魔王城前温泉 幸せの湯
勇者の俺が率いるパーティーは、暴食王ブー王から下された魔王を滅するクエストを遂行するため、人間の領域から旅立つ。
人間と魔人の住む領域を隔てる2〜30000メートル級の雪山が連なる大山脈で、ドラゴンとドラゴンの餌になってる癖に崇拝しているゴブリンやオークやコボルトを駆逐したり、大山脈を越えたところにあった内海で魚人やアザラシやラッコの獣人を困らせていた淡水性クラーケンを倒したりして、苦節5年やっと魔王城に辿り着いた。
辿り着いたのだがその前に、かじかんだ手足や身体を温めようと魔王城前温泉の幸せの湯温泉旅館に宿泊する。
今俺は露天の混浴温泉に浸かり、隣にいる女性の身体を見ないようにするために周囲を見渡して気を紛らわせようとしていた。
夜空には大きな三日月が輝き、温泉の周囲には温泉の灯りに照らされて夜なのに、群生しているコスモスの色とりどりの花が咲き誇っているのが見える。
露天風呂と旅館を繋ぐ通路の先の屋内風呂の方に目を向けると、その手前にある金魚が泳ぐ池を見ながら熱る身体を冷ましているのか、隆々とした筋肉を身に纏った重騎士が魔法使いの女性と2人ベンチに座り、仲良くお喋りしていた。
屋内風呂の更に向こうのガラス張りの休息室に目をやると、暖炉の前の椅子に腰掛けた防御の要の盾持ちのドワーフが、温泉卵や茹で卵を摘みながら火酒を大きなジョッキでグビグビ飲んでいる。
その隣にはパーティー内で1番スタイルの良い聖女とパーティーで1番年上の癖にツルペッタン体型のエルフの姐さんがいて、壁に貼られている文化祭のポスターを眺め、黄色い帽子を被った魔族の子供たちが一生懸命文化祭の宣伝をしているのに耳を傾けていた。
休息室の奥の脱衣所兼ロッカールームにはパーティー内で1番若い、って言っても俺より1つ下なだけだがの盗賊の男がいて、幼い弟妹に送るのか売店で買った和菓子の詰め合わせが入った袋を、パスワードを打ち込んで開けたロッカーに仕舞おうとしている。
そして俺は直ぐ隣で湯に浸かっている、背中に折り畳まれた蝙蝠の羽があるボン・キュッ・ボンで美少女の魔王に、「王の職が世襲じゃ無ければ、誰かに魔王の職を押し付けて今でも冒険者を続けていたのに……ブツブツブツ」などと言う愚痴を、延々と聞かされていた。
まさか数カ月後に、俺と魔王が結婚するなんて夢にも思わずにだ。
(* ̄(エ) ̄*)
こんにちは、幸せの湯温泉旅館の支配人の熊と申します。
当旅館の幸せの湯の名は、魔王城が建造されていた時に湧き出た温泉を見て、女神様が当時まだ独身だった初代魔王様の為に一緒に温泉に浸かった独身の者同士は、1年以内に結婚し幸せな家庭を築くという祝福を温泉に与えられた事から付けられました。
当代の魔王様もその事を先代の魔王様に聞かされていた筈なのですが、脳筋のため綺麗に忘れていたのだと思います。
早く結婚したい彼もしくは彼女と一緒に幸せな家庭を築きたいとお思いの方は、どうぞ当旅館に御出ください。
従業員一同お待ちしております。