いつしかのリリィ
人間関係はほんの小さなことで始まると聞いたことがある。
それで言うなら、あの日の午後はそうだった。
僕のいる公立の中学校は、第二学年の三学期に、「自然教室」という行事が行われる。
いま僕が住んでいる秋田県は世界自然遺産の白神山地があるせいか、授業やら、調べ学習やら、授業に「自然」というテーマを扱うものがたびたび出てくる。
そういうわけでの、自然教室。
課外学習が三日間に分けて行われ、どこかに泊まったりはしない。
みんなが思っているような、自然があふれる山中に行って、ガイドのオジサンがその素晴らしさについて説明をするだけではなくて、地域の美術館、水族館に行ったりと、けっこう楽しいイベントがある。
課外活動の学活が6時間くらい、それが三日も続く。日帰りのプチ修学旅行みたいな認識で間違いないと思う。
水族館に行くのは楽しい。美術館もそう。でも、美術館なんていつでも行けるし、一人で絵を眺めるほうが僕は好きで、決められた時間、ルールの中で行動が縛られることはあまり好きじゃない。
だから、今回の自然教室はあまり乗り気ではなかった。
三日間にこれだけの予定を詰め込んでいるから下準備がめんどくさそうだな。係はどこのが楽そうなんだろ。いろんな場所に行くから予算の問題で宿泊はダメになったんじゃないか?
みたいなことを、先生がこの自然教室についての説明をしている時に、窓の外を眺めながら考えてた。
当然ながら、話を聞けと先生に注意をされた。怒られた。
もう行事説明の紙を読み終わったし内容を理解したしいいんじゃないですか?
と言おうとしたけど、僕はそんなことで反論をするような短気な人だと思われたくないので、言い返すのをやめた。
▽
「今から、決まった係の人たち同士で話し合ってもらいます。自分の係のクラスに移動してください」
うっす。
僕が選んだ保健係は集合場所が今いる教室だから、移動をする必要がない。
少し待っていたら、同じ係だと思われる人たちがここに入っていった。
「........」
両手を組んで、細目で同じ係になった人たちの顔を見渡してみた。
友達。友達。部活仲間。知らない人。知らない人。可愛い女子。うん、嫌いな人はいなさそうだ。
友達が保健係になったからそのノリでこの係にしたけど、意外といけそうかもしれない。
「よっ!」
「よう」
友達とハイタッチ。
隣にいるもう一人の友達を見つめたら面白いと思ったのか、笑ってくれた。
ピースを出した。そしたら、グッドサインで返してくれた。
今回の行事は楽しくなりそうだ。
そうして、話し合いは進んでいった。
「ねね」
「う、うん?」
「同じ係の・・・・君だよね?」
「うん」
「そうなの! よかった~。人間違いだったらどしよかって」
すこし笑みを浮かべて、君は言った。
「君は、・・・・さん?」
「そうそう! 一緒のクラスになったことがないのに、私のことを知ってくれてるの嬉しいな」
君はいちいち、リアクションが大きかった。そして、明るかった。
それで連想する人物がいる。僕の元カノ、恋人だった人。
喋り方とか、普段の癖とか、服装とか、雰囲気とか、本当によく似ている。
そして、みんなと一緒にいる時は明るく楽しく振る舞うけど、本当は君はちゃんとした、真面目な人だというとこ。
傷つけられた経験があるから、人一倍そうならないように、気を遣っていたとこ。
そんなとこが元カノに似ているけど、恋愛感情はなかったと思う。
自分に妹がいたら、こんな感じだったのかなって。いつも仲のいい友達として、僕は君を見守っていた。
「ねー、ライン交換しよ」
「するの?」
「ほら、係の仕事とかさ、LINEがあると便利じゃん」
「あー、そうだね。いいよ」
「やった! ありがとう!」
人間関係は、ほんの小さなことで始まった。
例え僕に好きな人がいるとして、一二年くらい想い続けたとしても、僕は『自分から告白はしない』。
待ってる。ただ、待ってる。それだけ。ずっと待ち続ける。
何故? 何故なんだろう....。僕も自分でよく分からない。
僕が体験したことだけど、それが理由かどうかはちょっと微妙な出来事が一つある。
中一の時だった。その頃の僕の友達の話だが、あくまで、僕は傍観者。
僕の友達、あいつは、優しい奴だった。人の気持ちをないがしろにすることなど絶対にしない。思いやりもあって、話してて楽しかった。趣味が合ってたから、よく話をしたりした。
