48.年貢の納め時【完】
「いや、メグは悪くないよ。俺が『年貢の納め時』なんてことばを言っちゃったからさ!」
笑いを治めたロブさんがそう言い訳? をする。
「だからって、そこまで大笑いしなくてもいいじゃないですか」
わたしは半分いじけながらロブさんを睨みつける。もう半分は照れ隠しだ。また盛大に勘違いをしてしまって恥ずかしいよぉ。
『年貢の納め時』ということばには、『覚悟を決めるとき』っていう意味もあるんだって。
ロブさんはこの場でアルバートさんがわたしにプロポーズするって知ってたから、『アルバートも結婚するって決心したのか』っていう気持ちでそう言ったらしいの。
「そうね。メグは本当に心配していたのよね」
アイリーンさまが慰めてくれる。やさしい。
「絞めますか」
レイさんが無表情のまま、指をぽきぽき鳴らしてロブさんを睨む。ロブさんは小さな声で「ゴメンナサイもう言いません」って呟いた。
「ムードが大事って聞いていたんだが」
そう言って首を傾げるアルバートさんと、その肩をぽんと叩くヴィーノさん。
みなさん、わたしの大勘違いのせいで気が抜けてしまったようです……。緊張感の欠片も感じませんね。……とほほ。
「改めて。――メグ」
アルバートさんがそう言ってわたしの前に跪いた。
「前にも言ったが、メグは俺のだ。そして俺はメグのものだ。結婚なんていらないと思っていたが、それをしないとメグに捨てられるとアイリーンやレイが言う。俺は捨てられたくない。結婚してくれ」
アルバートさんの目が真剣だ。
緊張しているというか、どこか切羽詰まっているというか。
「えっと、返事のまえに訊いてもいいですか?」
アルバートさんは、なに? と言いたげに首を傾げた。
「わたしのこと、好きですか? 愛してますか? 浮気しないですか?」
こんなこと、強要して言わせることじゃないって思ってたけど、相手はアルバートさんだもんね。一般の感覚で待ってたら一生言って貰えない気がするから訊いちゃうもんね!
わたしの問いを聞いたアルバートさんは、一度大きく頷いた。
「メグのこと、好きだ。愛している。メグ以外はどうでもいいから、浮気はしないし、そもそもできない」
アルバートさんのその黒い瞳がきらきら光りながらわたしを見ている。目尻がちょっとだけ垂れて、柔らかい光。
笑ってくれてる。――良かった。
「はい。なら、いいです。結婚のお申込み、お受け致します」
わたしがそう返事をした途端、拍手が巻き起こった。
「ちゃんと聞き届けたぞ! 公正証書に残すか? 浮気が発覚したときのペナルティ込みで」
ロブさんは、商人らしい感想だなぁ。
「わたくしの目の前でなされた結婚の申し込みですもの。きちんとして貰いますわ」
「そうですね。とりあえず新居の用意ですか」
アイリーンさまとレイさんが頷き合ってる。
ヴィーノさんは黙って拍手していた。きっと一部始終をシェリーさんに報告するんだろうなぁ。仲の良い夫婦だから隠しごとないんだよね。
「そういえば、結婚指輪はどうなったの?」
アイリーンさまが問えば、すぐさまレイさんが答える。
「ミスリルとオリハルコンを持ち帰ったので、作製中です。メグ本人にデザインを選ばせた方がいいかと図案を何点か用意しました」
「そう。――メグ、こちらへいらっしゃい。新居と指輪の資料があるから」
「あ、そのことですが、新居はいらないかなって」
「「「――は?」」」
わたしの発言で、またしても沈黙がその場を覆ってしまった。
あれ? そんなに変なこと、言ったかな。
アイリーンさまもレイさんもロブさんも、目が点になってる。
ヴィーノさんだけはもともと目が細いから、ちょっとよくわかんない。
「だって、アルバートさんは人と一緒に住むことができませんよね? 定住するのってアルバートさんには苦痛なんですよね?」
アイリーンさまにもレイさんにもそう聞いている。だから。
「アルバートさんがツライことなら、それを強制するのって違うかなぁって思って……」
しばらく沈黙のあと、アイリーンさまが声を上げた。
「え……じゃあ、シェリーがしていたみたいな、通い婚?」
「あ、はい。それでいいんじゃないでしょうか」
わたしは同意を求めてアルバートさんを見上げた。
アルバートさんはびっくり眼でわたしを見て
「いいの、か?」
って小さな声で訊いた。
「はい。ま、それで様子見して、状況が変わったら臨機応変ってことで」
わたしがそう答えたら、アルバートさんってば目に見えてホッとしたように肩から力を抜いた。
だいぶ無理してたんだねぇ。
「メグ、本当にそれでいいのですか? だってあなたは所帯を持ち子どもを生む夢をみていたと、以前言ってましたよね?」
レイさんが心配そうに訊いてくれるけど。
「はい。一緒に住むだけが結婚じゃないですよね? それに指輪は作って貰いますし!」
うん。昔は結婚したら所帯を持って子ども生んで……って思ってたけどね、ここに来てからいろんな形で結婚ってあるんだって知ったからね。
「分かりました。最高級で世界にひとつだけの指輪を用意してみせましょう」
無表情の中にも闘志を秘めた目でレイさんが言うと、
「レイ。宝石もいくつか付けなさい。費用は持つわ」
なぜかアイリーンさままでそれに参戦した。
「承知」
この主従は相変わらずだなぁと見守るわたしの肩をやさしく抱き寄せたのはアルバートさん。
とてもちいさな声で「ありがとう」って聞こえた。
えへへ。
みなさんには、アルバートさんを思い遣っての発言みたいに聞こえたのかな。
とんでもない、全部わたしのわがままなんだけどな。
だって、ずっとロイド邸にいられるってことでしょう?
ずっとずっとアイリーンさまの許で働きたいし、アイリーンさまのお化粧係はわたしだって自負があるし。
だからロイド邸から離れたくなかったわたしには、アルバートさんの『人と暮らせない』っていう体質は有り難かったんだよねぇ。
「こちらこそ、ありがとう」
わたしは万感の思いを込めて、アルバートさんに向かって満面の笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇(下町。ヴィーノとシェリーのアパート)
「へぇ。そんな結末だったの」
シェリーは息子の寝かしつけを終えたあと、夫ヴィーノからローズロイズ商会で起こった出来事を聞いていた。
「アルバートは嬉しそうだったぞ」
「そう、よかったわねぇ。でも……」
シェリーはヴィーノの膝の上に座りながら、可笑しそうに笑い声をあげた。
「もしかしたら、アルバート卿の方が先に音を上げるかもね。あなたみたいに」
「そうか?」
ヴィーノは愛妻を前に、細い目をさらに細めた。
「メグって不思議な魅力があるじゃない? なんていうのかな、そばに置きたくなる子なのよ。そばに置いて、庇って守りたくなる……そんな子。そんな子に恋したら……自分だけのものにしたくなるんじゃないかしら」
アルバート・エゼルウルフが人並み外れた感覚の持ち主であるのは承知していたが、その彼がメグと出会い、彼女に恋をしてどんどん人間臭くなったのもまた事実。
「おっ。じゃあ賭けるか? アルバートが音を上げて新居購入するまで何年かかるか」
「あらやだ。あなたもアルバート卿が音を上げる方に賭けるの?」
賭けにならないわと、シェリーは肩をすくめる。
「俺みたいにって、おまえが言ったから」
「独り占め、したくなったものね」
小さなキスが降り、その後の会話は途絶えた。
この夫婦の賭けの行方は、また別のお話である。
【おしまい】
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