BF8.戦武科の剣と落ち零れ
午前と午後の中休み、昼食をエネルギー源としてメリハリをつけるために設けられた昼休みの時間。二年生や三年生にもなると、学内の様々な場所で食事を摂る。が、新入生はほとんどが教室に居座る。食事を終えた新入生が校内を見回るため、探検に出かけて疎らになり始めた教室。
戦武科も例外ではなく、それでも幾らかの生徒を残した教室の前に、二人の姿があった。ウィンディとローナ。教室の外から室内を覗き込み、ローナが目当ての人物の所在を確認する。
「え~っと。あ、居ました。フィルティアちゃ~ん」
軽く見回しただけで、友人同士がいくつかのグループを作る教室の中から、ローナが目当ての人物を見つける。普通の生徒なら、他の学科の教室に入ることを躊躇うが、ローナはそんなことモノともせず進入する。周囲から向けられる怪訝そうな視線に、ウィンディは少したじろいものの、軽く会釈を返してローナを追った。
そして、目当ての人物であろう少女の前に立ち、ストレートに問う。
「フィルティアちゃん、もしクラス分け試験のメンバーが決まっていないようなら、私達と一緒にやりませんか?」
『…………』
ローナの言葉に、教室の生徒が余すことなく振り向く。戦友に誘うことが珍しかったわけではない。ローナがフィルティアと呼ぶ少女に、声を掛ける者が居たことが珍しかったのだ。
ウィンディも、フィルティアを一目見たところで分かった。少女――フィルティア=レイ(Filtie=Rai)が発する雰囲気が、他者と相容れぬことを。
幼くも見える顔立ちに深緑のセミロング。吊り上った大きな瞼の中で輝く細い瞳孔、『へ』の字に結ばれた薄い桃色の唇。多くの男子を魅了するであろう美貌を持ちながら、纏う剣呑な空気は冷たく研ぎ澄まされ、鋭利な刃物を思わせる。凡人には不釣合いな美女を『高嶺の花』と比喩するが、フィルティアは『霊峰の花』と呼ぶに相応しい。
「お断りするわ」
礼儀正しくも、フィルティアの返答はけんもほろろな寒々しいものだった。そして、周囲の視線が疎ましいのか一瞥を流すと、生徒達はそそくさと自分達の会話に戻ってしまう。ただ、彼女の言い様から、既にメンバーが決まっているというわけではなさそうだ。
「えぇ、私とフィルちゃんの仲じゃないッ。そんなこと言わないでよぉ~」
フィルティアの返答を予想していなかったのか、ローナが目尻に涙を浮かべて食い下がる。嘘か誠か、良くも直ぐに涙など流せるな、とウィンディは心の中で感心する。
「どんな仲なのか知らないけれど、貴方達と手を組む義理は無いつもりよ。見るからに軟弱そうなのが一人と、機工科の貴方が一人。それとも、まだ腕の立つ生徒はここに来ていないのかしら?」
発する言葉一つ一つが、剣の切っ先のようにウィンディとローナを突く。この学校の生徒が、幾らかプライドを持ち合わせているのは知っている。故にこうした返答もあることは覚悟していた。
それに、ウィンディとローナが試験において、戦力になり難いのは自分達が良く分かっているのだ。衛生科のウィンディ、機工科のローナ、絶対的に戦力向きではない学科の二人が、戦武科の生徒をスカウトしようなどというのが無理な話なのである。後でウィンディの知る話だが、フィルティアが『戦武科の剣』と呼ばれているのは本人の知らぬところであった。
ウィンディは諦めて別の学科でスカウトしようと考えたが、そこをなかなかローナが譲らない。そこへ、思わぬ人物が声を掛けてくる。
「お嬢ちゃんよ、君みたいな可愛い子のお誘いなら俺が乗るぜ」
ローナとフィルティアの会話を聞いていたのだろう。長身の男が、ナンパでもするかのように口を開く。歩み寄ってくる男は、身嗜みとは無縁の着崩した制服に身を包み、顎に生やした無精髭を撫でる。天然であろうウェーブの掛かったロン毛に、黒い双眸を光らせる。浮浪者に成り立てといった感じの男だ。
「本当ですかッ? ウィンディ君、三人目だよ! よろしくお願いします――えっと」
「オスカル。オスカル=ゴードンだ。よろしく、お嬢ちゃん。そっちのお兄さんも、仲良くやろうぜ」
あっちに話したり、こっちに話したり、と忙しいローナに自己紹介するオスカル=ゴードン(Oscale=Goudn)。
すると、クラス中から笑い声が上がる。それはあからさまな嘲笑であり、向けられているのは勿論のことウィンディとローナ、そしてオスカルである。そんな笑い声とは無縁だと思っていたフィルティアでさえ、堪えるように喉から苦笑を漏らしている。
「……?」
果たして何がおかしいのか、ウィンディには理解できない。ローナは、周囲の笑い声さえ気にならないほど舞い上がってしまっている。オスカルにしてみれば、それが当然と言わんばかりに肩を竦め、気にするなと目でウィンディに言う。
