BF19.宿命の敗者
飛ぶ。オスカルの体が、大きく浮き上がって飛ぶ。
ブラックメタルの装甲が陽光を照り返し、宙に華麗な光の花を咲かせて散った。
背中から着地し、そこから数回転ほど地面を転がったオスカルは、苦悶の表情を浮かべながら顔を上げて正面を睨み付ける。
「ありえねぇだろうが、馬鹿野郎ッ! 痛ツッッッ……」
人間が、四メートルも五メートルも吹き飛ぶものなのか、にわかに信じがたく毒を吐いた。いや、実際のところ自分が飛んでいるのから、信じるしかあるまい。
「畜生……。こういうのは俺向きじゃねぇんだよ。チッ、俺の二枚目の顔が台無しじゃねぇか」
正面に佇む巨大な円板が憎らしく、どんな言葉を吐き捨てても気が収まらない。
大会のルールとして、貸与された武器以外の物を持ち込むことはできない。が、S.Aに付属している装甲を取り外してはならないルールも記されていない。円板の正体は、両肩の装甲を取り外した一種の盾。それに加え、武器として殴るためにも仕える。
鉄板で殴り飛ばされると、これぐらいの威力にはなるのだろう。いや、まだ鼻から鼻血をたらしているぐらいなら、マシな方なのだと思う。
オスカルの対戦相手はゴールム=ギガント(Goalme=Gigant)。筋肉質の巨体と、強い精神力を持ち合わせる偉丈夫。巨大な盾を使った、攻めと守りが売りの男。
攻め負けていることを除いても、自分とは正反対のものを持つゴールムが疎ましい。
「あぁ、なんとなくフィル嬢の気持ちが分かったよ」
いつも、フィルティアが苛立った表情をする理由を察し、オスカルが独り言を呟く。
しかし、自分に無いものを無理やり得ようなんていうのは、無理というよりも無謀な話。人間には、持ってして生まれた宿命というものがある。
運命とは違い、字の如く宿る命。既に個人が持ち合わせるもので、そればかりは抗っても仕方が無い。
なんて考えてみて、自分はそんなセンシティブな奴だったか、と思案してしまう。
「もう終わりか? ならば、これで――」
「――馬鹿、言って、んじゃ、ねぇよ! 留めも、刺さずに、起き上が、れなくなっ……たら、終わり、ってぇのはなしだろ。俺は、まだ、やれるッ」
もう足腰が立つのもやっとだというのに、オスカルは生まれたての小鹿のように手足を震えさせながら立ち上がる。言葉は途切れ途切れで、微かに頭の中が細波を立てている。
勝負が始まってから、ほんの五分程度でオスカルの戦意は消えかけていた。ただ、気力だけで対峙する。正面からぶつかるなどというのは、オスカルにとって愚の骨頂。
「逃げて体力を回復するつもりか? その諦めの悪さも、お前らしいな」
「褒め言葉、ありがとう、よ……」
敵前逃亡と言うなかれ。これは戦略的撤退だ。
路地裏に歩を進め、壁に手をつきながらも必死にゴールムから距離を取る。
見っとも無い戦いだ、と嘲笑いたいのなら笑うが良い。人間には適材適所、なんらかの得意とする分野がある。フィルティアのゲリラ戦然り、ウィンディの身体能力然り、ローナのS.Aの知識然り。オスカルは、参謀なのだ。
どうやって、ゴールムの巨大な盾を掻い潜るか、それが勝利の鍵。敵の強固な砦を落とす手段の一つ、思い浮かばずに何が参謀か。
細い路地裏に、巨体のゴールムは入って来れない。
考える時間はたくさんあった。
「こいつは使えそうだな。えっと、これを、こうして」
廃屋の中から拾ってきた椅子に、壁を伝って生えていた蔦状の植物で拳銃を縛り付け、向かい側の路地裏まで蔦を引っ張って行く。
簡易罠を完成させ、今度はゴールムを誘い出す。
「作戦は決まったか? まあ、どんな策を弄したところで、俺は負けん」
淡々と吐き出される、勝利を確信したようなゴールムの声は、妙に耳障りに聞こえる。
だが、ここで焦っても仕方が無い。息を潜め、ゴールムが罠に掛かるのを待つ。
「フンッ、ブービートラップか」
地面から少し浮いて道を挟む蔦を見つけて、ゴールムが鼻で笑う。
暗闇でワイヤーを使うのとは違い、昼間に太い蔦を使って敵の目を欺けるわけが無い。しかし、そんな過信が二重、三十の罠を作り出せるのだ。
たぶん、誰もがそのブービートラップが、足を引っ掛けると銃弾が飛んでくる仕組みだと思っているだろう。残念ながら、蔦のもう片方はオスカルが握っている。
「掛かったッ!」
ゴールムが蔦を跨ごうとしたところで、路地裏に潜んでいたオスカルが蔦を引っ張る。もう片方の端は椅子に縛り付けられた拳銃の引き金に掛かっていて、蔦を引っ張ることで引き金が引かれる仕組みになっている。
「ヌッ?」
