自分で行くしかないのかよ
「困った」
ここは王宮にある庭園。
屋根がついた休憩所みたいなところで、俺は途方に暮れていた。
勇者候補はもういない。頼みの綱の騎士団長は、微妙。
こうしている間にも、魔王軍は勢力を伸ばしている。
モンスターは増え、国は荒廃していく。
それだけじゃない。やがて準備を整えた魔王軍が総攻撃を仕掛けてくるかも知れない。なにせ魔王城はこのアルカナ城の目と鼻の先にあるのだから。
ふと庭園の方を見ると、セバスチャンが花の蜜を吸おうとして蜂に鼻を刺されていた。
イラッとした。
「まったく、緊張感はないのか、あやつは」
「リアー、鼻刺されちゃったー。ヒールしてぇー」
子どものように回復魔法を若いメイドにおねだりするジジイ。
そばに立っていたリアが優しく微笑みヒールをかける。天使かよ、ゲロリアブー太郎。
「くそっ!」
と、つぶやき、俺はため息をつく。
セバスチャンが目ざとくそのため息に気がついて話しかけてきた。
「陛下、まさか」
「なんだ?」
「まさか陛下、わたしが吸った蜜狙ってました?」
「ねらうか!なんで庭の花の蜜を執事と奪い合うんだよ!どんな王様だよ!」
「あ、陛下、まさかご存知ない?この花の秘密」
「なんじゃ」
「すごく強くなるんです」
「は?強くなるってどのぐらい?」
「同じレベルなら、勇者にも勝てるでしょうな」
「・・・え?」
ちょっと待て。
「ってことは、その花の蜜を吸えば、同じレベルの勇者に勝てるというのか?」
「その通りでございます。なんと、勇者しか使えない伝説の奥義、ナンデヤーネンスラッシュも使えるようになるのだとか。伝承によると、どんな強大な魔物をも討ち倒す威力があるのだそうでございます」
「・・・いやいやいやいや、だったらそれを使えば良いではないか!」
「何に?」
「魔王討伐だよ!」
「・・・・・・あ、なるほど!さすが陛下!気がつきませんでした!」
「いや気がつけよ!」
いよーし!やった!希望の光が見えて来たぞ!これでこの国も救われる!
「恐れながら陛下、それはそうなのですが、少し難しいかと」
リアが恐縮した様子で進言してくる。
「実はその、強くなる効果なのですが、3秒間しか続きません」
「みじかっ!」
だが、ものは考えようだ。
「いっ、いや、しかし、多数の高レベルな一般兵士が、時間をずらして花の蜜を吸えば、なんとかスラッシュ連発とかもできる訳で、使いようによっては魔王討伐出来るのではないか?」
「陛下、なんとかスラッシュではなくナンデヤーネンスラッシュでございます」
セバスチャン!ややこしいから入ってくるな!
「ええい!そんなことはどうでもよい!使い方次第ではないのか、リアよ!」
リアは、憂いをたたえた大きな瞳でじっとこちらを見つめる。うっ、惚れてしまいそうだ。
「陛下、なぜセバスチャン様は、蜂に刺されてしまったのでしょう?」
「バカだから?」
「それもありますが・・・」
隣に立つセバスチャンが地味にショックを受けてしゅんとしている。
「蜜の効果がなかった、と、考えられませんか?」
「効果がない。つまり、発動には条件がいるということだな。時間帯、あるいは場所とか?」
「いいえ、蜜を吸えば、必ず3秒間効果は持続します。ただし、1日に一回ですが」
「ではなぜだ?あ、数が少ないのか?」
「いいえ、そこら中に咲き誇っている赤い花が、その花、ユウシャワンパンの花です」
「そうか。教えてくれ、リアよ。条件は何なのだ?」
「それは、王様であること」
「・・・・・・。俺ええええっ!?」
って、思わず余じゃなくて俺って言っちゃった。いや、だがしかし。
「そうなのか。それは、非常に難しいな」
そのときだった。そっと、俺の手を両手で握りしめて、超ふくよかな胸元に近づけるリアさん。
「えっ?」
上目遣いで、じっと覗き込む瞳に吸い込まれそうだ。待ってくれリアさん、心拍数がっ、ちょっとこの王様仕様の肥満体、けっこう高血圧気味なんだ。あまりドキドキさせないでくれっ。
「たしかに私は陛下に、少し難しい、と、申しました。ですが、勇猛果敢、英雄の中の英雄の陛下であれば、きっと何千、いや何万の敵のモンスターの群れを切り裂き、きっと、悪き魔王を打ち倒してくださるでしょう。私はそう信じております!」
い、いや、リアさん。肥満の中年のおっさん捕まえて何言ってるの?
