ツッコミ疲れる転生かよ
「おもてたんと違う!」ってこと、あるよね。
俺の場合は異世界転生で生まれ変わった自分のことや世界の設定だ。
いや、中二病じゃないよ。ラノベとかは好きだったけどさぁ、二十代後半になって、そんなこと実際にあるんだね。驚いたよ。
ともかく俺は、ある雨の日の深夜、無性にカップ麺が食べたくなって、家を飛び出したんだ。
そして、お目当てのカップ麺を見つけた後、コンビニを出た。そのまま俺は家へ帰り、カップ麺を深夜に食べて「うめぇ」って、言うはずだったんだ。
だけどそうはならなかった。ぼーっとしていたんだ。コンビニのバイトのねーちゃんが異様に可愛かったから。
俺はチラチラと後ろを振り返ったね。
次のシフトもおんなじ時間帯かな。また会いたいな。
でも、なんかそれってストーカーっぽくね?でも、向こうも俺の顔見て微笑んでくれたし、脈アリなんじゃね?
いや、でも、営業スマイルだよな。なんてことを傘をくるんくるん回しながら考えてたんだ。
――――――キキーッ!
「あ」
トラックが突っ込んで来ていた。世界がスローモーションになって、そのとき俺は何故かこう思ったんだ。これは、異世界転生のテンプレってやつじゃないか?中学生の頃はよく夢想していたけれど、この歳になってついに来たか!ってね。
でも、ぶっちゃけ俺そこそこ幸せだったんだよなぁ。IT系だけどホワイト企業に勤めてるからデスマーチとかないし、給料も結構良くてタワマン住まいだし、コツコツ続けた投資信託でまとまった資産も出来てきたし、彼女は今はいないけど、それなりに外見も良くてモテてきたし、友達わりともいるし、正直、異世界なんか行きたくないんですけど。でも、なんか感覚的にわかっちゃうんですね。あ、これ転生するやつだって。
それにしてもトラックかぁ。これはやっぱあまりにもテンプレすぎな―――――――
「ドン!」
という音を聞いたところで、俺の走馬灯のような思考は途切れた。
何かとても心地よい、暖かなものに包まれている。どうやらこれは羽根布団のようだ。
小鳥の囀りが聞こえる。
これは病院のベッドではないな、と思った。チートをくれる女神さまは現れなかったが、俺はやはり異世界転生したのだ。
ゆっくりと目を開ける。ほらな。
これはあれだ、天蓋、というやつだな。
なるほど、王族か貴族に生まれたのかな。
貴族の三男以下で期待されてないけど幼少からチートな能力を発揮して没落気味の家を再興するっていうのも好きなラノベパターンだぞ。
しかし、どうやら赤ちゃんに生まれたわけではないな。大人の体だ。
おい。
肥満体じゃねーか。顔を触ってみる。ぷにぷにして脂ぎっている。そのまま顎に手をやると、立派な髭がみょーん、と生えている。
「うん。これは太ったおっさんだな」
ボソリと呟くと、あっ、と言う声が聞こえた。その方を見ると、メイドが驚いてこちらをみている。
「へ、陛下!!!」
陛下?
「お目覚めになったのですね!」
と、言うことは昏睡状態だったってことですか?
あー、はいはいアレね。元の人は病気か何かで、その魂は召され、俺が代わりに入った的なアレね。
しかしこのメイド、美人だな。西洋風の顔立ちをベースにちょっと東洋風も混じっていて、ほんとバランスいいな。
ゲームのCGみたいだ。髪の毛青いけど、地毛なのかなぁ。やっぱりコスプレのナイロンでできたような安物のウィッグと違って、地毛だと自然でかっこいいよなぁ、なんてことを思っていると、
「すぐに人を呼んで参りますね!」
と言って、美人メイドちゃんはバタバタと部屋を出て行ってしまった。
ふむ。それにしても豪奢な部屋だ。悪くない。俺の自慢の細マッチョがこの肥満体になったのは残念だけど、陛下ってことは王様ってことだよな?いいじゃん。
青年がチート能力手に入れて冒険者として無双する系もいいけど、国を立て直す系もありだよね。三国志のゲームとか好きだったし。シミュレーションならお手のものだ。
ふっ、いっちょ世界征服してやりますか!
