41.あばき、あばかれる
「もったいぶる? なにをおっしゃってますの?」
眉間に皺を寄せ老婦人がアルバートを睨む。
アルバートは老婦人の不機嫌など意に介さず辺りをキョロキョロと見渡している。
「ローズロイズの! この無礼な男はなんです⁈」
アルバートのあくまでも飄々とした態度に対し、憤懣やるかたなしといった様子の老婦人は怒りの矛先をアイリーンへ向けた。
アイリーンはアルバートを見上げるが、彼は自己紹介などする気がないようだ。
彼の為人を知る身としては仕方がないと肩を竦め、アイリーンが紹介をする。
「この男は……名をアルバート・エゼルウルフ。わたくしの実家、カレイジャス侯爵家に縁を結ぶ者で、ごく最近S級を取ったドラゴンスレイヤーでもあります」
「S級の、ドラゴンスレイヤー……ですって?」
老婦人は畏怖の眼差しをアルバートへ向けた。
そのアルバートは、辺りをキョロキョロと窺っていたが、彼女たちの会話を聞いていたらしい。
「S級を受けた冒険者ギルドは、たしかエラス連合にあるエトナ山の麓でしたよ。あそこの火竜はいい遊び相手でした」
などと不敵な笑みを浮かべつつ口を挟んだ。
S級の冒険者になると、その活動範囲に国境はほぼ関係なくなる。どこの国のダンジョンへも行けるし、依頼も受けられる。むしろ要請があり出向くこともある。各国の王侯貴族が顔色を窺う相手なのだ。
だからと言って、傍若無人に振る舞っていいというわけでもない。その辺りの人間性も加味してS級審査は通過しているはずである。
「エトナ山の火竜が、あ、遊び相手ですって……?」
老婦人は一歩後退ると、信じられない者を見る目でアルバートを見上げた。
「あぁ! あれですね!」
急に明るい声を出したアルバートが駆け出した。
アイリーンと老婦人が慌てて彼のあとを追うと、そこにあったのは一台の豪華な装丁の馬車。どう見てもシュロギ商会の支配人カリオペ・アプリストス専用馬車であろうと伺えるシロモノであった。
その豪華な馬車にズカズカと無遠慮に近づいたアルバートは、物も言わずその扉を開けた。中には――。
一体の少女人形が座っていた。
黒のストレートロングヘアは床にまで届いていた。
憂いを帯びた伏し目がちな瞳。その目尻に濃い朱色の化粧が施され、唇も同じ色の紅を差し。朱色が主体の見慣れない異国風のガウンを着た姿はどう見ても人形でしかなく、とてもメグとは思えなかった。
なによりも。
ドアが急に開かれたにも関わらず、ぴくりとも動かないのだ。
「ほら、夫人。とっておきの子、いるじゃないですか」
アルバートが振り返ってカリオペ・アプリストス夫人へ目を向ける。
笑顔ではあるが剣呑な瞳には、微かな苛立ちと怒りが見て取れた。
「えぇ。ですが、この子はもう貰い先が決まっておりまして。帰国する道すがらお届けする予定なのですよ。ですから、その子には触れないでくださいな」
だから他の人形とは別にしているのだと老婦人が説明する。
アルバートの眼光を前にして、ここまで気丈に振る舞えるのはさすがだとアイリーンは思った。
一見して、とてもメグとは思えない状態の人形。
あくまでも商品という形でいる以上、むやみやたらに他者が触れて確認することもできない。
なによりも、ここまで目前で会話を交わしているにも関わらず、この人形は身動ぎひとつしない。
(あれは本当にメグなの? 確かめるにはどうしたらいいの? わたくしには、どうすることもできないの?)
確証がない状態ではどうにもできないのではないかとアイリーンが絶望しかけたその時。
「声をかけるのもだめですか?」
「は?」
アルバートが呑気なことを言い出した。
「声くらいかけてもいいでしょ、絶対触りませんって」
アルバートの発言に虚を突かれたが、声をかけたぐらいでなんとかなるのだろうか。アイリーンは内心疑いながら行方を見守った。
「え、あ……触れない、というのなら……」
老婦人も渋々ながら許可を出した。
「おーい、メグ。綺麗な格好にしてもらえて良かったなぁ。すごく可愛い仕上がりになってるぞ」
アルバートが人形に声をかけたとき、アイリーンは確かに見た。
憂いを帯びていた人形の表情が僅かに微笑んだことを。
だがその微笑みは微か過ぎて、目の錯覚だと言われればそうだとしか言えないほどで。
人間であるという絶対の証だとは言い切れないものだった。
アルバートは構わず話し続ける。
「まえに言っただろ? 俺はお前がどんな格好をしていても見分けてやるって」
伏し目がちだった人形の瞼が少しだけ上がった……ような気がした。
(これは……、アルバートの声に反応してる、のね)
アイリーンに報告されなかった、ふたりの些細な会話。それがメグをメグたらしめるのかもしれない。
彼女が希望を見出したとき、アルバートは決定的な単語を投げつけた。
「で。チョコ。食う?」
「いただきます」
人形ははっきりと笑みを浮かべ返事をすると口を大きく開けたのだった。
◇ ◇ ◇(万博会場、医務室・メグ視点)
「めぐ~めぐ~」
「あぁもう泣かないでよベティ」
「め゛ぐがじゃべっでる゛~」
「そりゃ、喋るわよ」
気付け薬というやつを飲まされたわたしは、やっとなんとか自分の声と動きを取り戻した。
