BF10.波乱の予感
大変なことになった、とソルフは思案する。ことの発端こそいつからなのか分からないが、近々それが行われるのは避けられないだろう。昨日、『レッド・カウ』で起こった喧嘩もとい殺人未遂は、事の一部でもあったのだ。
「それで、どこで何をするのか、具体的に分かっているのか?」
電話に耳を付け、別に声を潜める必要もないのに癖かしらボリュームを落として聞いてしまう。
『いや、そこまではまだ……。アンタの息子が反抗期で悪さするぐらいに、奴さんも反抗期なわけだよ。具体的なことはぜんぜん分かっちゃいない』
電話口から返ってくるのは、妙に的を射っているようで的外れな返答。
昨日の出来事が気になり、軍の知り合いに色々と電話で聞いて回っているのだが、総合して大まかな事情がつかめるようになった。
「ウィンは良い子だぞぉ。十五になっても反抗期なんてしたことがない。いやいや、話を逸らせ過ぎだ」
『反抗期のない子供は、いつ爆発するか分からない不発弾みたいなものだぞ? まぁ、とりあえずこちらでも警戒はしているが、西方軍との折り合いがつかない今頃に暗躍されて対処に困ってるのは知ってるだろ。それに、新兵器がどうとか、って話も出ている』
本題とは関係ない話に、ソルフが心の片隅に不安を残す。
多感な年頃になって、親に一度も反発したことのない子供というのは親の身としても心配になる。ちょっとぐらい、夜遊びをしても、学校から呼び出されるぐらいの喧嘩をしても、ソルフとしては軽く叱って笑い合えるようなことだ。やはり、養子という立場が影響しているのか、もしくはコミュニケーションが足りなかったのか。実年齢は十歳ぐらいで、精神年齢が三歳の子供を五年間で、とりあえず十五歳ぐらいの精神年齢まで育てたのだ。その突貫工事のような成長速度は、ウィンディの精神に大きな欠陥を残していてもおかしくはない。
「それだけ、ウィンの頭が良いってことなのかねぇ……」
『あぁ? 何だって?』
「いや、こっちの話さ。とりあえず、S.Aを扱っている機工屋とか企業を当ると良い。奴さん、備品が足りなくて躍起になってるみたいだからな」
本題に戻り、現状の問題を打開するためのヒントを与えておく。
『偽る者の壁』近辺での小競り合いで人員が足りない現状で、今度は反政府ゲリラの活動が活発になってきた。それは東方国家においても、西方国家においても、由々しき事態だった。
両国家が睨み合っている間に、国内の反政府ゲリラが背後を突けば、例え軍部の精鋭達でも対処が難しいであろう。そもそも、こうなってしまったのも軍部上層部の保身的な考え方が招いた災難と言えよう。あまり言いたくもない話だが、両国内にある反国家思想を駆逐しておけば、今のような状況を作らずに済んだのだ。
世界を中心線から東西に分けても、どこかしら反東方国家思想――または反西方国家思想を残してしまう。東方国家の中に、陸の孤島の如く西方国家が点在し、また逆も然り。いくら『偽る者の壁』を隔てても、両国家とも一枚岩というわけには行かなかったのである。
「さて、岩石の間に挟まった砂礫が、どう岩石を傾かせるか……」
電話を切り、小さく独白する。
そこで、ちょうど心配の種である息子が帰宅した。
「ただいま」
「おう、おかえり。なんだ、今朝とは違って妙に浮かれてるじゃないか」
軽い挨拶を交わす間に、ソルフは何気なくウィンディの感情を読み取る。普段と変わらぬ表情でも、五年間も一緒に過ごしてこればある程度の予想はできた。瞼の開き方だったり、声のトーンから読み取ってみたり、人というのは思いの他感情を表に出して生きている。
「? うん、ちょっとね」
感情を読まれたことに驚いたらしく、ウィンディが顔をしかめてから直ぐに取り繕う。聞かずとも、部屋に戻って着替えを終えたウィンディが始終を話してくれる。
もちろん、ソルフも学生時代に一度通った道である。軍事学校の一年生に課せられた試練、クラス分け試験のチーム作りは今に思えば懐かしかった。どうしてゼッドやリロナと手を組んだのか、今思い返しても思い出せない。正しくは、思い出すのが恥ずかしかったのだろう。
「――それでね、フィルティアさんも承諾してくれて」
「ほうほう、そいつは良かったじゃないか。俺なんて、直前までメンバーが揃わなかったんだぞ。ゼッドとはリロナを取りあ……いや、なんでもない」
「? まあ、それで、今はローナちゃんがチーム名を決めるのに頭を抱えてる」
不意に思い出してしまった忘れたい過去を、どうにか誤魔化して――というよりウィンディが深く突っ込まないでくれた。
