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40.シュロギ商会の支配人

 

「まぁ。メグに――当商会の従業員に、ご挨拶に来てくださいましたの? 生憎、あの子は不在なのですけど……失礼マダム。わたくし、アイリーン・ロイドと申します。ローズロイズ商会の会長をしておりますわ。……マダムのお名前を、伺っても?」


 アイリーンは外交用の笑顔を貼り付け、老婦人に対応した。

 自分は彼女のことをなにも知らないといった(てい)で。


 だが、アイリーンはこの老婦人に会うまえからすべてを把握していた。

 メグを気に入っていたアイリーンは、その生い立ち――特に親について――を、詳しく調べさせていたのだ。


 メグ自身が把握している自分自身の生い立ちは、というと。

 辺境の村育ちで、両親はとても愛し合っていたこと。

 父親は騎士爵を持つ人間であったこと。

 母親は女だてらに読み書き計算に優れ、幼い娘にもそれを教えていたこと。

 メグが六歳のとき父親が亡くなり、職を求めた母親とともに王都に居を移したこと。


 つまり、自分の両親は親戚などいない天涯孤独な身の上なのだとメグは思っていたのだが。


 メグが育った辺境の村にも神殿があり、そこに残されていた彼女の『祝福拝受』の記録(子どもが三歳になると受ける決まりがある)に、彼女の両親についても記されていた。


 神殿にある台帳に『マーガレット・メイフィールド(3)……グローリアスのグレアム・メイフィールドとエラス連合国出身・エウリュディケ・メイフィールド(アプリストス)の娘』だと。