ところでシミュレーションのこと「シュミ」レーションって間違えてる人、けっこういるよね。まぁ、どっちでもいいんだけど。なんてことを考えていると、ドアがバン!と開いた。
「陛下、お目覚めですか!」
現れたのはいかにもセバスチャンって感じの有能な執事。この人なら色々知っていそうだ。よし、ここは王様になりきって・・・・・・。
「余は長き眠りについていたようだ。それゆえ、記憶が曖昧でな。そなたの名は何と言う?」
「陛下、わたくしはセバスチャンと申します」
セバスチャンなんかーい!
「おおっ、そうであったな。そんな気がしておった。余はいかほど眠っておった?」
「2日にございます」
もうちょっと感動的な長さからの復活を期待したんだけど、そこそこ短いのね。まぁいいや。
「2日もか。何ゆえじゃ」
「不届きものの侵入者に・・・・・・」
「暗殺されかけたか?」
「いえ、驚いて転んだ拍子に頭を軽く打たれたのです」
「あ、そう・・・・・・」
王様の魂、もうちょい粘れよ!頭軽く打っただけかよ。
はっ、待て待て。なんかピンと来たぞ!
これは推理すると、王様の魂が現世に執着したくないほど、実はピンチだったんじゃないのか?権力争いで悩んでいたり、国が滅亡の危機にあるとか?
「セバスチャンよ。その、なんだ、もう少し教えて欲しいのだが、この国で今、何か問題は起こっているか?」
「問題、で、ございますか?」
セバスチャンはキョトンとする。
「あ、いや、大した問題が起きていなければ別に良いのだ!」と、俺が制止しようとしたとき、セバスチャンはニッコリとして答えた。
「それほど大したことではございませんが、魔王討伐のために陛下が送り出した勇者パーティがこれまでに259組ございまして、そのいずれもが全滅しております」
「もんだい〜!!!それ、もんだぁい!ってゆーか勇者多すぎぃ〜!!」
俺はベッドにぐるんと仰向けに倒れて幼児のようにバタバタと足をバタつかせた。
はっ、いかん。王の威厳がっ!
黙って見ていたセバスチャンが目を潤ませて言う。
「よかった、いつもの陛下だ」
いつもこうだったんかい!
よし、一旦落ち着こう。
もう少し情報を得ねば。
「ふう」
「陛下、お水をどうぞ」
傍で見守っていた先程の青髪の美人メイドさんが、優しく水を差し出してくれた。
その微笑みはまるで天女のようだ。名前もきっと可愛いだろうな。
セシリアとか、エレノアとか、レなんとかとか、きゅんとするアレだろうな。
「ありがとう。して、そなた名前は何といったか?」
「ゲロリアブー太郎です」
―――ブー!
思わず水吹いたじゃん!親ぁ!
「大丈夫ですか!陛下」
やさしく背中をさすってくれる彼女の華奢な手はひんやりしていた。
心配そうにこちらをのぞきこむその大きな瞳と長いまつ毛に、思わずドキリとする。
「ありがとう、ゲ・・・・・・」
「ゲロリアブー太郎でございます、陛下」
「そ、それはフルネームか?」
「いえ、こちらは名前でして、氏名としては、ゲロリアブー太郎=ローズフィールドですわ」
バランスわりぃな、おい。
「そ、そうであったか」
「はい、わたくしのことは、どうぞ『リア』とお呼びください」
あ、そういう感じで略するのね。よかった。
「ふむ、もう大丈夫だぞリアよ」
にっこり微笑んで、すっと下がるゲロリアブー太郎さん。その所作も美しい。
「して、セバスチャンよ、魔王や勇者のことについて詳しく聞いても良いか?」
「もちろんでございます」
「魔王というからには、国を脅かす存在なのか?」
「はい、300年に一度復活するのですが、五年ほど前に復活しまして、国内に出没する魔物の数も増え続けております」
「そうか。だがその割にはこの国は豊かさを保っておるようだな」
俺は豪華な内装やセバスチャンたちの高級そうな服装を観察して言った。
「はい、それはもう。民衆からがっぽり搾取しておりますから」
そう言って、バチンとウインクするセバスチャン。いやバチンじゃねぇ。