こうして午後のひと時を子供とのコミュニケーションに使うのも悪くはない。少しぐらいは、自分のことを話してもいいのではないか。そう思い始めたところで、フッとウィンディの口から不穏な言葉が漏れる。
「お父さんは、レイって名前は知ってる? フィルティアさんの家名なんだけど」
「レイ? いや、そんな、まさか……いや、ありえない話じゃないな」
ウィンディの問いにソルフが戸惑う。
決して珍しい家名ではないにしろ、ソルフにしてみればあまり聞きたくはない名前であった。レイという家名は、軍部の人間にとってはある意味で忌むべきものだ。
「知っているには知っているが、本当にあの人の娘さんなのかは分からん。だが、軍事学校でも名を馳せているレイなら、それぐらいしか思い当たらんしなぁ……」
「知り合いなの?」
「あまり、知り合いたくはない」
「どういうこと?」
ウィンディは、育ての親であるソルフに似た。誰とも仲良くできる社交性、クソが付くほどのお人好しまでは似なくて良かったと思う。ただし、お人好しのソルフにも苦手意識を持つ相手は一人ぐらい居る。
それが、レイの家名を持つある男。
東方国家には、三人の『生きた伝説』が存在している。いわば、学校の七不思議的な噂である。言わずと知れた、一人目がソルフ自身。まあ、伝説と呼ばれながらも本人はヒョウキンなもので気にも留めていないが。
そして二人目が、噂のレイ一族の現家長。第二機甲師団『ハーミティス』の隊長を務める男で、万人に容赦ない極悪非道な性格ゆえに『殺機のレイ』と畏怖される。野戦に特化した『ヴァルケロス』部隊とは反対に、暗殺やゲリラ戦に特化した『ハーミティス』を率いるのに相応しい男とは言えるだろう。
「へぇ……なんだか、怖そうな人だね」
「怖いも何も、あの人とはあまり関わりたくないんだよなぁ。神話でも火山の神ヴァルケロスは神々の調節者ハーミティスに処罰された」
「でも、ヴァルケロスは火山を噴火させて人類を焼き払ったんでしょ? 魔獣って呼ばれる所以も、そこにあるんじゃ?」
「いや、勘違いしちゃいかんぞ。ヴァルケロスは、本当なら人類を見守る守り神だったんだ。けれど、人間が我が物顔で大地の恵みを搾取したために、ヴァルケロスは苦肉の策として一度は人類を粛清した。そこで、ハーミティスはヴァルケロスに言われもない濡れ衣を着せて処刑の後で人類の守り神に名乗りを上げたんだよ」
現在、出回っている神話の内容は昔のものに比べて大きく改変されている。まるで自分達の派閥競争を象徴するかのように、それを巧みに誤魔化すようにして、神話を改変して行く。今でも、ソルフが『ヴァルケロス』を脱退してから『ハーミティス』が実質の第一機甲師団に成り上がった。
ウィンディの知らない本当の神話を話している間に、気づけば夕食の時間に差し掛かっている。
「もうこんな時間か。まあ、神話の続きは夜にでも読み聞かせてやるよ」
「あはははは、もう子供じゃないんだから。それじゃあ、少し勉強してくるから」
そう言って、ソルフはウィンディとの会話を切り上げる。
自室へ姿を消すウィンディを見送り、ソルフは感慨深く頷く。このままでも、息子は十分に育っている。いずれ手元を去っていくとしても、今を楽しんでくれれば良いと思う。だから、ソルフはウィンディの父親でありヴァルケロスとして生きて行こう。
例え、どんな波乱がウィンディに襲いかかろうとも。
~羊狼談話室~
「はい、今回はラジオコーナーではなく、単なる雑談をしたいと思う。ちなみに、室長のヒスイだ」
「ゲストと言うのか、お呼ばれしたのは久しぶりの登場となるソルフだ」
「確かに、話数ではあまり間も空いてないけど、更新期間で言うと久しぶりだな。で、とりあえず今回の主旨だが」
「特別、ラジオコーナーで喋ることがないから、本編のネタバレにならない程度の雑談をしようってことだな」
「その通り。今回は初回と言うこともあって、お試し期間的な感じだ。それじゃあ、もう少しで一万PVに到達するわけだが、何か企画でもしようか?」
「それも良いな。確か、西方国家側に視点を当てた物語を計画してるんじゃなかったか? そっちを番外編として、各達成ユニークごとに更新していくのはどうだ?」
「そうだな、それも良いかもしれん。一応、番外編の登場人物もサプライズがあるから読者も楽しめるかもな」
「今回は、そんな感じでオッケーってことで?」
「オッケーだ。しばらく、ラジオコーナーもお休みかなぁ。感想は、一人の読者さんからしか来なくて、あまり質問もないけど……」
「それは、それで悲しいかな……」
『そんなわけで、ご感想お待ちしておりま~す。ばいば~い」