BF9.名門の誇り
声の聞こえてきた方に目を向ければ、そこに佇むのはあの男。
銀髪をオールバックに整え、人口に比べて珍しい碧眼で、こちらを見据える男。容姿は端麗と言うに相応しいが、己の家名に天狗になった性格は悪辣と言えよう。そんな男に、毎度数人の取り巻きが付くカリスマ性は褒めるべきか貶すべきかわからない。
そうした名門の出にプライドを持つ者は多くいるが、その中でも一番にいけ好かない奴だ、とフィルティアは感じる。
「リジム……。こっちの話よ、首を突っ込まないでくれる?」
お門違いと分かっていても、彼――リジム=コルセン(Ligim=Corsen)に些かの憤りをぶつけてしまう。
「おいおい、無意味な喧嘩の仲裁をしてやっているんだ。白昼堂々と、人前で怒鳴り散らすのは見苦しいと思わないのか? それも、相手がその落ち零れとくれば、尚更レイの家名に恥を上塗りすることになるぞ」
リジムに窘められるのは気分が悪い。自分の加盟を誇りに思ってこそいないものの、場を弁えていなかったことについては正論だろう。
そして、更に気に入らないのは、自分のことを貶されて苦笑さえ浮かべるオスカルの方だ。なぜオスカルが落ち零れと呼ばれるのか。今年で十六になる老け顔の青年は、言わば一度留年した身。
「褒め言葉をありがとう。確かに教室でやるのは、少し場違いだったな。忠告だけは受け取っておくぜ」
リジムの揶揄を軽く受け流すオスカル。
オスカルがどうして留年したのかは、事情まで知らないものの校則に照らし合わせれば理由は二つ。一つは、成績不振。二つ目は、出席日数。どこの学校でも変わらない評価基準で、科目ごとのシビアな評価と必要数以上の単位。どちらかでいうなら、後者の方が当てはまるのだろう。
どちらにせよ、エリートを育成するこの学校にしてみれば、進級できなかった者を『落ち零れ』と呼ぶ風潮は正しいのかも知れない。
「……まぁ、良い。落ち零れと、己に誇りを持たないレイ家のご令嬢、機工科のお嬢さん。この面子じゃ、試験でも最初に敗退するのは目に見えているな。どうするつもりだ、セイプの紛い物?」
オスカルに対してはどこ吹く風と思ったか、こんどはローナの付き添いで来た少年に目を向ける。確か、ローナはウィンディと呼んでいたか。
噂に聞いていたが、まさかこの弱々しい少年が生きた伝説たるソルフ=セイプの息子だったとは。いや、リジムに紛い物と呼ばれるところを見れば、然したる実力ではないことは分かる。
「…………」
「何も言い返せないか? これじゃあ、生きた伝説と呼ばれるセイプも疑わしいものだ。尾鰭の付いた噂なんじゃないか?」
リジムの言うとおり、どこまでが真実でどこまでが噂なのか、フィルティアでさえソルフ=セイプという男の実力を知らない。軍部が祭り上げた、単なる宣伝か。単身で西方軍の一大隊を壊滅させたなどと、誰が信じるだろう。
「僕も、父がどんな人物なのか知りません。養子ですから、僕が本当のセイプではないことも貶されるのも甘んじています。けれど、父を悪く言うのは止めていただけますか? 例え父が噂に聞く人物でなくとも、僕には誇れる父親であることに代わりはないんです」
ウィンディの琴線に触れたのか、先ほどまでの口調を保ちながらも声音が変わる。静か過ぎて怒りとも思えない、周囲が気にも止めず雑談を続けるほどの憤怒。
フィルティアでさえ、
「ヒィッ……」
リジムが掠れた悲鳴を喉から零すまで、ウィンディを注視していなかった。
遠目からウィンディの横顔を覗く。そして、表情こそ変わらないウィンディの瞳を見て、フィルティアは言い知れぬ恐怖を覚えた。
これまでに、自分が味わったことのない感情。淡々とした日常を、己の使命をこなしていった中で、恐怖というものを感じたことはない。なにせ、自分がその恐怖を与える側に立っていたからである。
レイの家系は、代々から暗殺やゲリラ戦に特化した人材を生む。フィルティアも、例を漏れず幼少の頃から暗殺などの仕事に従事していた。恐怖とは、狩る側にあってはならない心理であり、どこか心の片隅に圧し留めていたもの。
それを、意図も容易く、他者に向けた眼光だけで抱くというのは、フィルティアにとって恥ずべきもののはず。
ウィンディにしてみれば意図したことではないが、リジムの悲鳴に気づいた生徒達が、徐々に雑談を止めてこちらに目を向ける。目を逸らす者、見詰めたまま動けなくなる者。直接、その眼光を当てられたリジムは、恐怖のあまり尻餅をつく失態を見せる。だが、それを笑える者はこの教室に居ない。
それほどまでに、ウィンディの怒りとは異質なものだったのだろう。
能天気に振舞うローナも、異様な雰囲気に呑まれてたじろいでいる。
「ウィ、ウィンディ君……?」
意を決したか、ようやくローナが声をかけた。
「あ、えっと……。それじゃあ、もう時間がありませんので、今日のところは失礼しまします。レイさんも、無理に声を掛けてすみませんでした」
ローナの声に我に返った――というよりも、怒りを表に出してしまった自分を責めるように――ウィンディは慌てて普段の自分を繕い、退室してしまう。