あいつには、好きな人がいた。
あいつの顔はまあまあ整っているほうで、髪型にも気をかけていて、服装はいつも清潔だった。僕が女子だったら、その性格に恋をしただろう。それくらい、あいつには魅力がある。
一つだけ短所があるとしたら、それは身長が低い、ということ。
あいつが好きだった女子は、身長が5センチだけ、あいつより高かった。
欧米などの海外の国だったら、多文化社会だし、逆身長差カップルに視線はあまり集まらないかもしれない。
しかし、ここは日本。身長だけでなく、もちろん他に要因があっただろうけど。
あいつは、あいつが好きな女子に告った。
そして当然のごとく、振られた。
僕が昔、見ていたテレビ番組がある。月曜日の深夜に放送される世の中の話題に頭を突っ込んだり突っ込まなかったりする番組。
その番組の中で、詳しくは忘れたが、とある年寄りの男性へのインタビューの場面だった。
遠い昔のことなので、印象に残った言葉以外はほぼ捏造みたいなものだけど。
「独身なんですか?」
「見りゃ分かるだろ、独身だよ」
「今までの恋愛歴を教えてください」
それで、年老いた男性の、今までの軌跡が、本人自身の口で語られた。
インタビューした人たちの発言をお笑いの目的で放送する番組だから、「フェードアウトエフェクト」が使用されて、その年老いた男性の発言は見ることができなかったが、一番大事な、僕が名言だと思う部分は放送された。
その言葉に、司会者の、ジャ〇ーズの男性も、「おー、なるほどね」とリアクションを取ったほどなので、名言だと、僕は思っている。
「わしが今まで歩んできて分かったことなんだけどね、『好かれる側でなきゃ、相手を幸せにできないんだよ』」
最後の言葉の重みはすごく、年寄りの男性の貫禄のある表情、目元にある皺、それらが相まって、僕をなんとも言えない、不思議な感じにさせた。
音声にエコーがかかったような、遠くある山に向かって叫んだ山彦のような、その言葉が、頭からずっと離れなく、今も鮮明に覚えている。
「好かれる側でなきゃ、相手を幸せにできない」なら、「両想い」はハッピーエンドなのか?
番組はそれ以上を映さなかったし、男性はインタビューをされただけだし、その言葉の真意を、海中に沈没していった船達のように、僕は一生知ることができない。
分かることは、それだけだった。
「同じ係になった、・・・・さんだよね?」
「うん! 私だよ」
ラインでフレンド追加をして、確認のメッセージを送ったら、いいねをしているクマさんのスタンプと共に、君からのメッセージが送り返された。
「よろしくね!(スタンプ)」
「ねー、・・・・君はポムポムプリンが好きなの?」
「あれ、俺そんなこと言ってた?」
「だって、LINEのアイコンそれじゃん」
「あ....」
「笑笑」
そうして、僕と君はお互い、仲良くなっていった。
係の話をしたり、まさか同じだった互いの趣味の話をしたりと、いろいろ楽しかった。
そして当然自然教室があったけど、それは今までの行事と違って、なぜか、退屈をしなかった。
空を眺める、以外に、する事ができたからかな。
時間はそれなりに、あっという間に過ぎていったよ。
自然教室が終わり、冬休みに入り、年が明け、中三の卒業式をやり、春休みに突入し、僕と君は最高学年になった。
長く、語るつもりはないけど。
▽
「ねー、あのね」
「んー?」
「なんだと思う? 私が言いたいこと!」
「わかんないなー」
「実はね....好きな人ができたんです!(ハートのスタンプ)」
「ま、マジか! おめでとう!」
「えへへ。。ありがとう!」
この頃になると僕と君は、俗で言う、親友に近い感じになった。
サンリオのキャラクターの話から始まって、君が泣ける小説を紹介して、「君の名は」の映画の話になって、お互い映画好きだということがわかって、
それから、新しい、おもしろそうな映画が上映されてたら、二人で見に行くか、友達を連れてみんなで行くことにしている。
君とは仲がいいけど、二人だけで行くのは少し気まずいので、友達を誘って行くことのほうが多かったと思う。
とても、楽しい。
表情が分かりやすく、泣きやすい君と見る映画は退屈ではない。
映画で感動なシーンになったら、いつも君の横顔を盗み見てる。バレたら怒られてしまうから、バレないように気をつけて....。
泣きやすい、そして言い方が悪いけど、傷つきやすい、というのはそれだけ、純粋な人なんだと、僕は思う。
