BF22.戦いのその後で
医療室のベッドに寝転がった最愛の息子は、濡れタオルで冷して腫れは引いたとしても、まだ小さく腫れ上がっている。思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、ソルフ=セイプはウィンディを見下ろす。
ゼッドから電話が掛かってきて、何事かと急いで駆けつければこの様だ。
この程度の怪我、怪我と言うようなものではない。
「電話、ありがとう。ローナちゃん」
「いえ……。なかなか目を覚まさないので、学校に泊めておくわけにもいきませんから」
セイプは、ウィンディの近況を伝えてくれたローナにお礼を言う。
友達をやっているというのに、ウィンディからちゃんと電話番号を聞いていないローナの間抜けっぷりもまた可笑しい。もちろん、ちゃんと教えておいた。
たぶん、なかなか目を覚まさないのは痛み止めに打った薬の所為だろう。
「う、うぅぅん……。こ、ここは?」
ローナと話している内に、ウィンディが目を覚ました。
「起きたか、ウィン。ここは医療室だ。ずいぶんとやられたようだが、まだ痛むか?」
「うぅん。なんか、顔が痺れてるみたいで、全然分からない」
「そうか。起きれるか? もう夕方の六時だぞ。昼間からそんなに寝てたら、目が腐り落ちちまうぞ」
こんな間抜けな面の息子を見ていると、どうしても昔の自分を思い出してしまう。
「……あッ、えっと、勝負はッ? 勝てたのッ?」
セイプのからかう言葉など聞いていないらしく、飛び起きながらウィンディがローナに問う。
それに答えようとするローナの表情は暗く、目は口ほどのものを言っている。ローナの表情は、嘘でも冗談でもない。
「ごめんね、どうにか私とオスカルさんで二対二に持ち込めたんだけど……。オスカルさんはほとんど動ける状態じゃなくて、私も全然手が出せずに負けちゃいました」
それを聞いて、ウィンディは糸の切れた操り人形のようにベッドへ倒れ込んだ。
目を腕で覆って、小さな嗚咽を漏らす。
気遣いながらも必要だと感じたのか、勝負の状況や結果を逐一伝えて行くローナ。
オスカルが軽い打撲で別の医療室で治療を受けていること。フィルティアが負けたショックで帰ってしまったこと。ウィンディがなかなか起きず、心配してソルフに連絡したこと。
「そうか……負けちゃったのか。お父さん、ごめん」
なぜかウィンディが謝ってくる。
一瞬、どうして自分に謝罪せねばならなかったのかソルフは考えた。そして、ウィンディの勘違いに気付いて、堪えていた笑い声を漏らしてしまう。
「あっはははははははッ。お前、そんなことを気にしてたのか? つくづく頭が良いと思っていたが、意外にウィンも間違えることがあるんだな」
ひとしきり笑った後、呆然とするウィンディの頭を搔き回すように撫でた。
何が、どうして、Bクラスになってしまったことを謝ったのか。それは、単純に『セイプ』という名にプライドを持っていたからだ。確かに何も伝えていなかったのは悪いが、そこまでウィンディがセイプの名を気にしていたのだと分かった。
「なんで、お前がセイプの名前に意固地にならなきゃいけないんだ? 養子だとか、実子だとか、そんなものは関係ないんだぞ? これはお前の人生で、俺の人生じゃない。なのに、お前がAクラスを入れなかったから何なんだ」
頭が良いのに、どこか抜けているお人好しの息子。本当に、どこからどうみても昔の自分だと感じる。
ソルフの父親も軍人で、クラス分け試験の後に同じような会話をしたことを覚えている。確かに、今では生きた伝説とまで言われるような軍人になったものの、事実を言えば軍人に上がるまでは普通の軍事学校生とあまり変わらない実力だった。
「俺が、そんなに学校の成績を取れていたと思ったのか? 言っておくけど、ペーパーテストじゃ学年で真中、クラス分け試験もCクラスだったんだぞ。ローナちゃんは、ゼッドに聞いてたか?」
ソルフが伝説と言われるほどの男だと信じていたウィンディにとって、その告白は間抜けな顔を更に間抜けにするほどのものだったらしい。