それまでうまく声が出なかったからね。そんなわたしを涙目で見ていたベティにとっては、ちゃんと話せるようになった今の状態が泣けるほど嬉しいみたい。
ぼんやりとはしていたけど、ずっと意識があったわたしは、なんとか周りの風景だけでも見ようと、懸命に目を開けようとしていたんだよね。膝の上に置いた自分の手しか見えなかったけど。
そんなときに空気が動いた。
アルバートさんに話しかけられた。
チョコレートの欠片を口に放り込まれて、それがゆっくりと溶ける間に、わたしはアルバートさんに抱きあげられてこの医務室に運ばれた。
ベティたち売り子スタッフのみんながわたしの無事を聞いて駆けつけてくれた。ベティなんてべしょべしょに泣いて喜んでいる。
アイリーンさまとレイさんがカレイジャス騎士団と憲兵隊を引き連れて、スゴイ勢いで問題のシュロギ商会を取り押さえてしまっただとか、本当はあの老婦人は要注意人物だとしてみんなでマークしていたのだとか、いろんな話を聞いた。
その最中、ドーンという花火があがる音が聞こえた。
「あ、閉会式終わったんだ」
「花火大会、始まっちゃったね」
売り子スタッフみんながソワソワし始める。
「観に行ってもいいかな」
「わたしたちはいいんじゃない?」
「メグ! あの少年がメグを待ってるよ」
「あぁ、ラウールくんがお母さんと中央広場で待ってるはず!」
行きたい! そう思って立ち上がったら上手く足が動かせなくて倒れ込みそうになって。そんな不安定なわたしをアルバートさんが支えてくれた。
「メグは俺が連れて行こう」
そういって抱き上げてくれる。いわゆるお姫さま抱っこ状態だ。
とたんに、売り子スタッフのみんなからきゃー♡という黄色い歓声が湧き上がった。
「熱い熱いっ、メグいいなぁ」
恥ずかしいから下ろして、なんて言わなかったよわたしは。
恥ずかしかったけど、うまく歩けないのは本当だし、もたもたして周りに迷惑かけるよりアルバートさんに任せた方が確実だし……なにより、こうしてくっついていられるのは嬉しい、し。
アルバートさんの首に手を回して抱き着く。
彼の匂いに、体温に、なんだか泣きたくなるほど嬉しくなったのは……内緒にしない方がいいのかな。
うん、そうだ。好きって言おうと思ってたんだ。
……言っちゃおうかな。
ときおり花火の上がる音がする。
音とともに振動で空気が揺れる。
観客の歓声があがり、まばゆい光の花が夜空に浮かぶ。
背の高いアルバートさんは人混みを物ともせず、ひょいひょいと進んでいく。
なんだかいろんなことが嬉しくなったわたしは、彼の首元にスリスリと額を擦り付ける。くすぐったそうに笑われた。
「アルバートさん、あのね――」
「ほら、お約束の子がいるぞ」
わたしが意を決して話しかけたっていうのに、無情にもアルバートさんはわたしを地面に降ろしてしまった。むむっ。
降ろされた正面には一組の親子連れ。
「あ、ラウールくん!」
わたしが声をかけたと同時に、ドーーンと大きな音で花火があがった。
花火を見上げていたらしいラウールくんがびっくり眼になってわたしを凝視している。
あれ? なんで?
「え?? だれ? ですか?」
そう言ってお母さんのスカートを掴んで今にもその後ろに隠れそう。あれー?
あ、そうか分かった! わたしいまの服装が異国のガウン型ドレスを着ているからだ!
あの長い黒髪のカツラはさすがにはずしたんだけどね、まだ衣装は着たままだった!
しかもガッツリ濃いめのお化粧してるんだよね。鏡を見せて貰ってびっくりしたもん! 目尻に朱色でくっきり色付けされるお化粧方法なんて、初めてですごく斬新だ! って思ったもん。どうやら東の国の伝統的なお化粧方法らしいんだけどね。
さらに夜だから暗くてじっくり観察できないっていう難点もあるかも。
「メグですよー。びっくりさせちゃったかな?」
あんなに慕ってくれていた少年に怯えられるとは……とほほ。
ラウールくんはおっかなびっくりお母さんのスカートの影から出てくると「ほんとうに、メグ?」なんて呟いている。……とほほ。
「坊主。好きな女の化粧が変わったくらいでビビるな」
わたしの背後からアルバートさんがそんなことを言った。
ラウールくんは「だって!」って文句を言いかけたけど、どこか分が悪いと思ったのか黙っちゃった。
そんなラウール少年に、アルバートさんはおとなげない行動にでた。
「フッ……まだまだだな」
鼻で嗤ってそんな憎まれ口を!
「女なんて化粧でいくらでも変わる。男はそれを見極められる目を養え。そしてイイ女を捕まえるんだな。この世には、おまえのために用意された女が必ずいる」
なんてこと言うのっ⁈
「ぼくのために用意された?」
「あぁ。天の配剤という。……ま、ガンバレ」
言うだけ言うと、アルバートさんはわたしをひょいっと抱え上げてスターーーンと小ジャンプしてその場を離れた。
……あのジャンプ、まえに体験していなかったら間違いなく悲鳴をあげていたと思う。でも幸い(なのかな?)一度体験したことだからね、無様に悲鳴をあげるなんて事態にはならなかったよ。
ただびっくりはしたから、慌ててアルバートさんの首にしがみついちゃったけど。
アルバートさんは悠然と笑うと「しっかり掴まっていろ」って言った。