 そこからエラス連合国出身のエウリュディケ・アプリストスという女性を探し、行き着いたのが、今、アイリーンの目の前にいる老婦人、『カリオペ・アプリストス』だった。

 メグの母親エウリュディケ・アプリストスの実母。要するに彼女はメグの祖母にあたる。


 そのカリオペ・アプリストス夫人が自分の商会の総支配人として、この国初の万国博覧会に出展することも、アイリーンは調べつくしたお陰で知っていた。

 だが、メグ本人にそのことを告げるべきか否か迷い悩み、気心の知れた仲間たちに相談したその日に、まさかメグ本人がこの老婦人と遭遇していたとは夢にも思わなかった。


 カリオペ・アプリストス夫人が自分の娘の行方を追い、孫娘であるメグのことを知り、この万博に参加表明したのかどうかはわからない。故意なのかはたまた偶然なのか。


「カリオペ・アプリストスと申します。我が一族の誇る技術を貴国にもご披露したく、この万国博覧会に参加させていただきました」


 おっとり優雅に話す白髪の老婦人が微笑みとともに会釈した。


「メグとは、どのようにお知り合いになりましたの? うちの従業員がなにかご迷惑をおかけしましたか?」


「いえいえ。むしろこちらがメグさんのお世話になりました」


 表面上はにこやかに会話を続けるふたりの背後で、なにやら慌ただしく動く気配がする。

 だが、アイリーンはすべての些事をロブとレイに託し、全身全霊をかけて目の前にいる老婦人の一挙手一投足その視線の先にまでも注意を払った。


「我がシュロギ商会もおかげさまをもちまして、貴国との販路を開けました。此度はお別れのご挨拶に伺ったまで。また会える日まで、ごきげんよう」


 あくまでも穏やかな態度は崩さない、その様子はさすがとしか言いようがなかった。アイリーンよりも数倍長生きをしている老婦人の心の内を読むのは難しい。


「――メグはまだ来ておりませんわ。なのに帰ってしまいますの?」


 アイリーンの問いに、老婦人はにっこりと微笑むと深いお辞儀をした。


「帰国の準備も整っておりますゆえ、これにて失礼を……」


 低姿勢で引き下がろうとする老婦人と、なんとしても引き留めたいアイリーン。

 両者の目と目で交わす緊張感の不意を突き、唐突に声が掛けられた。


「お見送りをすれば、いいんじゃないかな。アイリーン会長」


 その声はいつのまにかアイリーンの背後に立った男から(もたら)された。


「アルバート?」


 黒い髪、黒い瞳、背が高く堂々とした体躯を包むのは黒い衣装。

 アイリーンのよく見知ったアルバート・エゼルウルフが不敵な笑みを見せながらアイリーンの背後に立っていた。


「俺もお付き合いしましょう。アイリーン会長はこちらのシュロギ商会の出展品をご覧になっていますか? どれも見事な逸品ですよ」


 背の高いアルバートから発せられる殺気を(まと)った気配に気圧される。彼はゆっくりとアイリーンの隣に移動した。その一歩ごとに異様な圧が刻まれる。


「アルバート?」


 アイリーンが彼を見上げれば、アルバートは横目でちらりと彼女を見下ろした後、冷たい目で老婦人を見つめ続ける。

 さすがの老婦人も、アルバートの異様な視線をまえに笑顔を引き()らせた。


 アイリーンの後ろに静かに近づいた兄シリルが、彼女の耳元で囁いた。


「メグは国際特別出展館に連れ込まれた。その後シュロギ商会の展示ブース幕下に入ったところまでは追えた」


「兄さま」


 シリルはずっとカレイジャス騎士団の人間を盾にしつつ、記録水晶の映像を検証しメグの行方を追っていたのだ。


「アルバートと一緒に行け」


 兄の後押しで決心がついた。

 アイリーンは老婦人に向き合い声をかける。


「カリオペ・アプリストス夫人。わたくし、忙しさにかまけすべての出展物を見学しきれておりませんの。夫人のシュロギ商会の出展品、拝見させてくださいませ。後学のためにも」


 見知らぬ不気味な男の突然の出現に怯えていた顔は隠し、カリオペ・アプリストス老婦人は優雅に「ようございます」と頷いた。



 ◇



「もう、ほぼほぼ荷造りは終えてしまいましてねぇ」


 老婦人の案内でシュロギ商会の荷車の中を見させてもらった。

 そこには椅子に座った等身大の人形が、何体も薄いベールを被って並べられていた。


「ほら、この子などはよくできておりましてよ」


 そういった老婦人がベールを取ってみせたのは、金髪巻き毛の少女人形。長い睫毛に青い瞳が夢見るようにうつくしい。


「まぁ……メグから話を伺っておりましたが、これほどまでとは……」


 その精巧な作りにアイリーンは感嘆の溜息をついた。

 その人形は本物の美少女と見紛うばかり。豪奢な衣装を着て、夢見るような笑みを浮かべている。


「ほんとうに、人形なのですか?」


 思わずその白磁の頬に触れそうになったアイリーンの手を、老婦人が止めた。


「あぁ、触れないでくださいませ。……売り物でございますから。触れていいのは、この子の買い取り主だけでございます」


「――えぇ、そうですね……失礼を」


 アイリーンは戸惑った。

 メグが消え、老婦人がわざわざ顔を出した。その意味はなにか。

 今まで姿を見せなかったアルバートが突然現れ、この老婦人を見送れといった意味はなにか。


 そして兄シリルから、メグは国際特別出展館に連れ込まれたという情報を得た。


 連れ立って訪れたシュロギ商会の荷の中。

 二十体はいるだろうか。うつくしい人形たちが整然と並ぶさまを見て、アイリーンの思考の行き着いた先は。


 もしや。

 もしかしたらこの中に、意識を奪われたメグが少女人形の扮装で紛れ込んでいるのでは?

 とはいえ。

 この中からどうやって探せと?


 逮捕状も捜索令状もないまま、一商会長にすぎないアイリーンにこれ以上踏み込む権限はない。


 アイリーンの身分は女男爵だ。

 だが、この場では一商会の商会長。シュロギ商会の支配人であるカリオペ・アプリストス夫人と同等だ。

 よその商会の売り物に、気安く触るわけにはいかない。


 逆に、自分の商会でこんな風に他の商会の人間に踏み込まれたのなら。

 もう荷造りを終えたところでのこれは、迷惑以外のなにものでもない。


 自分の立場になって考えてみると、これ以上詮索することはできないと思ってしまった。


「うーん……ここにゃあ、いねぇなぁ……」


 アイリーンと一緒に人形たちを見ていたアルバートが呟いた。


「夫人。もう一体いるんじゃないですか? とっておきの子が。もったいぶらないで見せてくださいよ」




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