勇者アホばっかりかよ
俺はいま、謁見されている。
自らの肥満体をヒィヒィ言わせながら、高い階段の上にある王座に座り、勇者一行を見下ろしているのだ。
それにしても、さっさから魔法使いの男と、僧侶の女がイチャイチしていて腹立たしい。なるほど、確かに相性の良いパーティのようだ。こらっ、こっそりお互いのマントで隠してその下で手を握るなっ。わかるんだぞっ!おまえらもうそのまま付き合っちゃえよ!
は、いかん。そんなことより勇者の覚悟を確かめなくては。
「もう一度問う。勇者殿よ。貴殿らは、いかなる困難を乗り越えて魔王を討ち滅ぼす覚悟はあるか?」
「もちろんでございます陛下。どんな困難も乗り越えてみせましょう」
緑の髪をした美形の勇者が顔をあげて答えた。
くっ、微笑みが眩しい。
だが、悲しいかな、アタマに鳩のフンが付いている。
誰か教えてあげてぇ。
「ん、んんっ。そなたはこれまでの勇者の中でもひときわ『かしこさ』が優れておるようだな。して、名は何と言ったか?」
「ホイコーローでございます」
不安。
ってか、どうなってんのこの国のネーミングセンス。
「か、かわった名前であるな」
「私のことは、コーとお呼びください」
ホイとかローとかじゃなくて、あくまて真ん中なのね。
まぁいい。かしこさのステータスは実際に鑑定石で俺も確認した。期待しよう!鳩のフンついてるけど!
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、期待しておるぞ。では勇者コーよ、南へゆけい!『はじまりの村』へゆけい!そこから東に行って、ナイマンの街へゆけい!そのあとはとにかく東の方へいって、北上して、充分に強くなってから、特にレベル40以上になってから、こちらの方へ戻ってきて魔王城にゆけい!村人や町人や兵士、めんどくさくてもモブに必ず話しかけて、ちゃんとシナリオ通りのルートをたどってゆけい!」
「陛下、何をおっしゃるんですか!」
「異論があるのか?」
「いえ、お言葉ではありますが、ちゃんと村人に話しかけてイベントをクリアしていくのは勇者の旅の常識でございます。あえて念押しされるまでもありません。お任せください!」
「おおっ、分かってくれるか!そうだよな、そうであろう!」
すると隣に控えるセバスチャンが咳払いして言った。
「おほん。さすがでございますな勇者どの。まさに、魔王を倒すには、地道なレベル上げやイベントをこなしていく不屈の精神力が必要なのです。たとえ魔王城はこの城からすぐ北に行ったところにあるとしても、ガマンして遠回りをする覚悟が必要なのです」
「・・・え、そうなんですか?魔王城ってすぐ近くにあるんですか?」
セバスチャーン!余計なこと言うなヨォ!なんかちょっと「どうしよっかな」って顔に、勇者コーさん、なってんじゃん!
「ああっ、まてまて!いきなり魔王やその幹部に挑むのは早すぎる!現実にレベルを上げてから挑むのだ!」
「おっしゃる通りですね。・・・・・・でも、もしかしたらボク勇者だし、ワンチャンありますよね!」
やっぱりバカなのかな?
「いや、そんなことは言っておらん!わしは、多少時間がかかってでも良いから、ちゃんと勝てるようになってから魔王に挑んで欲しいのだ」
「陛下、でも私、勇者ですよ」
もうっ、なんでこの国の人、こんなんばっかなん。
「ああっ!なぜわからんのだ。あ、ほらそこの壁際に立ってる兵士よ。おぬし、ベテランであろう。勇者と戦ってみよ!」
「御意!勇者殿よ、陛下のご命令とあらば参る!やああああああ!」
―――――――キンキンキン!キーン!
