能力データまで比較に渡してくる。
そして私は、命の恩人であるウィンディ=セイプと出会った。
練習として、ローナ視点から一人称で書いてみました。さてさて、一人称は苦手なので上手く書けているか心配です。もし、こんな書き方は駄目だ、という一人称マスターを自負する方がいらっしゃれば、ぜひご教授ください。
ちなみに、SPはスペシャルじゃなくてセーフティポイント(安全地帯)の略です。戦場ではなく、番外編としての章分けということで。
まあ、SPでも戦闘がない、ってわけじゃないのであしからず。