「なぁ、レイお嬢さんよ。そんな調子でやってると、最終的には余り物と手を組まなくちゃ参加も出来なくなるぜ。ここは、つまらんプライドは捨てて組んだ方が良いと思うぞ」
オスカルはサラッと周囲の嘲笑を流し、誘いを拒むフィルティアに向き直った。
「貴方に言われる筋合いはないわ。誰と組むのも、私の自由意志でしょ。それに、私に勝てる奴が新入生の中に何人いると思っているの? 私は、私と同じかそれ以上の奴としか組まない。見す見す、最低のクラスになるつもりなんてないから」
キッとオスカルを睨み返し、フィルティアが苛立ち紛れに吐き捨てる。その言葉が虚勢とも思えないし、この大勢の前で言い切れるぐらいには自信も持ち合わせているのだろう。
「おぉ、怖ッ。そんなにカリカリしなさんな。可愛いお顔が台無しだぜ」
説得したいのか、怒らせたいのか、オスカルが軽口を叩いてフィルティアを嘲る。
益々フィルティアを包む周囲が冷気を帯びてくるのに対して、オスカルは意図もせず説得と呼べぬ説得を続ける。
「折角、お友達が誘いに来てるんだ、手を組んでやっても損は無いだろ。それとも、お二人さんの実力を見てみないと肯けないのか?」
「別に友達じゃないわ。入学式の時に、ちょっと助けて上げただけよ。その程度で友達扱いされたら、慈善事業してる奴ら全員が友達だとでも言うわけ?」
フィルティアの身も蓋も無い切り捨て方に、ローナがか細い声で抗議を口にする。
「そんなぁ、フィルちゃんと私は親友じゃない……」
「いつから貴女と親友になったのか教えて欲しいわ。後、変な愛称で呼ばないでッ」
露骨に嫌そうな顔をするフィルティア。とりあえず、ローナを放置しておくと話が拗れそうなのでウィンディが引き離す。ローナとフィルティアがどのような経緯で知り合ったのかは後で聞くとして、今はオスカルがメンバーに入ってくれたことだけでも感謝したい。
そろそろ昼休みも終わりに差し掛かるものの、フィルティアは断固としてウィンディ達と組むのを拒む。
「ゴードンさん、もう――」
「――ははははは。何事かと思えば、落ち零れとレイ家のご令嬢が喧嘩か。先が思いやられるな、セイプの紛い物」
オスカルにフィルティアの説得を止めるように言いかけたところで、その声は不意に響いた。
~~どれそれ羊狼ラジオコーナー~~
「就活オワタ\(^o^)/」
「いきなりだな……作者」
「いや、本当のことだもの。おっと、作者こと翠色じゃないヒスイでございます」
「そうか、最終面接は駄目だったか。遅れながら、ゲストのオスカルだ。登場早々でゲストとは、俺もメインキャラの仲間入りかぁ」
「え、最終面接は受かったぞ? 一回目の企業で見事に内定だ。どこの会社、というのはプライバシーの問題もあるから言わないけど、とりあえず体操が流行るといいね」
「まじかよ……。紛らわしいんだよ、お前は! それに、体操云々ってCM見てればバレバレじゃねぇか」
「さてさて、文字数の制限もあるからさっさと声優紹介(仮)をやってしまいましょう」
「あ、こいつ、誤魔化しやがった」
「それでは、新規参入のオスカル=ゴードン。某人気モンスターアニメ、細目のナンパ青年を含め、渋い大人の声から子供みたいな声まで、幅広く活躍している、うえだゆうじ氏です」
「旧名は上田祐司だが、改名しているようだから原文ママって言ったところだ。気侭なボケ役、ってところだな。ツッコミもできるぜ」
「続きまして、フィルティア=レイ嬢だ」
「作者のお気に入りで、ローナ涙目(笑)」
「たぶん、エロゲでもやってないと知らないだろうなぁ。正直、豊口めぐみかこっちにしようか、迷った。ドSな作者が、この二人なら罵声を浴びせられても良いと思っている、海原エレナさんだ、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
「某ラグーンに出てくる女海賊の声と、ツンデレに罵られるなら良し、ってか? とんだ変態作者だぜ。たぶん、ここのレイお嬢がいたら、殺されてたな……」
「さてさて、これで一通りはメインキャラの紹介が終わった。後は、脇役の数人が残っているだけだ。ちなみに、フィルティア嬢はツンデレのようでツンデレじゃないよ。後、変態言うな」
「変態を変態と呼んで何が悪い。クラス分け試験編や、閑話じゃ至極まともだが、第二部とも言えるところから趣味全開だろうが」
「あッ、こら、残酷描写はあるがそんな18禁的な展開は無いんだぞ」
「嘘こけ。紐で縛ってムフムフとか、痛めつけて嬌声を聞くとか、色々計画してるくせに」
「誤解を招くようなことを言うな。読者の皆様に言っておきますが、決してそのようなムグッ……」
「さて、それじゃぁ今日はこれで失礼させてもらうぜ」
プツッ(ラジオが切れる音)