「くっ、ま、まいった!」
と、武器を落とし、膝をつく勇者。
「おおっ、よくやった、ベテラン兵士!ほれみたことか、勇者コーよ!貴殿の素質は勇者かもしれん。だがレベル1だと城の兵士にも負ける始末。実力の程がわかったであろう!」
「はいっ!よくわかりました!弟子にしてください、師匠!」
と、言って兵士に土下座する勇者コー。
「いやそういうことじゃないの!余は、勇者に普通に冒険してほしいの!ってかベテラン兵士よ、何『わしの剣の道は厳しいぞ』みたいな顔してんの!」
と、ここで俺はふと思った。下手に低レベルのまま旅に出られるより、この兵士に鍛えられてから冒険に出れば少しはマシかもしれない。
「うむ、だが、しかし、一理ある。勇者コーよ、この者に弟子入りし、世間の広さと厳しさを教えてもらうが良いかもしれぬな。ものは試しだ。やってみよ」
と、俺は言い放ったのだった。
それから一週間後。
ゲロリアブー太郎さんに肩を揉んでもらっていると、激しいノックの後、伝令の兵士が慌てた様子で飛び込んできた。
「おそれながら!」
「よい、申してみよ」
「勇者ホイコーローご一行、全滅となりました!」
「えええええええっ!!どゆこと?城の中でベテラン兵士と訓練してたんじゃないの?」
「それが、さすが勇者さまというべきか、3日でレベル3になり、師匠のベテラン兵士より強くなってしまいまして、4日目には城を出て行かれたようです」
「勇者の素質みくびってたぁ!だ、だが、あれほど北の山には行くなと言っていたのだ。まず南へ向かったよな?」
「はい。陛下のご命令通り、南の『はじまりの村』へ向かいました。ですが、村人に、魔王城なら北に向かった方が近いっぺよ、と、言われまして、即座に北に向かわれました」
「村人ぉ!余計なこと言うなヨォ!ってか、『かしこさ』仕事しろヨォ!」
「申し訳ありません」
「ベテラン兵士は、城から勇者一行が出ていくのを黙って見ておったのか?」
「はい、それが簡単に追い越されてしまったことで、ちょっと傷ついてしまいまして、何も言わずに田舎に帰りました」
「メンタルはベテランじゃないのかよ」
「大丈夫ですか、陛下」
象牙細工のような白く繊細な指先で、やさしく肩に手をまわしてくれるゲロリアブー太郎さん。惚れてしまいそうだ。
「あ、ああ、大丈夫だ、リアよ。わしのやり方があまかったのだ。次は失敗しない。伝令の兵士よ」
「はっ!」
「この国にはあのベテラン兵士よりも、強い者はおるのであろう」
「はい、騎士団長さまは最強です!はっきり言って私はそこらの勇者より強いと思います!」
「素晴らしい!では騎士団長に魔王討伐を・・・」
と、そこでセバスチャンが口を挟んできた。
「なりません、陛下!国の守りの要ゆえ、国をあける訳にはいかぬのです!」
ちっ、たまにまともな事を言いやがって。
「よい!余が許す。次の勇者には騎士団長を師匠にしよう。そうだ、国境を超えるまではちゃんとシナリオ通りに旅をしているか、騎士団の一隊を見張りとして同行させよう。うむ、それなら完璧だ。ちゃんとレールに乗ってくれるはず!」
こほん。と、セバスチャンが咳払いをした。
「陛下、おそれながらそれは不可能です」
「なぜだ?」
「勇者ホイコーローが、最後の勇者でした」
「え?」
「ですから、もう勇者の打ち止めです!」
「・・・・・・。ふざけんなああああ!今まで、めっちゃいたじゃん!よりによってアイツが最後かよ、勇者の無駄遣いしすぎだよぉ!」
「陛下、せめてホイコーローの名が、アンニンドウフかゴマダンゴなら、この勇者で最後だと陛下も気がつかれたかもしれませんな」
「どういうことだ?」
「中華のコースの最後に出てくるデザートだけに!はっはっはっはっはっ!」
「ねぇ、リアさん、執事って気に食わなかったら死刑にできるんだっけ?」
「はい、王様ですから」
「あ、いや!へへへ、陛下!またご冗談を!こらっ、リアよ、陛下の宝剣を持ち出して陛下に渡すでない!あっ、あっ、そうだ!そうですよ陛下、わたくし、ナイスアイデア思いついちゃいました!」
―――チン!
俺は抜き出しかけた剣をいったん鞘におさめた。
「聞こうではないか」
「ほら、いるじゃないですか、強いのが!われらが誇る騎士団長が!あいつに魔王を倒させればいいんですよぉ!」
「いや、おまえさっき騎士団長は国防の要だから、国をあけさせられないって言ったよね?」
「そこはほら、臨機応変というやつですよ、陛下ぁん」
「甘えるな気持ち悪い」
ふむ、騎士団長か。アリだとは思うが、それなら今までなぜそうしてこなかった?
「一考の余地はあるが、それならなぜそうしてこなかった?やはり勇者ほどは強くないのではないか?」
「いえいえ。これは推定値ですが、騎士団長は、レベル40の勇者とも渡り合える実力を持っております」
ほお。レベル40か。ギリなんとかなりそうだな。
「ではなぜ勇者が必要なのだ?」
「魔王にだけ絶大な効果を発揮する剣技、ナンデヤーネンスラッシュを使えるのは勇者だけなのです」
なんだよ、そのツッコミの最終進化形態みたいな技は。
「それが使えなければ、いくら騎士団長といえども、強大な魔王には勝てぬでしょうな」
「くそう、万事休すか」
セバスチャンが同情の表情を浮かべて言う。
「ま、陛下、いいじゃないですか。悩ましいことは忘れて、一曲踊りませんか?」
こいつをいっときでも有能そうな執事だと思った自分をぶん殴ってやりたい。