「そんな、でもたった一人きりで、しかも3秒間だけ強くなるって、無理じゃろ?どう考えても」
「大丈夫です!陛下はお一人ではありません!」
「どゆこと?護衛の兵士とか騎士団長が守ってくれるの?」
「いいえ!彼らは兵士であっても、大事な陛下の民。一兵たりともムダに散らせるわけにはいきません!」
いや、王様1人で行かせて散らせるのはどうなのよ。
「ご安心ください!今回、いまご覧の陛下だけに、特別に、お得な情報がございます!」
いや、テレビショッピングみたいになってんじゃん。リアさん、あなただけはマトモだと思っていたけど、やっぱりあなたもちょっとアレなのね。
「実はこの国以外にも、魔王軍の被害に苦しむ国は、あとひとつ。いえいえ、今回は特別に!特別ですよぉ、あと二カ国もおつけします。なんと、わが国とは別にあと3カ国も、魔王軍に苦しんでいるのでございます!」
「お得の定義間違ってる気がするけどまあいいや。それがどう関係するのじゃ?」
「ですからぁ!困ったときはお互いさま、ということで、それぞれの国の王様とパーティを組めば良いのですよ!ユウシャワンパンの効果は、わが国だけでなく他国の王様にも効果がありますから最強です!これでもう、ひとりぼっちじゃないです!寂しくないです!」
ドヤ顔で見つめるリアさん。いや、寂しい寂しくないの問題じゃないし。だいたい、王様、王様、王様、王様って、どんなパーティやねん!
「しかしのぉ、リアよ。効果が3秒しか続かんのじゃぞ。その前に、あっという間にやられてしまうぞ。だいたい余は強いのか?防御力やHPがないと、魔王のところにたどり着きもできないのではないか?」
「わかりました」
「おおっ、わかってくれたか!」
「では、今から陛下を鑑定いたしましょう」
やっぱり行かせる前提なのね、このメイドさん。
「お待たせいたしました。鑑定石です」
いや、はえーよ、セバスチャン!なんでこんなときだけ有能なんだよ!
くっ、仕方ない。そうだ、カラダはダルダルだけど、案外能力は高かったりして!ってゆーか、もしかしてチート持ちかも。で、魔王倒せるほど強くて実は自分が勇者だった、っていうオチかも!
よおーっしゃ!やってやろうじゃねぇか!
おら、来いよ鑑定石!驚けおまえらぁ!
――――ぽすん
と、いう気の抜けた音を立てて鑑定石が光った。
鑑定石を覗き込む2人の目が見開かれる。
やはりそうかっ!今から俺の伝説が幕をあけるのかっ!
「レベル 37」
おおっ!きたーっ!高レベル!
「攻撃力 5」
「スピード 7」
「魔力 3」
「防御力 2」
セバスチャンとリアが交互に鑑定石に表示された能力値を読み上げる。
徐々に2人の声のトーンが落ちてくるのが分かる。
いや、そうじゃなくても察してしまう。なんで、能力値がどれも一桁なんだ。しかもレベル37でソレって、そのレベルになるまでどんだけ足踏みしてんだよ能力値!伸び代もなさすぎだろ!
レベル1なら、まだ成長率とか期待できたのにっ!
やばい、泣いちゃいそうだ。
リアが慰めるように言う。
「陛下、あきらめることはござません。ここから伸びていく可能性だって・・・」
「おおっ、それはまことか?」
おいっ、目を逸らすな。
「で、ですが、すごいです!固有スキルを陛下はお持ちですっ!これは、本当にめったにいないレアスキルなんですよっ」
きたーっ!スキル持ち!そう来なくっちゃ。レベルがそのままで能力値があがる設定とかありそうだもんな!
何だよぉ、驚かせやがってぇ。そういう隠し玉があるなら、早く言ってくれよぉ。
「そうか、レアスキルが。それはどのようなスキルなのじゃ!?」
「・・・・・・ツッコミ」
「ん?」
「ツッコミ、でございます、陛下」
わぁ、思い当たるところあるぅー。転生してからツッコミどころ多すぎるもん。
いや、諦めるのはまだ早い!もしかしたら名前に反したとんでもないスキルかも!
「ツッコミとは、どのようなスキルなのじゃ?」
「ツッコミ、が、うまくなる、と、伝承では伝えられております。ぷっ」
あれ?笑われてる?俺ほんとに王様だよね?
それにしても残念すぎるステータス。へこむわぁ。
「陛下、落ち込むことはございません」
「どうした、セバスチャン?何か見つけたのか?」
「はい。なんと、かしこさは21ですぞ!」
「おおっ、そうか!それは一般的には比較的高い数値なのだろうな?」
「はいっ、もちろんでございます。私が23ですから、それに匹敵しますな!」
「・・・・・・お前より下かよおおおおおおっ!」