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BF7.初めての戦友

 彼女が微笑みかけてくれる。

 屈託の無い、大きく口を開けた豪快な笑い声。

 時にはきつく叱咤し、落ち込んでいるときは心休まるまで傍にいてくれる。

 あまり手入れの行き届いていない、無造作なロングヘアーを靡かせる彼女。輪郭の整った目元、高い鼻、細くも華奢とは思わせない四肢。それでも柔らかい手の平が、優しく頭を撫でる。

 自分は、そんな彼女の温もりを感じながら、ずっと傍に寄り添った。温かく、心地よくて、ついつい睡魔に襲われてしまう。すると、フッと体を支えていた力が無くなり、彼女に寄りかかったはずの体が傾く。

 慌てて体勢を取り直したが、そこに彼女が居ないことに気づく。どこに行ったのか、見渡してもなにもない。あるのは、自分を残して消え去ってしまったかのような、真っ白な空間だけ。

 お母さん、と呼ぶ。呼びたいのに、声が出ない。まるで言葉を忘れてしまったかのように、虚しく息を吐き出す音だけが喉を通り過ぎる。

 寒い。

 彼女が居なくなってから、少しずつ体が凍え始める。

 お腹が空いた。

 彼女が消えたその日から、油の滴る鶏肉が食べられない。

 どれほどの時間が経ったのだろう。ほんの僅かな時間に感じながら、数年が過ぎ去ったようにも思える。

 もう立ち上がる気力も、彼女を探そうという意思も消える。ただうずくまり、終わりが訪れるのを待つ。そして、ようやく終わりが来た。

 目の前が真っ赤に染まり、夢から覚める。

 目を開いたそこは、既に見慣れてしまった空間。机と椅子、幾らかの書物が納まった本棚、簡素な自分の部屋だった。

 ベッドに寝転がったウィンディは、呆然の反芻する。何度も見たようで、初めてと錯覚してしまう夢。先が分かりきっているのに、潔いとは言えない無駄な足掻きをする自分。顔を覚えているのに、母親と認識しながらも他人だと心が認識している虚無感。

 救えなかった。

 目の前で血を流し、力尽きようとしている大切な人を、幼く何の力もない自分は、救うことができなかった。終わったようで、まだ夢の中に居るような、記憶の中に張り付く夢の続き。漠然と、彼女が死んだことだけ分かっていた。

「誰なんだろ、あの人は……?」

 気だるさが体を包む中で、ウィンディが誰ともなく問う。

 分かっていながら、それが否定される。矛盾。

 考えていても埒が明かないと感じたウィンディは、ゆっくりとベッドを降りる。生まれたばかりの草食動物を思わせる足取りで、ライトグリーンの絨毯の上を歩く。目覚めた時の特有の倦怠感だ。昨日、悪魔と称される機械を動かした反動ではない。

「そう言えば、ゼッドさんは大丈夫かな? 昨日は慌てて店から逃げちゃったけど」

 独り言を口にしながら、昨日のことを思い返す。

 騒ぎを聞きつけた通行人の通報で、駆けつけた保安委員には喧嘩だと誤魔化しておいたらしい。幸い、下町を思わせる『レッド・カウ』周辺の地域は、酔っ払いや不良集団の喧嘩が絶えないために誤魔化すのは苦労しなかった。

 考えながら部屋を出ると、鼻腔を擽る肉の焼けた匂いが漂う。熱された油が弾けるベーコンと、黄身が半熟の目玉焼き。簡単なサラダとパン、コップに注がれる冷たいカフェ・オレ。

「ウィン、起きたか。呼びに行こうと思ってたが。顔を洗って冷める前に食べろ」

 朝食の準備を終えたソルフが、いつもと変わらない口調で声を掛けてくる。

「おはよう」

 ウィンディも変わらぬ挨拶を交わして洗面所に向かった。

 冷水を顔に掛けて、水滴と一緒に嫌な記憶を拭い去る。今日から本格的に授業が始まるのだから、いつまでも考え込んでいる暇はない。

 朝食を終え、濃緑の制服に身を包んだウィンディは、

「よしッ」

 と気合を入れ直して玄関に向かう。

「行ってきます」

「おう、いってらっしゃいな。おっと、こんな朝っぱらからどこのどいつだ?」

 玄関を出ようとするウィンディにソルフが言葉を返し、唐突に鳴き出した電話の元へ駆けて行く。

「あぁ、お前か。で、分かったのか? そうか、やっぱり……な」

 ゼッドからだろうか。閉じて行く玄関の隙間から、ソルフの話す声が聞こえてくる。神妙な声音ではあったが、ウィンディは気にすることなく歩みを進める。

 変わらぬ朝の風景。電線の上で小鳥が囀り、どこからか春を告げる鳴き声が響き、春一番が颯爽と駆け抜けていった。朝のラッシュで込み合うトレイン・ターミナルのホームを進み、まだ周囲の空気に慣れないエアラインに乗って、ウィンディは目的地に到着する。言わずと知れた、軍事育成学校。