「え、やっぱり本当だったんですか、父の言っていたことは? 冗談だと思ってました」
ローナも、どうやらソルフのことを過信していたようだ。
ただし、付け加えると、正確でないにしろ単身で一個大隊を全滅させたという話は事実だ。それでも、ここで話すほど格好の付く話でもない。
学生時代からそれほどの実力があれば、中佐や大佐でさえ夢ではなかったのだ。
「そりゃ、クラスによって習熟度も入隊後の階級も変わってくるけどよ、勉強はやろうと思えばできるだろ? 衛生兵にもなれるし、ウィンの実力なら戦闘部隊でもやっていける。俺ができるのは、ウィンの背中を見守ってやることだけだからよ」
体を起こしたウィンディの隣に座り、二度ほど手の平で軽く頭を叩いてやる。
そう、何があっても守ってやるのが、父親としての使命。
「さぁ~て、帰る準備をしておけ。俺は少し話をつけてくる」
ソルフは、立ち上がるとそれだけを言い残して医療室を出た。ウィンディは何かを言いたそうに手を伸ばすが、今は一人にしてやりたかった。
大切な息子を放ってどこへ行くのか、と問われれば、ある人物の元。
その途中、こちらから赴かずとも目的の人物がこちらに歩いてきた。
「よぉ、コルセン.Jr。元気にしてたか? まぁ、家の息子を叩きのめしてくれたところを見ると、十二分に元気が有り余ってるみたいだが」
その人物は、ラバンス=コルセン(Labnes=Corsene)の息子、リジムだ。
ソルフの揶揄するような言いように、リジムはムッと顔をしかめて見せる。
「何でしょうか、ソルフ少佐殿? 嫌味を言いにきたわけでもありませんよね」
「ふッ。そういうところは、オヤジ殿に似ていないな。『先導者(Cardinant)』の名を継ぐつもりなんだろ? もう少し愛想良くしたらどうだ?」
無垢と言うのが正しいような父親とは似ても似つかない、どこか人を疑って見るリジムに心配さえしてしまう。
ただ、それは杞憂らしく、廊下の向こうから誰かが駆けてくる。
「リジムさん、探しましたよ。知らないうちに部屋を出て行かれたら、心配します」
「……アビーについてやっていろと言っただろ。少し用事があるだけだ」
赤褐色のボブカットを揺らす少女に、リジムは疎ましそうな声を返した。
好かれてはいるようで、他人の父親が心配するようなことでもなかったらしい。
リジムは、少女に先に戻るよう言うと、ソルフに向き直る。その不満そうな表情は、やはり自分の立ち位置を気にしているのだろう。
「俺は認めませんよ――。『ヴァルケロス』が人間を焼き尽くした後、人間を助けようと神々に反旗を翻して立ち上がった『先導者』は、神々の座を追われた。――故に、実力がありながら第三機甲師団に収まっているなんて」
その息子のリジムも、実力がありながら校内の立場が危うくなってくる。
それだけを言い放ってから、リジムはツカツカと革靴を鳴らして歩き去って行く。
「やっぱり、事実を教えられていないのか」
改変された歴史はそのまま子孫達に伝えられ、間違えた知識が人々に定着する。そして、この世界に真偽を求めるための戦いが尽きなくなる。
果たして偽りに塗り固められたこの世界はどうなってしまうのか、それこそ神のみぞ知る、ことだろう。
「もしかしたら、俺達のやっていることこそ間違いなのかもな……」
こうして、一つの戦いが終わった後、ソルフの心には大きな懸念が残った。
ついに、『羊の鎧を着た狼の戦場』第一部が終わりました。長かったようで、短かった半年。少し感慨深いものがありますが、まだまだ続きますよ。
今回はこれにて第一部を完結としますが、第二部も近々更新する予定です。よければそちらもご覧になってください。
第一部はそれほどでもなかったものの、第二部は本当にR-15をつけなきゃいけない内容になっていると思います。えぇ、お亡くなりになる人が一気に膨れ上がります。R-18に指定しなければいけないような描写も間々あります。
そんな殺伐とした物語でよければ、次の機会にお会いしましょう。
P.S:目指せ5万PV&1万ユニーク!