不意に、横から飛んでくる銃弾に、ゴールムは微かに驚きを見せる。が、難なく盾を構えて銃弾を受け止める。もちろん、機構から離れた装甲に電磁銃弾が当ったところで、行動を阻害するわけではない。
ただし、何度も銃弾が飛んでくることを警戒して、正面に盾を構えたゴールムの後ろはがら空きだった。
「いただきッ」
路地に身を潜めていたオスカルが、ナイフを握り締めて背後から襲い掛かる。
「甘い、甘いぞ、オスカル=ゴードン」
少しぐらい、フィルティアを見習うべきだったかもしれない。奇襲の鉄則として、声を上げて襲い掛かるのは自分の居場所を教えるようなもの。
電磁ナイフが刃を立てたのは、咄嗟に振り向いたゴールムの盾。
その瞬間、オスカルは心の片隅で敗北を確信してしまう。勝利という文字を映した鏡が、一気に砕け散るような、奈落に落ちていくような感覚に襲われる。
「…………」
甲高く響き渡る、ナイフと盾がぶつかり合った残響とは打って変わり、静かな沈黙だけが流れる。
盾の一枚は銃弾を防ぎ、もう片方がナイフを受け止めている。これ以上の攻撃を繰り出す手段はなく、作戦は全て破綻した。
最初から、オスカルは負ける運命の星の下にいたのだろう。
ナイフを握る力が抜けて行き、気付けばナイフは手から零れ落ちていた。瞬間、強烈な衝撃がオスカルの体をゴルフボールの如く吹き飛ばす。
「……ッ」
苦痛は声を伴わず、自然と体を貫いてゆく。
肺の酸素が抜け切る感覚に、必死に呼吸をしようとするが、呼吸器官は思うように働かない。手はもがくように地面を引っ掻き、足を駄々っ子のようにバタつかせる。
「終わったな。さぁ、これ以上苦しい思いをしたくなければ、早々に降服するが……ムッ」
ゴールムが全てを言い切るよりも早く、最後の最後で運命――否、宿命の女神がオスカルに味方する。
先ほどの衝撃が、廃屋の老朽化したコンクリートの壁を砕いたのだ。それは見事にゴールムの頭上に落ちて来て、危うくのところを盾で防ぐ。背中を守っていた盾がなくなったところで、もがいていたオスカルの手が一本の紐を引っ張る。
ナイフで切りかかるために手放していた、陽動のつもりで使っていた紐。
そう、ブービートラップに使っていた蔦だ。
銃弾が放たれ、がら空きになったゴールムのメインボックスを襲う。
「な、なにッ?」
ゴールムの驚愕する声は、今にも酸欠で倒れそうなオスカルには届かない。
全てが偶然の下に、数々の奇跡が呼び起こした勝利。
「……は、はははは。運も実力の内、ってか。馬鹿らしいぜ」
酸素を取り戻したオスカルが、自分の身に起きた出来事に呆れを隠さず呟く。オスカル自身も、こんな勝ち方を考え付くことはない。
下手くそな彫刻家が彫った石造のように、苦い表情をしたゴールムが目の前に佇む。
この勝利に小躍りしたくなったが、立ち上がる気力もなく大の字に倒れ直した。
「背中の箱を、誰か外してくれ。これじゃあ、起きた時にゃぁ背中が曲がっちまう」
オスカル=ゴードンVSゴールム=ギガント オスカルWINNER
~どれそれ羊狼ラジオコーナー~
「はい、久しぶりにやってまいりました、ラジオコーナーの時間です」
「ゲストは、なんと脇役中の脇役、アビーだぜ」
「ニヒルな笑みを浮かべての登場、ありがとう。けど、前回であんな変態っぷりを見せた今じゃ、格好がつかんでしょ」
「誰の所為だと思ってるんだい? 確かにムッツリな性格かもしれないけれど、物語の中では一番に銃器の扱いが上手いんだよ」
「あぁ、作者の私に説明してくれてありがとう。とりあえず、二万五千PV達成おめでとう!」
「おめでとう! で、それだけが言いたかったわけ?」
「ノンノン。主旨としては、アビーと、今回登場したゴールムの声優(仮)を答えるつもりだ。とりあえず、アビーから」
「小西 克幸氏とのことらしいけど、某ヘタレイタリアのアメリカさんがイメージに残っているらしい」
「それじゃ、次はゴールムだ。こちらも、某ヘタレイタリアからドイツさんの安元 洋貴氏である。ほんと、登場人物の年齢が年齢だけに、若くてイメージに合う声優さんって探しづらいんだぜ。もう浪川氏とか小野D氏とか、その辺の有名どころで妥協しようと思ったよ」
「次は、読者の皆様も期待(?)しているフィル嬢の対決だね。なんでか、どの戦いよりも力を入れたらしい……Hwy?」
「なぁ~に、好きなキャラだと自然と力が入ってしまうものなのさ。それじゃ、一通りのことはやったから、この辺で失礼しようかね。あぁ、明日から学校だ……」
「それじゃ、さようなら~」
「さようなら~」