 まだ三度ほどしか見ていない街並みを歩いていくと、そこに学校が見えてくる。巨大な金属製の外壁が遥か彼方まで延び、外壁のほぼ中心に位置する校門は観音開きの鉄扉だ。教育機関と言うよりも、砦か犯罪者収容施設を思わせる概観をしている。それでも、校門を潜ってしまえばそこは同年代の少年少女が談笑する教育機関(学校)だった。

 校門を潜ったウィンディは、これまた長いアスファルトの道を歩いて校舎へ向かう。やはり、移動用の二輪車を買ってもらおうかと思案する。辟易しながらも踏破して、昇降口、そして教室へ向かう。一度に十数人が通れそうな昇降口に置かれた足拭きマットで靴の土を落とせば、後は土足で校内を歩きまわれる。

 行き来する生徒達は教師の前でこそ礼儀正しくするが、基本的に言動は年相応だ。例外としては優等生のような生徒ぐらいか。もちろん、不良と呼ばれる生徒も少なからずいる。言い換えれば、少し校則の厳しい学校、といったところだろう。

 行き交う生徒達を観察していて、ウィンディは思った。無駄に気張らず、父のように頑張っていこう、と。

「……?」

 そんなことを考えている矢先、ウィンディは一年生の教室がやけに騒がしいことに気づく。

 最初は、新入生が初日の期待感に騒いでいるだけかと思っていたが、自分の教室――一年生衛生学科――にたどり着き、ようやく喧騒の理由を知る。

 生徒達が割り当てられた学校貸与の机の上に、A5サイズの用紙が置かれている。連絡事項をそのような形で通達することはどこの学校でも珍しくない。誰もが気にも留めず淡々と内容を読むだろうが、その内容が内容だけに周囲は浮き足立っているのだ。

『五月九日、クラス分け試験を実施のこと。ルールを以下に書す。

 一、試験へは各自もしくは我が学校が貸与するソルジャー・アーマーを使用する。

 二、試験へ持ち込むS.Aは試験当日まで学校側で管理する。

 三、試験へは検査を通ったS.Aのみとする。

 四、――』

 ここまでは、不正などを阻止するための処置として納得がいく。しかし、最後の項目については生徒達の中で物議を醸している。

『――なお、試験は四人一組のチーム制で行うことを原則とする。ただし、所属する学科は問わない。

 S.Aの検査、貸与の申し込みは試験の一週間前まで。チームの申請は二日前とし、以下の期を逸した者においては、例外なく棄権したものとする。』

「四人、か……。それまでに、探さなくちゃいけないんだね」

 感慨も無く呟いてみたものの、それは意外にシビアなルールである。

 このクラス分け試験が今後の学校生活でどれほどのウェイトを占めるのかは知らないが、誰もが上位に入ろうとするだろう。ならば、実力の高い者を集めるのは早い者勝ちであり、尚且つ早急に交友関係を確立していかなくてはならない。しかも期限が一ヶ月と定められている今、皆は直ぐにでも行動を開始するだろう。

 ウィンディは中学校までの友人を誘おうとも考えたが、そこで一つの壁が彼の思惑を阻む。自分が、その大人しい虫も殺せない性格から、周囲にどう仇名されていたか。例えウィンディが、生きた伝説と呼ばれるソルフ=セイプの息子であっても、それは養子という関係であり決して血を分けたものではない。

 『セイプのまがい物。弱さの象徴』として、シープと呼ばれ、ウィンディは遠回しに戦力外通知を出されたのである。

 伝えられて分かることもある。確かに、生まれてこの方、喧嘩などというものをしたことがない。ウィンディにしてみれば、理不尽ながらも納得の行く返答であった。しかし、決して天は彼を見放したわけではなかった。