君は傷つきやすかったり、みんなの前では笑っているから、少し、心配になっていたりもする。
それをあまり、伝える機会がなかったけど。
二人でコーラ二つポップコーン一つ。
映画館のひんやりとした空気はいつも、感じたことのないものについて僕を懐かしくさせる。
「好きになったのは誰なの?」
「5組の・・・君」
「ふむふむ」
「カッコいいよね!? おもしろくて、体育の授業で活躍するし、学級委員だし、生徒会に入っているし、頭がいい」
「机の中とか、プリントが整理されてなかったり、雑なところがあるけど、そんなとこも、私は好きになった」
「うんうん、いいね」
「でしょ?」
「・・・、身長は低いけどなー(ごめん)」
「私より高ければいいんだよ」
「あーそっか、君って身長が低かったんだっけ....」
「(鬼のスタンプ)」
「冗談冗談(笑)」
「むー....」
「じゃあさ、俺この前話したじゃん。中一の時、自分より身長が高い女子に告白したあいつ。もし・・・の身長が君より低かったら、好きになった?」
「好きになったよ。好きに、身長の低い高いは関係ないよ」
泥沼の中で、美しい花を咲かせるハスみたいに、とても、清らかな心。君はそれを持っている。
そのせいか君の周りにいると、「君のことが好きな人がいる」みたいな噂を、よく聞く。
僕は自分のことを、精神的な意味で、早熟な人間だと思っていた。
例えば、大人と接する時に、どんなことにも緊張をしたりしないで、冷静に話すことを、僕はいつでもできる。
大人は神様ではないということを、小学五年生の時に気づいたから。
相手は普通の人間で、誰だって悩みを持ち、大きく成長をした子供に過ぎない。だから、対面する時はなにも恐れなくていい。
それに気づいてから、僕は誰とでも平気で喋れるようになった。
友達を増やす方法、モチベーションを上げる方法、そして、異性と普通に接する方法、みたいなことも、僕は自分で方法を考え、実践し、それを不思議と難なく、実行することができる。
言いたいのは、僕は早熟な人間で、それでこういう考えに至った。
「自分のあらゆる言葉と行動には相手を傷つける可能性がある」
だから、相手と話す、やり取りをするときは、できるだけ、相手を傷つけないように、冷静に、布の糸をまさぐるように慎重に、言葉を選ぶ。
僕はその考えを、いつも自分の傍に置いておいた。
▽
僕と君は、なにか犯罪を起こそうとする共謀者みたいに、毎日通話をしていた。
忙しい時とか、会話の内容を親に聞かれたくない時とかは、LINEでやり取りをした。
内容は主に、「君の好きな人」について。
「ねぇー聞いて」
「なにー?」
「・・・(君の好きな人)とLINEで友達になれた!」
「お、いいじゃん」
「いぇーい」
自分のあらゆる言動は相手を傷つける可能性がある、だからと言って、僕は自身の友達になにかアドバイスをしないわけではない。
友情は、互いに変わらない信頼があってこそ成り立つもの。
僕が友達だと認めた人は、信頼をしているので、助言は言うことにしている。
それ程の言葉だけでは傷つかないことを知っている。
だから君の恋を、僕は応援して、助けていた。
「・・・をね、LINEのお気に入りのとこにいれたよ!」
「いいじゃんー」
「野球をやっているんだって。かっこいい」
「本当に、好きなんだね」
「うん!」
恋をしている女性は美しい。だから、輝いている君を見ることは退屈ではなかった。
君と通話をして、ときに作戦を立てたり、ときに映画を見に行ったり、君と・・・の進展を聞いたりと、楽しい日々を過ごした。
そして、窓の外を眺めることも少なくなって、
時間はそれなりに過ぎていき、
君にとって、僕にとって、一大事な日が来ようとした。
君が、「君の好きな人」に、自分の想いを伝える日。
冬の訪れを感じるひんやりと冷たい秋の朝に、校舎の最上階の廊下の片隅に、なにかが変わろうとする予感をたしかに感じながら、君はあの人と会話をした。
そんな神聖な時に、邪魔はいらない。
僕は素直に、教室に真っ直ぐ向かっていった。
▽
教室の端に、君の姿が見えて、
「どうだった?」
なるべく、表情を出さないように。感情を、言葉に乗せないように。できるだけ、無機質に。質問の意図ではない脳内記号は控えめに。
そう考えて、僕は君に尋ねた。
「ダメだった」
そ、そう。
「そうなのか……」