「そ、そうか。ほどほどにな。で、余は魔王討伐のために勇者を送り込んでおるのか?」
「はい、陛下の明察なお考えのもと、魔王復活よりはるか前、今から20年も前から国家事業として勇者の素質をもった子どもを産むように奨励、支援しておりましたから」
「ほう、勇者の素質のある子どもは、狙ってつくれるものなのか?」
「はい。ピーのときにピーして、ピーすると産まれやすいのでございます」
うん、ピーしか言ってないけどまぁいいや。
「ともかく勇者の候補は、現在たくさんおるのであるな?」
「はい、『勇者っ子政策』のおかげでございます」
なんだよ勇者っ子って。
「しかしそんなに送り込んで、なぜ魔王討伐ができぬのだ。ほんとうにそやつらは勇者なのか?」
「それは間違いございません。志願者はすべて国宝の鑑定石で、勇者の才があるかどうか鑑定しております。もし勇者を語る偽物であったと分かったら、その場で八つ裂きの刑にされますので」
なにそのハードモード・・・・・・。
「勇者の才能があると強いのか?」
「もちろんでございます。攻撃力、魔力、すばやさ、かしこさ、防御力、幸運、魔法耐性、すべてのステータスが、なんと複利で伸びていきます」
複利って、金融商品かよ。
「そのほかにも、カラオケ歌唱力、色鉛筆絵画力、けん玉上達力、簿記力、スーパーで特売のシール発見力などが飛び抜けて優れているのでございます」
うん、魔王討伐に関係ないね。ってゆーか、なんだよ最後のスーパーで特売のシール発見力って。
「ただし、勇者は恐ろしい呪いに生まれつきかかっておりまして」
「ほう」
「常人の一万倍も、鳩のフンに当たりやすいのでございます」
地味に嫌だな、その呪い。
「セバスチャンよ、勇者が強いのはわかった。もしかしたらパーティーメンバーに問題があるのではないか?」
「いえ、お言葉ながらそれはございません。ご賢明な陛下は、『勇者っ子政策』の他に、『戦士っ子政策』や『僧侶っ子政策』『魔法使いっ子政策』なども実施されておりまして、同年代の才能あふれるパーティーメンバーには、事欠きませんから」
「て、手厚い準備をしておったのだな」
「それだけではございません。さらにベストな出会いがあるように、『集え!冒険者たち!今夜はお前たちに運命の勇者との出会いをお届けするぜ!文字通り勇者パーティーのためのスペシャルパーリナィ』、略して『ゆうパ』を毎週金曜日に陛下の勅命で開催しておりまして、相性抜群の勇者パーティがいくつも誕生しております」
なにそれ楽しそう。
「そのパーティとは、どのような催しなのだ?」
「そうですね、魔力マッチングなど様々な余興がございますが、やはり王様ゲームが一番人気ですね」
王が主宰のパーティで王様ゲームやられるって大丈夫なん?「王様だーれだ?」ってやってんでしょ。「余じゃ!」って、文句言いに行ったろか。
「なお、そのパーティで生まれた組み合わせでは、相性が良すぎて、おまえらもうそのまま付き合っちゃえよ!と言いたくなるパーティも珍しくありません」
いや趣旨変わってるから。
「うーむ、わからんな、そんなに条件が良いのに目的を達成できぬとは。では魔王軍が強すぎるということではないのか?」
「はい。魔王軍はとても強大です。しかし、過去の記録では、勇者は困難を乗り越え、必ず魔王を打ち滅ぼした、と、記録されております」
「今回の勇者が弱すぎるのか?」
「いえ、素質だけ見れば、歴代最強の勇者が揃っております」
「ん?ちょっとまて、素質だけ見れば?ちなみに勇者はいつどんな風にやられているのだ?」
「レベル1〜3のときに、北の山で」
「すべてか?」
「はい」
「スライムにやられるのか?」
「いえ、スライムのような雑魚モンスターに勇者様たちがやられるはずもございません。強大なモンスターに遭遇するからです」
「なにっ、この国の周辺にはそんなに強いモンスターしかいないのか?」