呪縛が解けたかのように視線を戻し、また雑談に戻って行く生徒達。ひと時の白昼夢か、勘違いか。たぶん、そのことを覚えようとしたのは僅かな者だけだろう。
忘れることの出来なかった者の一人――フィルティアは、教室を去るウィンディとローナを追う。立った勢いで倒れた椅子も、リジムの失態も気にすることなく、フィルティア自身もなぜそう思ったのか分からぬまま走り出す。
「待ちなさい。私も、その話に一枚噛ませてもらっても構わない? ただの羊かと思っていたけど、まさか狼が着ぐるみを着ていただけとはね」
フィルティアの声に振り向いた二人は、どうも彼女の言う言葉を理解していないようだ。ウィンディは、単に怒っていただけのつもりなのだろう。ローナが、ウィンディの肉食獣じみた眼光に気づいていたか定かではない。
「ほ、本当ですか? やったぁッ。一日で、四人揃うなんて、予想外ですけど嬉しいです。フィルちゃんなら、友達のお願いに応えてくれるって信じてましたッ」
フィルティアの申し出に、ローナが諸手を挙げて喜ぶ。ウィンディの手を握り締め、彼を軸にしながら周囲を飛び跳ねる。そして足を滑らせてコケた。
「……てへ、やっちゃいました」
「ローナちゃん、はしゃぎすぎだよ。うん? フィルティアさん、どうしたんですか?」
尻餅をついたローナをウィンディが助け起こし、呆れ顔のフィルティアに問いかける。
「……いえ、前言撤回してもいいかしら? その娘を見てると不安になってくるわ。それに、親友ってカテゴライズは間違ってるからッ」
本当にこの二人と組んで大丈夫なのだろうか、と一抹の不安を覚える。しかし、それよりも好ましくないのは、馴れ馴れしいローナの言動だ。
「あうぅ~、フィルちゃんのいけずぅ~」
「だから変な呼び方しないでッ。はぁ……もう良いわ、授業も始まるから、さようなら」
『戦武科の剣』もローナの能天気具合には形無しだった。
親友や友達と呼ばれることが疎ましく、嫌悪さえ感じてしまう。幼い頃から孤独に慣れ親しんでいたフィルティアにしてみれば、自分の周りに誰かが居ることに安堵できない。自分のアイデンティティーに土足で踏み込まれているような気がする。
踵を返し、良く分からない理由で笑いあうウィンディとローナを尻目に、フィルティアは教室に戻って行く。
「馴れ合いなんて、弱者のすることよ。強くなければ、生きて行けない。仲間なんて要らないわ。信じられるのは自分の力だけ……そうでしょ?」
誰とも無く、廊下で笑う二人を見据えて小さく吐き捨てる。
~なぜそれ羊狼ラジオコーナー~
「今日もやってまいりました、ラジオの時間です。司会者は作者こと、ヒスイでお送りするぜ、いぇ~い!」
「…………」
「はい、ゲストに呼ばれても相変わらず無愛想なフィルちゃんです。いや、ナイフを突きつけないでぇ」
「今回は、とりあえずリジムの声優(仮)を説明して終わるっていうスケジュールよね?」
「そうなんだよ。この先からしばらくの間は新しい登場人物も出ないし、声優を考えていないサブキャラが四人ぐらいいるんだよ。だから、終盤の三章に入るまで、このコーナーで何をしていけば悩んでる」
「別に、何もしなくていいでしょ? どうせこんな人気の無い小説、更新履歴の片隅に追いやられても誰も気にしないもの」
「自分の出ている小説に対して、凄い批判的だな……何か悪いことしたか、俺?」
「ほぉ、どこの口がそれを言うのかしら? 自分が立てたプロットも見直さないつもりなら、ここで膾に卸して肥溜めにでも放り込んでやるわ」
「女の子が肥溜めとか言っちゃいけません。とか言いつつも、この先の計画じゃあこの物語の女性陣は、皆酷い扱いされてるけど。さて、リジムの声優(仮)を紹介します」
「そういう扱いが嫌いなのよッ!」
「ずばり、某魔法使い少年が、色々と冒険して悪の魔法使いを倒すという物語の、ライバル的少年の吹き替え声優です。また、アニメ声優じゃないのかよ、って突っ込みはなしで」
「とんでもなくアバウトね……。要するに、ダニエル=ラドクリフ主演のファンタジー映画でしょ? 確か、原作は主婦が書いた小説だっけ? それにしても、またマイナーな声優さんを選んできたものねぇ」
「オブラートに包む、ということを知らん女だ。主人公の少年より、三枝亨祐さんが吹き替えしてるライバル少年の方が、人間味があって好きなんだぜ」
「この物語内では、映画での声よりも老成しているぐらいかしら。もしかして、この小説でも、そういう立場なの? 登場のしかたが妙に似てるし」
「ネタバレになるような内容は話しません。それが後書きの原則だッ!」
「あっ、そう。えっと、プロットには……嫌味ったらしい性格の裏に隠れた――」
「――さぁ~て、次から何をしようかなぁ~。まあ、今日のところはこれで失礼させていただきます。それでは、また来週」
P.S:時間が思いの他できたので、更新速度を速めます。とりあえず、週に一回か二回の計画で頑張っていきます。