「......うん」
こういう時に、こういうシチュエーションに、好きな人に自分の想いを伝えて断られた人に、言うべき言葉が、きっと、あるんだと思う。
「大丈夫だよ」、「よく頑張ったね」、「辛かったね」、
これらを伝えたほうがいいかもしれない。でも、それを言って、君がもっと傷ついてしまう可能性があるから、
だから、
君に、かけるべき言葉が、見つからない。
「私ね、・・・に、いい人だと言われたの。可愛いくて、容姿が好みで、オシャレで、タイプの人だと言われた。だけど、断られちゃったよ。なんでだろうね。好きな人でも、いるのかな」
君の背中を、ぽんぽんと優しく、叩いた。
「・・・・はすごい魅力的な人だから、いつか、・・・・の良さを分かってくれる人が出てくると思う。だから、大丈夫」
言ったあとに、この発言が君の地雷かもしれないことに気づいた。
その人じゃなければイヤだ、と思う事が恋なら、僕が君に言ったあの言葉がそれを否定するようなことにも、汲み取れて、
それで君が傷ついて...みたいなことを想像したら、怖くなってしまった。
「ありがとう」
「......」
変にアドバイスをしようとせずに、黙って、相手に寄り添う。そして、君の話を聞く。
これは、僕にできる最善なことかもしれなかった。
・・・が君の告白を断ってから、一週間が経つ。
君はいつも、切り替えが早かった。
思いを変に胸の中に秘めて、明るく振舞って、それをしているような気がして、心配だったけど。
「よーし、こうやってぐずぐずしても何も起きないもんね! 次にいい人を探すよ」
「うん、応援してる」
君は明るくて、真面目な人だった。
▽
時が経ち、僕と君は、中学校を卒業した。
あの告白の日から、卒業をする時まで、君は二人の男子と付き合った。
あんな風に告白を断られちゃったから、投げやりな感じになりそうだと僕は思ったけど、君はちゃんといい人を探して、それで、恋愛をしていったと思う。
人のプライバシーに関わるようなことをあまり他人に言いたくないから、君があの二人とどのように付き合って、どのように別れていったかは、言わないことにする。
といっても、二人目の時の、君とあの男子の、別れ方が、少し、気になっていた。
高校の受験の時期で、それで、関係がギクシャクになることが多いとは思う。
「本当に嫌なんだけど。私・・・・君と別れよっかな....」
「なにがあったの?」
「んー」
「私が想像してた以上に・・・・君は、乙女心を理解していない人だから、かな」
「う、うん? そうなんだ」
その一週間後に君は、・・・・と別れた。
こうして、中学校の卒業を迎えたわけで。
「別々の高校になっちゃうけど、また遊ぼうな」
「うん! また映画を見たりしようね!」
長くは語るつもりはない、と言ったはず。
僕は人を傷つきたくないけど、信頼関係を築いている人になら、助言など、多少、苦いアドバイスはできる。
けど、その助言を与えて、友達が結果的に助かるとしても、傷つけることになってしまうなら、僕はやらない。
それが当時の僕の、ポリシーみたいなものだった。
でも、気づいてしまった。僕は人を傷つけることが怖いんじゃなくて、本当は、
皆が僕から遠ざかってしまうことが、僕が孤独になってしまうことが、怖かったんだって。
人生で起きることは、本当に予測ができない。
テストみたいに、それを受けてから、答え合わせをするしかない。
卒業から一年が経って、
君が高校に入って、定期的にメッセージをし、遊んだりもした。
君は新しくできた友達と、僕は新しくできた友達と遊んだりして、遊べる回数が減ってしまったけど、仲はそのまま、いい感じ。
君から、彼氏ができた、とメッセージが来て、友達もたくさんできたよ、というメッセージも来た。
君は、魅力がある人だから、そうなっても、不思議なことは一つもない。
君の笑い声が、頭の中で響いてくる。
僕は結局、最後まで、傍観者であった。
自分を呪い殺したい。
それが、芸術作品で言う、フラグ的なものであることを。
それが現実で起きる可能性がなくはないことを。
もっと早く気づけたかもしれないということを。
残るは、全て、空洞であった。
今までの全部を、ゴミにしてしまうような、深淵。
答え合わせは、テストが終わった後でしか、できない。
君のような良い人には、なかなか出会えない。
中学校の卒業から一年が経って、
君は自殺をして、死んだ。