「いえいえ。城の周辺はスライムやゴブリン、おばけウサギなど、村人でも頑張れば倒せるレベルの雑魚モンスターばかりです」
「わからんな、どういうルートをたどっているんだ?」
「こちらの地図をご覧ください」
そう言ってセバスチャンは、一枚の地図をベッドサイドテーブルの上に広げた。
「ここが、いま我々がおります、アルカナ城です」
「ふむふむ」
「ここから南に行きますと、『はじまりの村』と呼ばれる村があります。冒険初心者でも扱いやすい手頃な武器や防具が手に入ります。周辺モンスターの強さも、レベル上げにはうってつけですな」
「よいではないか」
「次に『はじまりの村』から西に進みますと、より大きなナイマンという街に着きます。この辺りは『はじまりの村』よりちょっと強いモンスターが現れまして、さらにレベルが上がりやすくなります」
「いいね」
「このナイマンと言う街の市長の娘がモンスターの毒にやられておりまして、ナイマンの南西にあるダンジョンの奥で隠居している伝説の薬師に、特別な薬草をもらうというイベントが発生します」
「おっ、イベント発生!お約束だね」
「そのダンジョンには、さらにちょっと強いモンスターがおりまして、勇者パーティーは経験を積むことができます。ちょうどレベルは10〜15になって色んな魔法を覚えはじめ、一番ワクワクするときですな」
「いいねぇー」
「さらにダンジョン内では、そこそこ良い武器や防具を宝箱で見つけることができますし、見事薬草を持ち帰った暁には、市長から伝説の武器の眠る祠の鍵をもらうことができます」
「きてるねー、これぞRPGだねぇー」
「ナイマンを旅立った後は、街道沿いにさらに北西→北→北→東→南→東→南東と進んで、さまざまな街や村、城やダンジョン、祠や洞窟などに立ち寄り、少しずつ敵やイベントの難易度は上がっていきながら、自分たちもレベルを上げて乗り越え、やがてレベルが40から50になった頃、ようやく魔王城へと辿り着きます」
「ん?」
「陛下、何か気がつかれましたか?」
「これアレだね。ぐるっと一周して戻ってきた感じだね。で、魔王城は、このアルカナ城のすぐ北にあるように見えるんだけど・・・・・・」
「さすが陛下、ご明察です。魔王軍の幹部が守る山を登ったところ。アルカナ城の目と鼻の先にございます」
「いや、見ればわかるよ。あれ?ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て。勇者パーティは、低レベルのうちに、どこで全滅したって言ってたっけ?」
「北の山でございます」
「・・・・・・それぇ〜!!!全滅したのそれぇぇぇぇぇっ!!!」
「はい?」
「レベルあげて行けヨォ!レベル1のまま北上して魔王城にいきなり乗り込もうとするなよおおお!」
「でも陛下、お言葉ですが」
「なんだよ?」
「近いですよ」
「もう、バカァー!!そういう問題じゃないの!RPGってのは、徐々にレベルあげてくのが醍醐味なの。ちょっとずつ強くなって、だんだん強い敵を倒せるようになり、最後に圧倒的に強いラスボスを倒すから感動するの!」
「なるほど・・・・・・でも近いですよ」
「いや、そうかもしれんけど!最短ルートかも知れないけど、全滅したら意味ないじゃん!」
「ワンチャンないですかね?」
「ねぇよ!レベル1はノーチャンだよ!」
「中にはレベル2とか3の勇者もおりますよ」
「変わんねーよ!なんでそれでドヤ顔なんだよ!」
「でも遠回りってめんどうじゃないですかぁ。勇者たちもみんなそう言ってましたよ」
「おまえらの頭脳の方がめんどいよ!何なんだよ、このRPGの王道をガン無視する世界!」
「ぷっ、王様がまさに王道を語っていますな」
「もおおおおおおお!」
ハア、ハア、ダメだ、めまいがして来た。ちょっと休もう。
「セ、セバスチャンよ。もうよい、さがれ。余は休む」
「かしこまりました。・・・・・・陛下、あまり叫ばれるとお体にさわりますよ」
「お前のせいだよぉ!」