「あ、居た、居た。ウィンディく~ん」

 友人から見放されたウィンディを誰かが呼び止める。

 振り向けば、ロングヘアーを振って走ってくるローナの姿。転んだ。

「ふげッ。……また、やっちゃいました」

 女の子らしからぬ悲鳴が聞こえたが、ここは聞き流しておきたい。

「大丈夫ですか? あまり慌てない方がいいですよ」

 苦笑を浮かべながら、ローナに歩み寄って手助けする。ウィンディの手を掴んで立ち上がったローナは、鼻先を赤くしてやや涙目になりながらも言葉を紡ぐ。

「だ、大丈夫です、はい。そのぉ~、もうこれは決まっちゃいましたか?」

 そう言って、ローナが今朝のプリントを目の前に突き出してくる。

「うぅん。まだだよ。色々と回ってみたけど、僕はあまり荒事に向いてないと思われているみたい。まあ、その通りなんだけどね」

「そうなんですか。私は、かっこ……いえ、何でもありませんよ。単刀直入にお願いがあります、私とチームを組んでください」

 言い終えて、ローナが四十五度の綺麗なお辞儀をしてお願いしてくる。予想は出来ていたが、それこそウィンディに断る理由はなかった。しかし、また、彼女ほどのS.Aに関する知識があるのならば、多くの生徒が放っておかないと思う。

 生徒のほとんどがローナの実力を知らないのか、はたまた――いや、これは考えるだけ彼女を傷つけるので止めておこう。

「いえ、こちらこそお願いしたいぐらいです。今後ともよろしくお願いします」

 ウィンディも二つ返事で了承し、お辞儀を返す。

「こちらこそ、不束者ですが末永くよろしくお願いします」

 そんな感じで、ウィンディとローナはそこが廊下であることも忘れてお辞儀合戦を開始する。二人が戦いを止めたのは、始業のチャイムが鳴り響いてからだった。それから、ローナが別れ際に言い残した。

『後一人、伝手がありますので戦武科の前に来てください。お昼の休み時間になら、居ると思いますから』

 どうやら、メンバー集めはローナに頼り切ることになりそうだ。

 肩の荷を降ろしたウィンディに、まさかの苦難が待ち受けようなどと、その時に誰が考えただろうか。


~~羊狼ラジオコーナー~~

「しばらくぶりですが、またやってまいりましたラジオコーナーの時間です。あきたらず作者こと、ヒスイがお送りします」

「ゲストは俺だ! ゼッドだ」

「簡潔な自己紹介ありがとう。エルセント親子の声優紹介ということもあって、今日はゼッドに来てもらった」

「うん? 新しい登場人物が出ると聞いたが、まだなのか?」

「あぁ、ちょっと計画の変更があってね。まぁ、単に章の順序を間違えて宣伝してしまっただけなんだが……いや、楽しみにしていた皆さん、本当に申し訳ない!」

「おいおい、しっかりしてくれよ。幸先が不安じゃねぇか」

「だ、大丈夫だ。次回こそは、次回はちゃんと出すから。それじゃ、気を取り直して声優紹介と行こうか!」

「仕方ねぇな。そんなわけで、先ずは俺からだ。某錬金術師アニメの筋肉少佐や某竜玉の何でも願いを叶えてくれる竜神様などの声優をやってらっしゃる、内海 賢二氏だ」

「ある程度は隠せ、と言ったが、少し長ったらしい説明だな……。まあ、竜神さまほどじゃないが、結構ハスキーボイスなんだよなぁ。たぶん、ローナの奥さんもその辺に惚れたのか?」

「作者のテメェが聞くなよ。ちなみに、ソルフや俺の過去はあまり書かないんだよな。妻を取り合うソルフとのシガラミなんかは、恋愛物が苦手な作者にゃ、ちょっとハードルが高い」

「そうなんだわ。それに、あんたらの学生時代の話は、ウィンディの学校編で重要事項になるからな。次はローナだ。彼女は、一応アニメにも出演しているが、大方は十八禁ゲームの声優をやっている草柳順子さんだ」

「……自分の娘だということも含め、少し納得がいかんのだが」

「それは許してくれ。作者は、少しオタクを齧ったぐらいのモグリなんだよ。だから、アニメ声優の声を全部把握しているわけじゃない」

「そうか、まぁ、そいつは仕方ねぇな。よし、一通りはやったからこれで今日は終わりにしよう。文字制限も迫っているだろうし」

「そういうことで、次回もお楽しみに~」

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