46.レイさんから見たアルバート・エゼルウルフという人
一般常識として知っていて当たり前だった、三歳で受ける祝福のお話とかを改めてちゃんと教えて貰って大満足なわたし。(レイさんの貴重な笑顔を見たからってわけじゃないんだからね!)
昼間、アイリーンさまから伺ったお話の中で分からなかった単語の意味とかもまとめて教えてもらいました! どうせ恥ずかしい思いをするなら今だ! って思ったんでね。レイさんはわたしが物知らずでもバカにしたりしない人だし。
そういえば、もともとは私に話があるって言ったのはレイさんだったよね。
「レイさんは、わたしにお話ってあったんですか?」
そう水を向けてみると、レイさんは少し困ったような顔をして……。
「昼間、アイリーンさまから伺ったようですが……兄アルバートについて補足を少々」
そこからのお話は、妹の目から見たアルバートさんだった。
レイさんはお母さんと共にカレイジャス侯爵家に住み込みになってしまったせいで、小さい頃は疎遠だったらしい。
でも武をモットーとするエゼルウルフ家の一員として、レイさんも剣術をはじめとする武術を学ぶ過程でアルバートさんから教わったこともあったのだとか。ほんの子どものころであったにも関わらず、兄は天才なんだと思ったのだとか。
人並み外れた膂力と胆力、そして魔力。彼にできないことはなにもなかった。使えない技はなかった。
辺境伯下の荒くれ騎士団たちとの格闘技戦。ぐるりと囲まれていたにも関わらず、勝利したのは12歳にもならない兄だった。ほぼ瞬殺状態だった。
どんなダンジョンへ赴いても目の前にあるもの、すべて簡単に屠った。
けれど、人と関わることを極端に苦手とすると理解した。
おそらく、先祖が自分の血にかけた誓約の魔法のせいだと、レイさんは教えてくれた。
人狼と呼ばれ放浪していた自分を救ってくれたカレイジャスの当主に心酔した彼は、当主に永遠の忠誠を誓い、それを自分の子孫に順守させるため自分の血に誓約魔法をかけたのだとか。
自分と同じように、カレイジャス家当主に絶対服従させるために。
ゆえに、エゼルウルフ家の人間はカレイジャス家の当主には逆らわない。畏まり、おとなしく付き従う。
昼間、アイリーンさまは『自分の子孫に教え込んだ』って説明してくれたけど、教えただけじゃなく魔法までかけていたのだ。
子々孫々。自分の血脈が続く限り、永遠に。
呪いに近いかもしれませんってレイさんは言った。
わたしはアルバートさんに、アイリーンさまのことどう思ってますかってきいたときの答えを思い出していた。
『アイリーン? 彼女はカレイジャスのお嬢さまだ。命には従うが主ではない』
自由でありたい本能と、それに反する血にかけられた誓約。先祖返りしているせいで、余計にそのギャップに苦しむ兄が不憫だったとレイさんは言った。
「兄は長男ですが、継嗣ではありません。あれに伯爵家当主は務まりません。伯爵家は次兄が継ぎます。あれの身分はいずれ平民と同等になりますが……S級の冒険者なので、国が彼を保護し尊重される地位を得た、と言えるかもしれません」
そう語ったレイさんは、ちょっと寂しそうだった。
「彼の魂は自由を求め常に泣いている状態だと私は感じていました。あれが普通の人のように安寧を求めてくれれば……と願い、そのきっかけになればと、メグのそばにいるよう仕向けはしました。まさか兄が恋人のフリをしよう、なんて提案をするとはと驚きました。メグと関わることで、兄がどんどん普通の感覚を持ち始めて……驚きの効果だと思いました」
少し伏し目になったレイさんの顔は、キレイで儚くて、寂しそう……だけど、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「だからメグには、我が家の事情に巻き込んでしまったと申し訳なく思っていました。しかもあの最低ゲス野郎から解放されたメグに、あの兄が付き纏うのかと思うと……」
レイさんは肩を落として大きなため息をついた。
サイテーゲスヤロウ……ってだれだっけ……。あ、ジェフリーのことか! すっかり忘れてたよ。
「申し訳なく思うと同時に……勝手ではありますが、ありがたいと思っています。どうか、あの無骨な男を見捨てないで欲しいです。不平不満不備などありましたら、すぐに私に申し出てください。あらゆる面でフォローしますし、助言もすると約束します。なんならアレに折檻を与えます」
そう言って頭を下げてしまったレイさん。口では『アレ』とか言ってるけど、お兄さんであるアルバートさんのことが好きなんだろうなぁ。兄妹っていいね。
……折檻云々は聞かなかったことにしますね。げふんげふん。
それにしても、エゼルウルフ家の始まりの人が、自分の子孫にかけた魔法がまだ続いているって、なんだか凄い。
わたしはレイさんからお話を聞いて、ひとつ浮かんだ疑問をきいてみた。
「レイさんは、血の誓約魔法があるからアイリーンさまにお仕えしているのですか?」
それを聞いたレイさんは、きょとんとした顔でわたしを見て、
「まさか。私が好きでやっていることですよ。あれほどお仕えする甲斐のある方はいません」
と言って、またしても綺麗に笑った。……ずきゅーん。
◇
◇
◇
ある日突然。
なにごともなくアルバートさんは帰ってきた。
いきなりいなくなって、いきなり現れるんですね。……心配してたんだけど。
出勤するために馬車に乗ろうとしていたアイリーンさまとわたしの目の前に、突然現れたアルバートさん。
黒い髪、黒い瞳。黒いマント。全身黒づくめの大男が音もなく目の前に。
どこから湧いてきたの? いや、ほんと、音も無く前触れもなく、突然目の前に立ったからびっくりしたのなんのって。
黒い瞳がまっすぐにわたしを見おろす。
わたしだけを、見ている黒い瞳が。
フッと柔らかく微笑んだ。
「メg……」
「さがりなさいっ、アルバート・エゼルウルフ!」
話しかけたアルバートさんを一喝して遮ったのはアイリーンさま。
毅然としたご様子がすばらしくうつくしいです!
「あなた、帰国したその足で来たわね。汚い。まずは湯でも使って埃を落とし綺麗にしてから出直しなさい」
あー、たしかに。無精ひげだし、そこはかとなく匂いますねぇ……。
「レイ」
「承知」
アイリーンさまはレイさんを呼んだだけ。でもレイさんはすべて知っているみたいに頷いた。
呆然としている大きな熊みたいな状態のアルバートさんの首根っこを掴んだレイさんが邸の中へ彼を引きずって行った。
アルバートさんの突然の登場にびっくりしたわたしはというと。
アイリーンさまに促されて、いつの間にか馬車に乗っていました。あれ? 呆然とし過ぎじゃない?
馬車の中で書類を確認していたアイリーンさまが「嬉しそうね」なんて言うから、わたしはどう返事をしていいのか分からなくて困ってしまったのでした。




